ある日のひとこと

 

 

=そのときどきの、思いついたこと、感じたことを書き留めてます=

 


 

11月の初めから30号のアクリル作品を制作していた。実は『歩く旅』に出る前から描いていたがどうにもマチエールが気に入らなくなり、新たにキャンバスを張り描き直していた。意図する表現とは違う表れ方になって苦労して時間を費やすなら新たなものに向かった方がいいと考えたのだ。これまでの努力が無駄 になる気もしたが正解だった。先行きが不確かならリセットも大事な選択になる。18-11-18

 

笑ってしまった勘違い。ある建物の4階で仕事をしている人との会話。「今、この階でも工事をしているので騒音が出るかもしれないけどよろしくお願いします」「何の工事ですか」「キオスクが入るらしいんです」「え、キオスク、こんなビルの中でやっていけるんだろうか、キオスクでしょ」「あ、キオスクといってもその会社です」「そっか、そういうことね、そうだよね」といった思い込み。18-11-17

 

敬老パスと歩く距離の関係。70歳になる1ヶ月前に札幌市の地下鉄やバスの料金が大幅に割引きになる優待乗車券が送られてきてすぐに使い始めた。このパスの目的は少しでも出掛ける機会を多くしてもらい体を動かすことで健康にも役立ててほしいというはずだけど、歩く距離は減ってしまった。料金がほぼ4分の1になるのと4万円分も入れたパスなのでバスに乗る回数が増えてしまったのだ。18-11-16

 

2台のパソコンを使い分けるとき、ネットとキーボードのケーブルをその度に付け替えている。1日2回か、たとえ直しがあったとしても4回で済むので、毎日のことだけど大して苦にならない。工事のときに作業をする人から「ケーブルはそんなに高くないですよ」と言われ「毎日スクワットをしていると思えば楽なもんですよ」と応えたら「随分プラス思考ですね」と驚かれた。ものは考えよう。18-11-15

 

その次の日に待っていたのは、今年の5月に申込みをしていたネット回線の変更工事日だった。ADSLからフレッツ光への移行なのだが、こちらの希望ではなくADSLが使用不可になるためやむを得ずやることになった。しかし、切り替え後の古いパソコンからのネットへの書き込みが大丈夫なのかが心配で工事日をできる限り遅くしていた。幸い工事後無事に送ることができて二日続けて杞憂で済んだ。18-11-14

 

話は11月の初めに戻る。夜の卓球に出掛けようと車のエンジンを掛けるとマフラーから黄色い煙がモクモクと上がっているのがバックミラーに見えてびっくり。明らかに異常なので卓球を断念した。さらなる重大なトラブルが心配だったのだ。翌日、無事自動車工場まで走れて見てもらうとエンジンオイルの交換だけで大丈夫だと言われ、もっと深刻で多額な宣告を恐れていたので心底ホッとした。18-11-13

 

『歩く旅』の書き込みもそろそろ終りにしたい。これまでも触れてきたが12年の苫小牧から始まり、次に生まれ育った平取、浦河、そして最後に行くつもりのお墓のある芽室を目指した。浦河と芽室がつながり嬉しくて歩いた道のりを地図に記すと何となく物足りなく見えてきて、そこでこれからは北海道の岬に向かって歩きたいという願望が生まれた。その願いは7年の歳月を掛けてついに完結。18-11-12

 

浦河に着いたときには昼時だったので、子供の頃親に連れられ何度か行ったラーメン屋に向かった。しかし、残念ながらもうのれんは掛かっていなかった。6年前に浦河まで歩いてきたときにはラーメンを食べたのに・・・。それまで残っていたことの方がすごいのかもしれないが昔の思い出の場所がなくなるのはやっぱり寂しい。街並には今も営業している懐かしい店などもあって故郷を実感する。18-11-11

 

襟裳岬からはバスに乗り、様似で乗り換え出発した浦河に戻った。2泊3日で到達した岬への道のりはわずか1時間18分の乗車で終った。あまりのあっけなさに物足りなさを感じながらもバスの有り難さを噛み締める。でも、襟裳岬で乗ったときは自分ひとりで様似までの53分の間にふたりが乗り降りしただけだった。たまたま日曜日のせいもあるだろうけど、地方のバスの姿を見た思いがした。18-11-10

 

「エリモまで行くのかい」。暴風雨の中を歩いていた日に左車線のトラックの運転手から大声で呼び掛けられた。それも本当なら停車するのは危険なはずのトンネル内で。あまりの悪天候に同情してくれたに違いない。その優しさに感謝しながらも「歩きたいんです。ありがとうございます」と手を横に振りながら大声で叫んだ。何せトンネルの中なのだ。7年間で声を掛けられたのは初めてのこと。18-11-9

 

今回の『歩く旅』は距離が短かったため初めて足の治療用具を一切使わなかった。これまで恒例のように宿に着いたあとにやっていた足裏の水ぶくれを針で刺して水を抜きガーゼを当てる治療はやらずに済んだ。1日20キロ程度の3日間の歩きなら問題ないわけだ。とにかく、これからは1日に40キロ以上もましてやそれを何日も続けるなんてことはしないつもりなので針の出番もなくなりそう。18-11-8

 

実は、襟裳岬を旅の最後にしたのは当初からの計画でもあった。ひとつは遠い岬をつまり行程的に時間の掛かる所を先に終らせておきたいという考えと、さらに大きな理由は『歩く旅』の始まりは苫小牧までだったが次に目指したのが自分の生まれ育った日高だったのでこの地で完結したいとの願いも持っていた。予期せぬ 暴風雨には遭遇したがもっとも思い入れのある日高で終了したのは感慨深い。18-11-7

 

襟裳岬には3度行っている。高校3年のときにペンフレンドが函館から遊びに来てくれて一緒に行ったのが最初で、次は大学3年の自転車旅行のとき、そして今回。襟裳岬は海に向かって次第に小さな岩になっていていわゆる岬感がたっぷりだし、まさしく日高側と十勝側の先端となっているのが目で確認できるのもいい。雄大さではやっぱりここが一番だ。締めくくりの岬をここにしたのは大正解。18-11-6

 

襟裳岬に向かう朝、昨日の天気が嘘のように晴れていて風もなくホッとする。昨日、宿に着いてから明日の襟裳岬からのバスの運行が気になって様似バスに電話をすると「大雨で運休することはまずないですが、風速が25メートルを超えたら運休します」との応えだった。さすがに風の強いエリモならではの会社の規則で決まっているという。念のため運行を電話で確認してから安心して出発した。18-11-5

 

暴風雨のなかようやく辿り着いたエリモ町の宿の夕食の豪華さにびっくり。もしも、23キロ歩いていなければ食べ切れないような品数だった。それらは豚カツの玉 子とじ、焼き魚、ハンバーグに人参、芋付き、おでん、鮭と烏賊の刺身、ソーセージのマヨネーズ和え、ひじきと蒲鉾の煮物、ホウレン草のおひたし、刻み昆布煮、漬け物、そして澄まし汁と御飯というもの。すべて美味しく見事完食。18-11-4

 

トンネルとバスの停留所がオアシスに。二日目の様似からエリモ町への道では休むことなく暴風雨が続いた。その凄さを表現するのが難しいほど強烈だった。それも運悪くずっと向かい風だったので前屈みになり足を踏ん張らねば進めない状態だったのだ。立ち止まるわけにはいかないので一歩一歩力を込めて歩いた。そんなときトンネルとバスの停留所に出会うと遭難から救われたような気がした。18-11-3

 

様似町の宿も福島町のものと同じようにかなり古い造りで畳は茶色く襖にはこれも茶色の大きなシミがたくさん出来ていた。これには免疫ができていたから大して驚きもしなかった。もうひとつ似ていたのは愛想のないこと。必要以上に入り込まれるのもこまるがほとんど関心を示さないのには寂しいものもある。何とか旅館経営を続けたいというよりたまたま成り行きでやっているといった感じだ。18-11-2

 

これまでの『歩く旅』とは違って距離が短いのでゆっくりスケッチができた。初日の浦河から様似の宿までは12キロで2時間半あれば着けるので12時出発で4時着としても1時間半の余裕がある。黙々と歩くのもそれなりに好きだけどスケッチをしながらのんびり歩くのも楽しい。おかげで砂浜に打ち寄せる波、アポイ岳と親子岩、横からの親子岩、逆光の親子岩などを描くことができて大満足。18-11-1

 


 

様似までの道はほとんど海沿いを歩く。その横には草に覆われ赤く錆び付いた鉄路が続いている。列車が走らなくなって何年が経ったのだろう。はっきりは思い出せないがもう5年以上経っている気がする。切り捨てられた地方の姿がここにある。そして、今後二度とこの上を走る列車がないと思うと寂しさが込み上げてきてしまう。子供の頃、浦河駅で蒸気機関車を飽きずに見ていたのが懐かしい。18-10-31

 

浦河へ向かうのは今回が最後になる気がしたので一番前の席に座りたくて発車時刻の30分前には並んで待っていた。自分の歩いた道のりを確認してしっかり記憶に残しておきたいのだ。最前列の席は足を伸ばせないという窮屈さはあるけれど見晴らしの良さは変え難い。浦河までの4時間余りの間まるで運転手のように前方を凝視していた。それは楽しい時間でもあり何の苦もなく座っていられた。18-10-30

 

いつものようにしばらくは襟裳岬への『歩く旅』の話が続きそうだ。『歩く旅』で北海道の突端の岬(知床岬を除く)をすべて制覇したのにいまいち達成感が乏しいのはまだ終了したという実感が薄いのか、それとも終ってしまった寂しさがそうさせているのだろうか。もしかしたら両方が重なっているのかもしれない。それでも、ホッとしている自分がいるのも確か。次は『スケッチの旅』になる。18-10-29

 

心配だった天気は晴れていて風もなくほっとする。6:50宿を出る。昨日とはまったく違って前を見て無理なく歩けるのが嬉しい。14キロなので休みなく歩き9:30襟裳岬に到着。ついに6つ目の最後の岬に到達して、目標を無事達成できた喜びにひたりながら岬をスケッチ。10:57のバスで様似へ、そして浦河に戻り、14:15発の札幌行き高速バスに乗る。17:50札幌着。続く。18-10-28

 

朝食後9時に出発。天気は最悪で風雨が強く100円ショップの上下の雨合羽を着て出掛ける。風雨はさらに強まり顔に当たる雨粒は痛く前に進むのも必死になるほどの暴風雨に。かつて旅先の横須賀で遭遇した台風を超える最大の体験になった。風雨は衰えることなく続き途中には拡声器から夜7時からの通 行止めの情報も聞こえてきた。それでも黙々と歩き予定より早い3時にエリモ町に到着。18-10-27

 

札幌駅前ターミナル8:15発の高速バスで浦河へ向かう。鵡川までは高速道路を走るので関係ないが、そこからは自分の歩いた国道になるので道路を見渡せる最前列の席を確保した。懐かしい風景を辿り11:50浦河着。すぐに様似へ歩き始める。いよいよ『歩く旅』の最終章の始まりだ。晴れていて風もなく12キロと短いので途中にスケッチをして余裕で16時に宿に着く。9時には寝床に。18-10-26

 

北海道の突端の岬を目指してきた『歩く旅』の最後となる襟裳岬への旅立ちがいよいよ明日になった。2012年の10月に家から苫小牧駅まで歩いたのがその始まりで、そのときには岬に向かうなどとはまったく考えていなかったのに流れのなかでそうなっていった。春と秋の年に2度の『歩く旅』を7年という歳月を掛けて重ねたおかげで知床岬を除いた6つの岬に立てる日がついにやってくる。18-10-25

 

地震で壊れたモチーフの復元作業は一旦中断。あと6個ほどのところまで何とかこぎ着けたけど、以前のものより細かく複雑に壊れているだけに時間も神経も使ってしまう。掛けた時間だけそれなりに進んでくれるならまだいいのだがそうはいかないのだ。何よりも辛いのは小さな破片もすべてかき集めたはずなのに足りないこと。どうしてそうなったかわからないがこればかりはどうしようもない。18-10-24

 

続き。小さく砕かれた作品を車に積み込み終り、これで本当にハルカヤマとはお別 だと思うと寂しさも湧いてきた。野外での本格的な作品制作をしたのはここが初めてだったし、数多くの作家達と共同作業をし作品で刺激し合い、飲み食いしながら楽しく語らいととても貴重な体験をさせてもらった。そこを去る前にもう一度広い敷地内を一周して様々な思い出を振返っていた。あとは記憶に留まる。18-10-23

 

今年初めてのハルカヤマへ。昨年の6月でハルカヤマでのグループ展が終了したとはいえ初期の作品が残っているので顔を出そうと思っていながら秋の終りになってしまった。作品の撤去も念頭に行ってみると、無惨にも倒れていた。それを見て少しほっとした気持になった。しっかり立っているものを壊すのは忍びないものがあったのだ。とにかく7年間お疲れ様という思いで分解し車に積み込む。18-10-22

 

外での仕事や用事のない日は朝から夕方までは11月下旬のグループ展に出品する30号のアクリル作品を制作し、夜はモチーフの復元作業をしている。昼の制作は創造的な試行錯誤もあり何度も後ろに下がって全体の様子を確認しながら描き進めるのでそれだけ動きながらの仕事になる。しかし、夜の復元作業は機械的でずっと座ったまま行う。その違いもあってかどちらも集中できるのが嬉しい。18-10-21

 

嘘や改ざんがすっかり社会に蔓延して珍しいことではなくなったようだ。日本の中枢でそれをやっても許されているわけだからそれが広まるのは当然とも言える。都合の悪いことはなかったことにしたり、記録を書き換えたりしても大して咎められないとわかったら真似をする人が出てきても不思議ではない。極端な言い方をすれば、これでは騙すか騙されるかの信用の失われた社会になってしまう。18-10-20

 

地震で壊れたモチーフの復元作業はまだ続いていて、ようやく10個ほどは済んだけれどまだ同じくらいの数は残っている。比較的やりやすい方から手掛けたので同じ数でもこれからの方が大変で時間も掛かりそうだ。地震からすでに1ヶ月半近く経ったとはいえ、もっと前のことのような気がするのはなぜだろう。当時の記憶は今も鮮明なのにそう感じるのは歴史的出来事だったせいかもしれない。18-10-19

 

ガソリンの高騰が続いて1L160円になった。遠出をしないかぎりはそれほど車に乗る機会がないのと燃費のために千円分を給油することが多い。すると、たった6Lにしかならないわけだ。車をよく利用する人なら落ち着かないし心配になる量 しか入れられない。随分長い間満タンにしていないが、もしそうすると大体40Lとして7千円近くになるわけで出る金額は同じでもさらに高く感じる。18-10-18

 

いつも乗車する地下鉄駅に向かうとき、安春川沿いの遊歩道の終点からは繋がっている鉄道の高架下の遊歩道を歩く。だから駅までの道のりの半分以上は季節の変化を膚で感じられる快適な歩きになる。高架下の方は大きな木の並木道のようになっていて木の葉に囲まれているようでここも気持が安らぐ。でも落ち葉が多くなり木々のすき間も次第に大きくなって空が見え隠れしてきて寂しさも漂う。18-10-17

 

子供の頃の我家の冬の暖房は薪ストーブのため、薪割りは冬を迎える前の大事な仕事のひとつだった。小学校の高学年になってからはこの手伝いをしていた。まさかりを使うにはコツと要領があるのですぐにはうまくできないが慣れてくるとだんだんできるようになり楽しさも出てくる。うまく当たってぱかんと割れると爽快感と満足感にひたれるのだ。手伝いというより遊びの延長だった気もする。18-10-16

 

夕方の来るのが随分早くなり曇り空だと4時にはもう薄暗くなってしまう。おかげで1日が短くなったような気がして寂しくなる。その分夜が長くなっているとも考えられるけれど、夕方は昼の延長なのでたとえ暗くなっても夜とは違う。やっぱり、夕方が早くなると昼の時間を奪われたと感じるのだ。これが12月22日の冬至まで縮み続けると思うと寂しいどころか悲しくさえなってしまいそう。18-10-15

 

続き。コンビニのレジ袋の有料化について街の人に聞いたところ「ちょっとしたものを買うときにもらえないとこまる」「お金を払うのがもったいない」などの意見が出ていたが、ちょっとした努力と出費を惜しみ自分の生きる場を汚してしまっては後々もっと高い代償を払わねばならなくなる。身近な場所だけでなく地球規模での環境問題を提起されてから久しいのにまだまだ浸透してないようだ。18-10-14

 

プラスチックゴミの問題が深刻化している。海洋汚染が魚にも影響を与え、それが人間にも回ってくるというのだ。ストローを廃止したりレジ袋の有料化など少しでもゴミを減らそうとする流れが世界的に起きている。レジ袋の有料化には賛成だ。スーパーのときも反対意見があったが今では当り前になった。コンビニもそれにならうべきでレジ袋を小さく折畳み持ち歩く習慣をつければそれで済む。18-10-13

 

この時季に農村地帯を車で走ると焚火の匂いがすることがある。この匂いは結構好きで何だか懐かしさや郷愁を感じてしまう。中学2年までは田舎の農村に住んでいたので秋になるといつもこれを嗅いでいた。あちこちで煙が上がるのも風物詩のひとつだった。かつては農家に限らず自宅のゴミも庭などで燃やしていたので年中煙は上がっていたけれど、秋の農家の焚火の煙と匂いには趣きがあった。18-10-12

 

地震の影響がこんなところにも。小さな演劇集団の公演延期の知らせが届いた。その公演の案内は8月25日に届いていて楽しみにしていたというのに・・・。友人が出演している関係でこれまで毎年のように10回以上は観てきた。延期の理由は東区にある公演会場の建物の被害が大きく安心して使用できる状態ではないというのだ。やはり東区の保育所も閉園に追い込まれた。こちらはより深刻。18-10-11

 

雪虫に出会う。せいぜい4、5匹だったけど雪虫がゆっくりと舞っていた。まだ紅葉も途中だというのに雪の到来を予告するのは早過ぎる。もう少しの間穏やかな色とりどりの秋を満喫させてもらいたいものだ。それでなくても朝夕の暗さに秋の深まりを感じて寂しくなっているのに、これ以上の追打ちを掛けないでほしい。いずれはまちがいなくやってくる雪であっても遅ければ遅いほど嬉しい。18-10-10

 

友と夕方5時に薄野のデパートの入口で待ち合わせをして飲む。この待ち合わせのとき、10分前に着いても大体友が先に来ていて椅子に座って待っている。多分もういるだろうと思って向かうのだがいつもそのパターンになる。それでも、それ以上早めるとさらに早くなってしまいそうな気がして10分前をキープしている。彼は早めに行ってゆっくり待っていたいタイプなので苦にはなってない。18-10-9

 

もうひとつの復元作業。実は地震の前日の強風で借りているアトリエ(作品置き場の意味合いが大)の屋根のトタンが剥がれガラス窓が飛んできた小石で割れていたのだ。それは地震の2日後に知らされ確認に向かっていたが地震の影響や教室展の忙しさなどがあって最近ようやく手を付けられた。こちらは復元というより修繕だが、地震より先の強風の被害にも追われている。まさにダブルパンチ。18-10-8

 

壊れたモチーフの復元作業はやっと半分まできた感じだけど、そればかりをしているわけにもいかないので11月に開催されるグループ展のための絵を描き始めた。サイズは例年と同じく30号なので手頃な大きさとも言える。かつて絵画を中心に制作していた頃は100号が多かったが、それ以後は30号以下が主になっている。大きな絵を描くおもしろさはあっても搬出入や保管の問題が大きい。18-10-7

 

70歳になると役所からいろいろ届くものがある。もうすっかり当り前になった敬老優待乗車証もそうだが肺炎ワクチン接種のお知らせや歯周病検診の受診券も送られてきた。すべては健康を保って生活するための対策として行っている。敬老パスは少しでも出掛ける機会を多くして体を動かしてもらい、肺炎予防と歯周病検診も基本的は機能を良好に維持するためのもの。どれも大事にしなくては。18-10-6

 

胆振東部地震から1ヶ月経ったというのにまだ揺れている。それも震源地に近い場所では震度5だから恐怖心は治まるどころか増してしまうだろう。たとえ倒壊を免れた建物でも度重なる揺れで家屋の亀裂や傾きが進んでしまうこともあるわけで生きた心地がしないに違いない。こちらはモチーフの復元に四苦八苦しているけれど、住まいの復元もままならない人を考えたら返す言葉は何もなくなる。18-10-5

 

今朝は寒くなり14℃くらいしかなかったのでこの秋初めてストーブを着けた。いよいよその季節に突入したようだ。まだしばらくは寒暖を繰り返すのだろうけど、紅葉から落ち葉へそして雪へと確実に移っていく。こんな季節の移り変わりのときは風邪にも気を付けなくてはいけない。部屋の室温もそうだけど出掛けるときの服装、寝具の選び方にも気を配る必要がある。これも慣れるまでの辛抱。18-10-4

 

慣れてしまえば当り前。先週の火曜にチャージした敬老優待パスは水曜日から使い始めてすでに1週間が過ぎた。今はもう何の意識もすることなく自然に使っている。使い始めてから老人の仲間入りをしたはずなのにそれさえも忘れてしまった。他のことでもそうだが、最初は新鮮な気持になったとしても何度か体験しているうちに慣れてしまうもの。でも、恩恵を受けている事実は忘れずにいよう。18-10-3

 

作業効率を考えればただ長時間続ければいいというものではない。地震によって壊れたガラスや陶器のモチーフの復元作業をしていてそれを感じた。昨晩は11時頃に一旦やめようとしたのにもう少しと思って次の破片に手を出したら12時を過ぎていた。まだまだ続けられそうだったけどきりがなくなるのが心配で今度は強い気持でやめた。それは正解で、今朝は昨晩よりずっとスムーズに進んだ。18-10-2

 

沖縄の民意に微かな光明を見た。大政一辺倒を阻止できた意義はとても大きい。無責任で不誠実なうえにやりたい放題で我がまま放題をこのまま続けさせていたら国は再起不能に陥る。すでに、危機的領域にどっぷり浸かっているけれどこのまま沈み続けるよりは何とかとどまってほしい。もちろん、浮上のきっかけになってくれたら嬉しいが、これまでの流れからしてそれは難しいのもよくわかる。18-10-1

 


 

突然の雨に100円ショップで傘を手にしてレジに立つと、前の客がアルミシートを3袋も買っていた。多分、緊急用なのだろう。実は東北大震災のときに万一の備えとして作ったアルミシートの寝袋を地震後に探したのに見つからず、また作らねばと考えていたことをそこで思い出させてくれた。後日、大きな100円ショップに行くと入口のすぐ近くに売れ筋商品として置いてあった。やっぱり。18-9-30

 

食堂などの店の前で大声を出して客を呼び込もうとしている店には入らない。入ろうかと思っていた場合でもやめてしまう。本来の仕事がないからそうしているわけで、空いているのを強調すればするほどはやってない店だと宣伝していることになる。本当においしい店であれば客が客を呼び、店先で叫ぶ必要はない。ただ、その声に誘われて入る人がどれ程の割合でいるのか知ってみたい気もする。18-9-29

 

続き。ずっと昔の若い頃の話しになるけれど、ジグゾ−パズルを初めてやったときかなり楽しんでやったのを覚えている。そして、危ない遊びだなとも思った。なぜかというと途中で止められなくなるから。長時間やり続けて疲れていても、うまくはまらないのが気になってなかなか中断できないのだ。そんなわけもあって自分で買うことはなかった。それが今こんな形でジグゾ−もどきをやるとは。19-9-28

 

少し落ち着いた状態になったので地震のときに粉々になってしまったガラスや陶器類のモチーフの復元作業を始める。まずはそれぞれの固体に分類してからジグゾ−パズルのように部分部分を合わせて接着していく。あっさり合ったときはスッキリするけどなかなか合わないときは疲れも増してしまう。それでも、何とか元に戻したいという強い気持と細かい作業も結構好きなせいで止まらなくなる。18-9-27

 

行方不明になった幼い子供を発見し救助して一躍有名になった尾畑さんを追った『情熱大陸』をビデオに予約したのに録画されてなくてがっかり。予約の段階では問題なかったはずなのに何が原因なのかわからない。新たに何度か予約を試すがうまくいかない。そこで、取扱説明書を読んでようやく単純な原因に辿り着けた。その答えは録画できる容量 が満杯だったというわけ。頭が固くなっている。18-9-26

 

いよいよ老人の仲間入り。70歳になるにはまだあと1ヶ月あるけれど、札幌市から渡された敬老優待乗車カードにチャージして使えるようになってみると、『敬老』つまり『老人』の立場いるのを認識してしまう。65歳のときには高齢者という枠でくくられても何となく漠然としていたのに『老人』となるとその印象もぐっと違ってくる。とにかく、元気で楽しく動き回れる老人でいたいものだ。18-9-25

 

教室展の搬入飾り付けが二日連続だったということは搬出もそうなるわけで、今日はふたつ目の搬出を無事終えた。重なったため忙しかったとはいえ集中的にこなせたのはよかったとも言える。ひとつの方はこれまでみっつの教室を2回に分けてやっていたのを合同展にしたおかげで集中度はさらに増した。それなのに長年の恒例から、まだもうひとつの教室展が残っているような気がしてならない。18-9-24

 

昨晩は17日振りの卓球で汗を流す。やっぱり、思いっきり動き回り、たっぷり汗をかくと爽快感が違う。ようやく日常の生活に戻った気分だ。しばらくやってなかったからどんな感じかと多少の心配もあったけどまったく問題なくできたし充分楽しめた。微妙な違いを感じ取れるようなレベルでやってるわけではないので当り前と言えば当り前で、かえって気負わずにできたのがよかった気もする。18-9-23

 

区役所から地下鉄、バス、市電が利用できる敬老優待乗車証ICカードと利用者負担金納付書が届いた。使う人の必要に応じて支払えて千円で1万円、1万円だと5万円もの利用ができるので随分助かる。最高は年間に1万7千の支払いで7万円分が可能になる。この金額は自分が使っている1年分とほぼ一緒なので、年間の交通 費が2ヶ月分強で済むことになるのだ。納付できる火曜日が待ち遠しい。18-9-22

 

今週は指導している絵画教室の展覧会がたまたま重なってしまい、搬入飾り付けも日月と二日続きになった。教室展の飾り付けの最大の仕事は作品の位 置決めになる。片方は事前に決めておくのだが、机上と現場ではずれがあって作品をいろいろ移し変えながら決めていく。もうひとつの方はまったくぶっつけ本番でその場で作品を見ながら決める。これも移動を何度も繰り返す。これは大事な作業。18-9-21

 

秋深まる。陽を浴びると暑さを感じるけれど吹く風はすっかり涼しくなった。朝晩はもっと涼しくなり、半袖の上に羽織るものがほしくなるほどに。それでもこの時季は暑すぎず寒すぎずとちょうど過ごしやすい気温なので、これが長続きしてくれるのを願うばかり。そして、スーパーでも秋を見つけた。大好きな柿が並んでいたのだ。今年初めての柿を目にすると秋への移り変わりを強く実感する。18-9-20

 

地震前日の5日以降卓球ができていない。それは体育館が地震の避難所になったり、節電の対象になったりしたためだった。そろそろできるのではと思った地区センターでもできなかった。やむを得ない事情とはいえ、2週間もできなかったのは個展の準備に忙しかった4月以来の気がする。この間にも毎日のように1万歩以上歩いてはいても、たくさんの汗を流せる卓球とはスッキリ度が全然違う。18-9-19

 

最近発表された人口推計によると70歳以上が総人口の2割を超えたという。つまり、5人に1人は70歳以上になるわけだ。これは統計上ずっと前からわかっていたけれど実際にそうなってみるとやっぱり驚いてしまう。そして、高齢化はさらに進んでほぼ20年後には65歳以上の高齢者が35%まで上昇するらしい。3人に1人以上が高齢者の社会になってしまう。自分はそのど真ん中にいる。18-9-18

 

わかってしまえば簡単なのに、どうして今まで気付かなかったんだろうと思うことがある。つい最近わかったのは小さい字やものを見るとき、いちいち眼鏡をはずさずに眼鏡を指で少し押し上げて眼鏡の下からだとはっきり見えるということ。長い時間は疲れるけどちょっとのときにはこの方がずっと簡単にできる。眼鏡をはずす機会が増々多くなってきているから、これからは少し楽になりそうだ。18-9-17

 

地震と停電のことを書いているうちに9月ももう半分を過ぎてしまった。それだけ大変な出来事だったというわけだ。『歩く旅』の10月も近づいてきたので、宿の予約をした。無事に様似とエリモ町の宿を確保できて一安心。これで、北海道の岬を目指す『歩く旅』の最終章がいよいよ具体的になった。最後に歩く浦河からエリモ岬への距離は短いとはいえ、徐々に足を鍛えて余裕の完結にしたい。18-9-16

 

改善するのは棚を固定するのと置く物の高さと位置を考えること。地震が来る前はガラスや壊れやすい陶器などが高い所にあったおかげで悲惨な目に遭った。棚の手前にストッパーを付けるのもいいかもしれない。用意するのは寝る部屋にスリッパと懐中電灯、トランジスタラジオを、食料としては少なくてもいいから水と米と魚の缶 詰と野菜がいつもある状態に、その他は乾電池やロウソクなどを。18-9-15

 

今回の地震と停電に遭ったおかげでいろいろ気付かされたし学習もした。まず、災害は自分の身にも起こるという当然のことを知らされた。これまでの大災害では遠い所で起こっているような傍観者的な目で見ていた気がする。実際に自分に降り掛かってきて、ようやくそのときのための備えを現実的に考えられるようになった。徐々にではあっても改善したり用意したりしていきたいと思っている。18-9-14

 

さて、この停電の夜をどうしよう、8時前に布団に入っても眠れそうもないしと考えたとき『そうだ、灯りのない暗闇の街中を散歩してみよう』と思い立った。懐中電灯を手にさっそく出掛ける。黒い建物が並んでいる風景は異様だった。でも、嬉しい出会いも待っていた。夜空の星がくっきりと輝いているのだ。そして、そこには北斗七星もあった。地上の光を失ったおかげで天上の光に出会えた。18-9-13

 

冷蔵庫の冷凍室には食品よりも保冷剤の方がたくさん入っていたため、しばらく冷えたままでいてくれて大いに助けられた。とくに冷凍された御飯は大事な食料に。水もガスも無事だったので簡単にお粥風に戻せた。それに冷蔵庫にあった卵と小松菜を入れると、普段そんな食べ方をしてないせいか十分においしかった。ないものねだりをせず、あるもので何とかしようと工夫して店に並ばず済んだ。18-9-12

 

一階に降りてすぐに確認したのが水道。流れる水を目にして安堵した。万一を考えペットボトルとバケツに水を蓄えた。しかし、幸いにも断水せずに済んだ。停電は2日近く続いたが、困ったのは冷蔵庫くらいで夜はロウソクで過ごし8時には寝ていたのでさほど辛くはなかった。そこでわかったのは停電はじっとしていても何とかなるが、水はそうはいかない。停電より断水の方がより厳しくなる。19-9-11

 

気がめいるのがいやで簡単な片付けを先にして壊れたモチーフは後回しに。今日の講座は休みだとは思ったが電話連絡も取れないので歩いて中心街へ向かった。当然地下鉄とバスは運休している。信号もまったく着いてなく交差点では車と車そして人が互いを確認しながらゆっくり行き交っていた。交差点に警官がいるのはほんの一部で、これはスローライフだ。おかげで停電の街を初めて体験した。18-9-10

 

しばらくは地震の被害についての話が続く。地震のあと朝を待ってから、押入れにあった冬用の靴下を履き、本で壊れた破片を丁寧にかき分けながら階段まで行き、階段では崩れた本やキャンバスの木枠をどけながら一階に降りた。そこは本などが多少散乱していたがパソコンやモニター、プリンタなどの無事を確認してほっとする。他の部屋も物が落ちたり倒れただけで破損はモチーフだけで済んだ。18-9-9

 

昨晩の9時頃に電気が回復。その時間にはすでに寝入っていて、その瞬間はわからなかったが、地震のとき止まったデジタル式電気時計の逆算でその時刻がわかった。何はともあれ電気が復旧したおかげでシャワーを浴びられるのが嬉しい。今回は避難所生活こそしなかったものの被害者として様々な体験をしたおかげで、これまでは他の地域の災害を他人事のように捉えていたことを反省させられた。18-9-8

 

今日も停電は続いた。一番最初は自分の家だけかと心配になるが近所も消えていて納得する。それが何と北区だけでも札幌だけでもなく北海道全域だと知って驚いた。電力の需要と供給の関係でそうなってしまうらしいが信じ難い災害に発展しているのはまちがいない。スマホはないけれどトランジスタラジオを持っていたおかげでいろいろな情報を聴けたのは大いに助けられた。情報の大事さを実感。18-9-7

 

午前3時8分、大きな揺れで目を覚ます。布団のなかで収まるのを待ったが激しくなるばかりで停電にもなった。突然、隣の部屋でたくさんのガラスのモチーフが一気に割れる大きな音が響いた。一階に降りるにはその部屋を通 らねばならない。靴どころかスリッパもないのでここで収まるのを待つしかないと覚悟した。それは正解で、足の踏み場のない危険な状態になっていた。これが災害の始まり。18-9-6

 

『運動不足は高所得国ほど高い』との研究結果が世界保健機関(WHO)から発表された。日本もその高所得国に入っていて、日常の生活を観察していると当然そうなるだろうと推測できる。原因として長時間労働と交通 機関の発達とスマフォの普及を上げているが、さらにエスカレーターの利用も入れてほしい。せっかくの階段を避けて自ら運動の機会を遠ざけているのだから望んでいる帰結なのかも。18-9-5

 

大雨や台風の生中継のとき、実際の天候と懸け離れたコメントをすることが多々ある。つまり、まさにそのときの状況を伝えるのでなく用意されたコメントを言うからそうなる。木は大して揺れてないのに「大きく揺れて」と言い、高くない波を「非常に高い波が」と言う。つまり、せっかくの生中継だから激しい状況を伝えたいという欲求が勝ってしまうのだろう。それでは正しい情報とは言えない。18-9-4

 

並木の赤だけでなく、風の冷たさも秋を告げている。心地よかったはずの窓からの風を浴び続けているうちに肌寒さを感じて思わず上着を羽織った。これは、体育館での午後の卓球のための並び順を確保して窓際の椅子に座って待っている正午頃の話。先週の同じ場所では背中に当たる陽が暑すぎて席を移動したというのに、一週間でもこれだけ違う。この風が秋の台風につながらないのを願うばかり。18-9-3

 

昨日はDVDレコーダーやパソコンの不具合などの疲れもあって、何となく気だるく夜の卓球に行くのを少し戸惑うほどだったのに、行って帰ってきたら体も気分も爽やかになっていた。やはり好きなことをして思いっきり動き回り、たっぷり汗をかき、ゲームも楽しめば気持も体もリフレッシュできるというわけだ。とにかく子供の頃からスポーツが大好きだったおかげで随分助けられてきた気がする。18-9-2

 

時間を掛けるのは能動的だからいい。時間が掛かるのもちょっと口惜しいがしかたがない。でも、時間を取られるのは無駄 なことに費やした気がしてとても嫌なもの。簡単に済むはずのことに時間を奪われたらなおさら嫌だしどっと疲れてしまう。パソコンのファイルをDVDに入れようとしたのだが、なぜか入ってくれない。理由がわからないのでいろいろ試すが、そのうちフリーズする始末。疲れた。18-9-1

 


 

床屋でスッキリさっぱり。カットするまではそれほど伸びてない気がしていても、カットした後にはれそれなりに長くなっていたのがよくわかる。それと同じように爪を切るときにも似た気持になる。まだいいかなと思ってもいざ切り始めると切ってよかったと思う。きっと、少しずつ長くなっていくのでそれに見慣れてしまい大きな変化に見えないのかもしれない。とにかく、髪はまた2ヶ月伸びる。18-8-31

 

床に落したミニトマト。いつも利用している市役所の地下食堂で、これもいつもの幕の内弁当を食べていたとき、箸から滑らしミニトマトを床に落して転がしてしまった。あわてて行方を追い、それを取りに行った。それを食べないのはもったいない気がして、食後の返却トレイを整理している係の人に水で洗ってほしいとお願いしておいしくいただいた。食料を残すことには罪悪感さえ持っている。18-8-30

 

安春川沿いの並木に赤色を見つけてしまった。もう、夏から秋への衣替えをしようとしているのだ。年齢を重ねると月日の過ぎるのが早く感じるというけれど、それは確かなようで、もう秋かと嘆いてしまう。春も夏も極端な天気ばかりが続き穏やかで清々しく爽やかな日が少なかったのも短く感じる理由のひとつなのかもしれない。せめて、冬までの秋が暑くもなく寒くもない日々であってほしい。18-8-29

 

北海道マラソン女子優勝者の鈴木選手の座右の銘は『勝っておごらず、負けて落ち込まず』といった意味のものだった。もし、自分にもあるなら何だろう。あえて言うなら『千里の道も一歩から』か。こつこつやって積み重ねていくのが好きだから、立体制作にもあてはまるしこの毎日の『ひとこと』もすでに17年目を迎えている。そして、『歩く旅』はまさにそのまま体現しているようなものだ。18-8-28

 

続く。300メートルほど先にある35キロメートルの関門に向かって時間制限間際になって歩きに近い状態で列をなしている大勢のランナーを見ていると、それまでの頑張りを途絶えさせたくないと時計に目をやり急ぐ人がいれば、もはや同じペースを続けるのが精一杯の人もいる。それぞれが己の力の限界を超えようと必死だった。ふと、自分も挑戦してみたい衝動に駆られた。危ない、危ない。18-8-27

 

毎年8月末の恒例行事となっている北海道マラソンを沿道まで見に行く。それも、今年は3度に分けて見に行った。そこへは5分ほどなのですぐ行ける。まずはトップランナーの駆け抜ける速さを、次に折り返してきた女子のトップを、そして時間制限間際まで懸命に走る一般 ランナーを見た。トップの人達は懸け離れた存在だけれど、一般のランナーの頑張りからはいつも感動と勇気を与えられる。18-8-26

 

少し離れたところに座って話をしている若い男女が目に入った。すぐにふたりは手話で会話しているのがわかった。顔の見える女の人はまるでまばたきもしないかのように目を大きく見開き相手の顔と手を食い入るように見つめている。耳の聞こえない人にとっては目で聞くわけだから顔と手から目は離せないわけだ。その眼差しを見ていると相手の言葉を聞き逃すまいとする真剣さが伝わってきた。18-8-25

 

友と飲む。夏の終る前にお互いの旅の報告を兼ねてのふたりの飲み会。こっちは歩く旅で友はフルフラットになる車で寝泊まりしながらの夫婦での旅。つい最近も道東を1週間かけて回ってきたという。手段とスピードは違ってもどこかへ向かって進んで行くのは一緒。旅話を聞いているだけでも楽しい気分になれる。とにかく元気に動き回れて、それを報告し合える友がいる幸せを感じたひととき。18-8--24

 

暑い日に歩いていると汗をかくけど、不思議と止まって休んだ直後に吹き出てきたりもする。昨日、ある施設のベンチに座ってハンカチで汗を拭くと、ハンカチが濡れたので水気を乾かそうと膝の上に置いていた。でも、それを忘れてその場を立ち去ってしまったのだ。ほぼ2時間後にそこに戻ってみると近くの棚にハンカチが置いてあり懐かしい再会のように思えた。そこに置いてくれた人に感謝。18-8-23

 

朝方の激しい雷で目を覚ます。6時半頃だろうか、すごく大きな音の雷が鳴り響いた。その大きさからしてかなり近い感じがして、さらに大きくなっていくので布団のなかで『落ちて停電にならないでくれ』と願っていた。そう思わせるほどの雷鳴だったのだ。幸い我家は停電にはならずに済んだが、広範囲に渡って停電も発生したらしい。おかげで「雷すごかったよね」が朝も昼も挨拶の始まりに。18-8-22

 

髭剃りをするたびに思うことがある。『髪の毛は年齢とともに薄くなったり少なくなったりするのに、髭はどうしてそうならないんだろう』と。せめて伸びるのが遅くでもなってくれたらいいのに、それもないようで一日剃らないだけでもしっかり伸びる。髭剃りの時間がなくなってくれたらシャワーを浴びるときもずっと楽チンな気分になれるはず。それとも、これでも髭も減っているのだろうか。18-8-21

 

お盆のあとの寒いというくらいの涼しさはどこへやら、再び夏の暑さが戻ってきた。今日は28℃まで上がり今週の水と金曜日は30℃の予報になっている。一度涼しさに慣れた身としては厳しい暑さになりそうだ。それにしてもタイミングが悪いのは昨日で夏休みが終ってしまったこと。夏休みの間はぐずついた天気が多く涼しかったのに学校が始まった途端に暑くなるとは。子供達も残念だろう。18-8-20

 

夏の風物詩のひとつだった騒音をまき散らすあの迷惑な暴走族はいったいどこに行ったのだろう。もちろん、かつての暴走族は違う世界に入ったにしてもその後が続かなかったのにはそれなりに理由があるに違いない。もしかしたら、あの自己満足の欲求の発散場所はゲームなどのバーチャル空間に移ったのか。平穏で静かな夜は大事な日常で二度とやってほしくはないが、その空間も寂しさが漂う。18-8-19

 

お盆が過ぎて急に涼しくなった。昔はと言ってみてもその境い目ははっきりしないが、少なくとも50年くらい前はお盆を過ぎたら半袖ではいられなかったような気がする。それから温暖化の影響などで気温は上昇して、9月に入ってからでも暑い日が続いたりするようになった。それなのに急な寒さの到来に驚いた。大雪山では例年より1ヶ月も早い初雪が降りいきなり冬に。とにかく極端に走る。18-8-18

 

続く。『掛けた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め』これは尾畠さんの座右の銘だという。こういった格言は言う人によっては首をかしげる場合もあるが尾畠さんだとすごく納得できる。思っていてもなかなか実行できないところをさらっとやってしまうのが素晴らしい。すべては無理だけどいつまでも忘れないでいたい言葉だ。元会長にも聞かせてやりたいがきっと馬の耳に念仏になるのだろう。18-8-17

 

真逆の人間。同じ78歳なのにこれほどまで極端に異なる生き方を見せられて驚いてしまう。一方は無欲で、もう片方は私利私欲の塊で生きている。これは2歳になったばかりの男の子を救出した尾畠さんと元アマチュアボクシング会長のこと。話す言葉から考え方、表情、態度、行動、服装まですべてが違う。元会長の愛とは懸け離れた横暴な言動に辟易してただけに、尾畠さんには心底救われた。18-8-16

 

奇蹟は起こる。日航機墜落事故のあの惨状で生存者がいたときと同じような奇蹟に感じる。行方不明だった2歳と数日の男の子が民家の近くとはいえ山の中で68時間振りに無事救助されたのだ。自分もそうだが多くの人が二日目の夜を迎えたときには絶望的な気持ちになっていたに違いない。それなのに大して衰弱することなく生き延びていいたのだからすごい生命力だ。とにかく本当によかった。18-8-15

 

今年はなぜか同じような天気が続く。まるで梅雨のような長雨の後には猛暑が続き本格的な夏が来たと思っていたら暑さはそこがピークで次第に落ち着いた暑さになった。そして今度は恵みの雨だと歓迎したはずなのに何日も降り止まない。これでは恵みどころかまた作物に影響が出てしまいそうだ。それでなくても高い野菜がさらに高くなりそう。晴れと雨がうまく順繰りにきてくれればいいのに。18-8-14

 

家の南西角には交差している生活道路がある。そこは南の窓から見えるのだが、何度も危険な自転車や車を目撃している。どちらにも一時停止の標識がないせいかスピードを緩めずに通 ってしまうのだ。それななりに人や自転車や車が行き交っているのにそこで衝突しないのは奇蹟に近い。どうして、一旦止まらずに突き進めるのか理解に苦しむ。ぶつかる前にその危険性を知ってほしいと切に願う。18-8-13

 

胸のすく小話。ファミレスで赤ちゃんが泣き、それを迷惑と感じた老人の男性から「子供を静かにさせるのが親の役目だろう」と訴えられた店員の返答は「かしこまりました。それでは、貴方の御両親の連絡先を教えていただけますか」だった。ときどき赤ちゃんの鳴き声に対する不満を聞くことがある。こればかりは頑張っても赤ちゃんしだいなのでむずかしい。もちろん、努力はしてほしいけど。18-8-12

 

久し振りの本格的な雨。しばらく降ってなかったから大地にとって恵みの雨だろうし、降りそうで降らないで湿度が高くなるよりはスッキリ感もあっていい。ついでにというわけでもないが、雨のなか傘を差しながら軽く車を拭いた。洗車はいつも雨に頼っているけれど、この前の芽室からの夜間の走りでサイドミラーとフロントにこびり付いた小さな虫を拭き落したかったのだ。これも雨のおかげ。18-8-11

 

医師になりたいという女の子の望みを萎ませるような信じられない事実が判明した。ある大学の医学部の入試で女子の点数を一律に下げていたという。事前にそれを公示していたならまだしも、それを密かにやっていたのだから悪質だ。受験生は当然対等な条件で合否が判定されていると思っていたのに、そうでないとすればだまされたようなもの。信頼を裏切る組織が次々溢れ出る社会が情けない。18-8-10

 

アンケートつながり。先日、小学6年生の『将来就きたい職業』トップ10というのが新聞に出ていた。男の子の1位 はスポーツ選手でやっぱりねと納得できたけど、女の子の1位は医師になっていて意外な感じがした。そして、看護師、教員、保育師と続くのだ。どれも現実的な職業で5位 にようやくパテェシエ・パン屋という夢のある職業が出てくる。これらも時代の背景を表わしているのだろう。18-8-9

 

先月5日にやった高齢者教室『絵を描こう』の受講生の36人分のアンケート集計を渡された。どんな感想を持ったのか気になっていたので、それを見るのを楽しみにしていた。講座全体については大変満足した24人、まあまあ満足した8人、普通 4人となっていて一応ホッとして、講座の進め方についてはわかりやすいが32人で普通 が4人だったのでとても嬉しかった。来年もぜひやってみたい。18-8-8

 

基本に戻る。卓球をやり始めて7年が経ち、かなり慣れてきたしそれなりに上達したのは確かなのだがなかなかその上に行けずに悩んでいたらその解決策が見つかった。つい最近、土台となる打ち方に問題があると指摘されたのだ。よく聞く話で基本がしっかりしてないとどこかで伸び悩むというところに入っていたようだ。今なら指摘された意味も理解できるので基本を身に付ける努力をするつもり。18-8-7

 

問題を起こしたふたつの顔を持つ人に対して「どっちが本当なんだろう」とおかしなことを言うコメンテーターがいるけれど何も迷う必要はない。どちらも本当で、ふたつの顔を時と場合と相手によって上手に使い分けられるのがその人というわけ。無理にどちらかを選ぶのはその人の特徴を見逃してしまう。そして、ことさらその人のいいところを強調するときは擁護したい気持ちの現れに過ぎない。18-8-6

 

30℃に慣れた体には27、8℃だと涼しく感じる。そして、何より違うのが夜の暑さ。この前の熱帯夜は本当にまいったけど最近はしっかり窓を閉めても涼しいくらいだ。これでこそ北海道で暑くて寝苦しい夜に慣れることはできないのでホッとしている。そして蚊取り線香も焚かずに済む。この前の暑い夜に久し振りに蚊に刺されたが昔に比べると随分減った気がする。家裏の草も関係あるのかも。18-8-5

 

問題を起こした組織のトップの人柄には驚かされる。態度も話し方も服装もそして考え方もまるで組長そのものなのだ。信じているのは強引な力による統率であり、理性や品性や謙譲といったものは微塵も感じさせない。こういった人間が支配している組織が他にもたくさんあるのかと思うと日本の末路を感じる。日本のトップも官僚も大学の理事長も無責任を貫いているのだからそれに倣うのだろう。18-8-4

 

草取りが続く。恵庭に住む友人が自家菜園の収穫物を分けてくれるというので出掛け、そのお礼にと1時間半ほどタマネギ畑の草取りをした。昨日のただ黙々と引き抜くのとは違い、守るものがあっての作業なのでやりがいもあった。ほんのわずかな手伝いなのに胡瓜、レタス、セロリ、ミニトマト、大根、じゃがいも、ズッキーニ、茄子、タマネギなどたくさんの新鮮な野菜を戴く。ありがたい報酬。18-8-3

 

家裏の草取りをする。暑い時間を避けるために夕方の6時半頃から始めた。それほど多くはないと思って30分で終るつもりだったのに1時間も掛かってしまった。おかげで終る頃には草もよく見えない暗さに。こういった作業はだいたい予定より長引くもので、もう少し早めに始めればよかったと思った。草取りの後には除草剤をまいて小さな草の息の根をとめる。それでも復活するから草はすごい。18-8-2

 

プリントした写真の整理をしているとき、わりとすぐに『いる』『いらない』の判断ができるのに、いざフィルムを処分しようとするとためらうのはなぜだろう。すでにフィルムから安価にプリントできる場所はなく、もう持ってる必要はないとわかっているのに思い入れが強くあるのはまさにそのときが記録された原本だからに違いない。もちろん、いずれは手放すのだがもうしばらくは残りそうだ。18-8-1

 


 

これだけ暑い日が続くと歩くことの選択だけでなく、個展を5月か6月に定着させたのも大正解だった。9月だとすれば6、7、8月が10月だとしても7、8、9月が頑張りどきになるわけで、もしもこんな暑い夏になってしまったら体力にも集中力にも影響してしまう。かつては冬を除いてどの季節にも個展を開いていたが、それは体力、気力があっての話でこれからはそんなわけにはいかない。18-7-31

 

30℃を超える暑い日が続いている。かなり暑さに慣れてきたとはいえ、それは昼の暑さであって夜ではない。昨晩は夜になっても気温が下がらず、深夜なっても室温は28℃近くもあったのだ。そして今日も今現在夜の8時15分だというのにほぼ30℃になっている。北海道の夏は昼間いくら暑くても夕方から徐々に冷えてきて夜は肌寒くさえなるはずなのに下がってくれない。これにはまいる。18-7-30

 

最近、自宅近くでランニングをしている人を多く見かけるようになった。これにはわけがあり、多分8月末の北海道マラソンを目指している人達に違いない。走り方うんぬ んより表情とユニフォームでそれらしき雰囲気が漂ってくる。それにしても、もっとも暑いこの時季に炎天下でトレーニングに励まねばならないとは何と酷なことだろう。マラソンでなく歩く方を選んでよかったとしみじみ思う。18-7-29

 

実は白神岬への『歩く旅』から返ってきて1週間も経たない内に最後の目的地になる襟裳岬への『歩く旅』の計画を練っていた。到達した余韻に浸るより、次のことを考える方がずっと楽しい気分になる。すでにおおよその計画はできていたのでそれを再確認するという感じだけど、これだけでもわくわくしてくる。今度は浦河からの出発なので2泊3日の余裕のある『歩く旅』で締めくくれそうだ。18-7-28

 

整理作業は終らない。この前手掛けた写真は個展やグループ展で撮ったものがほとんどで今度は子供のときから今につながるアルバムに手を付けた。アルバムに貼ってあるとかさばるのでまずはそこから剥がす作業から始め、残したいものを選んだ。すると4分の1くらいに減らせたし、バラになったおかげで随分減った気分になれる。ようやく3册済んだがまだ5册も残っている。もうひと頑張り。18-7-27

 

ついに北海道にも本格的な夏がやってきた。今日は札幌でも30℃を超えて、夏の暑さを実感した。今年は7月に入っても曇りや雨の続くまるで梅雨のような天候ばかりで農作物にも多大な悪影響を与えていたから、この暑さで少しでも取り戻してほしい。そればかりでなく夏に関する商売や商品も散々だったろうから関係者はこの暑さを待ちに待っていただろう。そう思えば暑さも耐えられそうだ。18-7-26

 

これまで何度も書いてきたが、北朝鮮のミサイルより水害、土砂崩れ、台風、地震などの被害の方が圧倒的に怖いという事実。北朝鮮のミサイルはもしもという架空の話であり、本気の努力があれば防ぎようもある。しかし、自然災害は必ず毎年やって来る現実の恐怖。こっちの備えをできるだけしておくべきなのに、ミサイルを想定した装備にあっさり何千億円も費やすのでは国を守る意味が違う。18-7-25

 

太陽に顔を向けているはずの向日葵が首を垂れてぐったりしていた。埼玉県の熊谷市で国内最高になる41、1℃を記録。さすがの向日葵もこの日照りには耐えられなかったようだ。本州の酷暑を体験していないのでその厳しさは想像できない。それでもそこに生活している人はそれに耐えていかねばならないわけで、慣れというのはすごいものだ。逆に熊谷の人には−30℃は想像できないだろう。18-7-24

 

続き。整理をして物を減らすことにはいくつかの効用がある。もっとも大きいのは何がどこにあるかを把握できる点にある。つまり、忘れられて眠っている物をなくすというわけ。若いときであれば記憶も確かでどこに何があるかを覚えてられても、歳を重ねるごとにそれが衰えてしまうのは止められない。それならば持ち物を減らすしかない。そうすると生活空間も広がり気持にゆとりも生まれる。18-7-23

 

すべての部屋の整理が一段落した流れで今度はこれも長年手付かずだった写真の整理に入る。自分が写 っているのは少なくほとんどが個展のときに撮った作品。フィルムのときには撮影したものを確認できないのでできるだけたくさん撮り、すべてをプリントするのでその数はどうしても多くなってしまう。選んで残されたのは4分の1くらいだろうか。いずれまたこの作業をしてさらに減らしたい。18-7-22

 

部屋の整理をしているともう使わないか必要ないと思われるものもたくさん出てくる。それらのうちの座布団やスキーやスキー靴やスキーウェアやロールキャンバスの芯や金属の箱など大きなものは車で15分ほどのところにある市の破砕工場に運ぶ。ここの料金は大きさや種類に関係なくあくまでも重さで決まる。つまり、入るときの車の重さから出るときの重さを引くというわけ。これは合理的。18-7-21

 

次の日曜日にと考えていた芽室のお墓の草取りを天気予報の33℃を見て、急きょ27℃の今日に変更。車で走っているときは風が入るからいいけど(冷房は入れてない)、炎天下の長時間の草取り作業はきつい。朝7時半に家を出て12時半に芽室に着き(国道利用)、食事後1時から4時半までお墓の草取り、スーパーで食料を買い給油後5時に出発して10時に帰宅。予定を早めて正解のはず。18-7-20

 

北海道でも水害でひどい目に遭ったのにその後の西日本を襲った水害と土砂崩れが甚大だったため、そのことを忘れてしまいそうになるのが怖い。北海道にも水害から立ち直ろうと頑張っている人達がいる。テレビでの災害現場からの報告で気になる点はいくつかあるが、どう見ても大丈夫じゃない人に向かって『大丈夫ですか』と呼び掛けるのもそのひとつ。『大丈夫じゃない』のは明らかなのに。18-7-19

 

大災害を予告したり伝えるときに使う『数十年に一度』や『50年に一度』は絶対におかしい。これは依然にもここで指摘したが、その規模を具体的にイメージしづらいし、50年毎にやってくるものだと誤解されかねない。地震もそうだがあくまでも統計的な平均値であって2年連続も3年連続もあり得るわけだからこの言い方は止めて、その災害の規模がより伝わる言葉に早急に変えた方がいい。18-7-18

 

年に一度で3回目になる高齢者教室の『絵を描こう』という講座を7月の初めに担当した。今回も40人のそれぞれの作品から感動を与えてもらえた。2時間という枠のなかで絵にはひとつの答があるわけでなくそれぞれの自分を正直に表に現すのが大事と話してから、軽い慣らしのあと10分ずつ使って鉛筆とサインペンで自分の手を描いてもらうのだが、これが見事に自分が表現されているのだ。18-7-17

 

いつものようにというか『歩く旅』の思い出を書いているうちに半月が経って7月の中旬になってしまった。でも、その感じがまったくしないのは天候のせいだと思う。実際に体験したことはないがまるで梅雨のように雨と曇りの天気ばかりが続いていたのだ。これも気象の変化の現れのひとつなのかもしれない。こんな現象も水害も土砂崩れももう異常気象とは呼べない段階に入っている気がする。18-7-16

 

函館駅前のベンチに座り行き交う人を眺めながらのんびりしていると、いつものように自分の街では味わえない独特な感覚になった。旅先で感じるこの感覚はどう説明したらいいのだろうか。明らかに何かが違うのだ。おかげで今回の『歩く旅』をしめくくる貴重なひとときになった。これも旅の楽しみのうち。雨に降られたものの足裏が痛くなることもなく無事白神岬に到達できて本当によかった。18-7-15

 

さらに続く。そこにいた地元の人に聞くとバス停の標識はないがバスは停まるという。それでは旅行者にとっては不安になるしどこで待てばいいのかもわからないから絶対に必要だ。最後に焦ったというのはこのこと。時間に余裕があったからよかったがそうでなければもっと焦ってたはず。とにかく、待合所で汗で濡れたシャツの着替えをして函館行きのバスに乗りほっとする。途中、五稜郭公園入口で降り箱館奉行所を見学。それなりに見応えがあった。路面 電車で函館駅に向かい高速バスを待つ。18-7-14

 

続き。予定より少し早く到着した白神岬は雨のなかだった。そこには北海道最南端の碑もありグ−グルで地形を見ていたため迷わずに済んだ。雨なのでスケッチはあきらめ、バス停を早めに確認しようと探すが見当たらない。もう少し先かと進むがやっぱりない。ネットで調べたときには間違いなくあったのに・・。岬でのんびりするはずが焦ってしまった。3キロ近く歩いてようやくバス停に着く。18-7-13

 

白神岬を目指す朝は今までにない激しい雨が降っていた。このまま降り続いたら川の氾濫も心配になるほどだったが、幸い長くは続かなかった。でも、市街地を離れるところにあった開発局の看板には『この先の道路は気象条件により閉鎖する場合があります』と警告してあり、多少の不安を抱えつつこれ以上強くならないことを祈りながらその横を過ぎた。その後も雨のなか順調に進み岬は間近に。18-7-12

 

二日目の福島の宿は昭和の香りでいっぱいの旅館だった。古くて趣きがあるという意味でなくほとんどが昭和のまんまの造りなのだ。部屋には鍵がなく、畳も古く、テレビはチューナー付きの箱型で、当然エアコンも冷蔵庫もない。そんなこともあってか10部屋あるのにその日の客は自分ひとり。多分、30年前の新幹線のトンネル工事が終る以前は満杯になっていたのだろう。時の流れを感じた。18-7-11

 

思わぬ所で北海道新幹線を初めて眺められたのは嬉しかったが複雑な思いもした。新幹線はほとんどの場所で高い壁に遮られていて外からは上しか見えないし乗客にとっても景色は遠くの山と空だけでないだろうか。どっちみちトンネルだらけで車窓の楽しみは完全に奪われている。でも、そこを出た直後に貨物列車とトンネルから出て来た新幹線との交差に遭遇したのは幸運としか言いようがない。18-7-10

 

五稜郭からずっと海沿いだった道は木古内を過ぎて9キロほど歩いた知内からいきなり90度曲がって内陸に向かう。すぐに坂が始まり次第に平地が狭まり風景は一変する。12時20分しりうち道の駅で休憩。そこにはたまたま新幹線を眺められる休憩室があり線路を見ながらおにぎりとパンの昼食。すると、幸運にも目の前を新幹線が通 り過ぎた。結構長い編成で10両はあっただろうか。続く。18-7-9

 

五稜郭から木古内までの35キロの道のりで嬉しかったのは一度も途切れずに歩道が続いていたこと。これは感動にも値するもので、今までで初めての体験だった。歩道があるかないかでは緊張感がまるで違うので体に与える精神的な影響はとても大きい。歩道があるととにかく気楽に歩けるのだ。これまでで歩道が一番少なかったのは浦河への日高路で最悪のときは道路脇の白線さえ草に隠れていた。18-7-8

 

足裏が痛くなることもなく予定より1時間ほど早めに宿に着き、さっそく温泉に入る。湯舟からは大海原が見渡せて体だけでなく気持も解放感に浸れた。小さなバスタブでなくのびのびゆったり入れる温泉はやっぱり最高だ。湯上がりに夕食を食べた広い食堂も海の見える席でここでも解放感を味わった。狭い部屋でましてや壁に向かいながら食べるのとは大違い。この宿の選択はこれだけでも大正解。18-7-7

 

一日目の木古内を目指している途中、釜谷という小さな無人駅に休憩しようと入ってみたらちょっとびっくりした。色とりどりで楽しい子供部屋のような駅舎に三人の高齢の女性がまるで誰かの家に集っていうかのような雰囲気で談笑していた。もちろん、列車を待っているわけではなくサロンとして使っているのだ。思わず「おじゃまします」と言うと「どうぞ」と応えてくれた。これも田舎の風景。18-7-6

 

今回の『歩く旅』では随分雨に悩まされたが、もしも今週の出発だったら旅を断念せざるを得なかったかもしれない。昨日から今日に掛けて道南地方では豪雨に見舞われ大被害に遭ったのだ。実際に歩いた道路の川の氾濫もあったし高速バスの走る道央道では土砂崩れで通 行止めにもなっている。そして、函館に向かう特急列車は運休になってしまった。大雨には遭ったが、幸運だったとも言えそうだ。18-7-5

 

昨年秋の札幌駅から洞爺湖町まで以来の特急列車だけど、乗っているだけで嬉しくてわくわくしてしまう。とにかく動くこと移動することが大好きだ。だから、今回の五稜郭までの3時間半の車中も退屈もしないし長いとも思わない。帰りの函館から札幌までのほとんどが風景の見えない夜間に走った5時間半の高速バスでさえ飽きるわけではない。これが、もっと頻繁に乗っていたら違うのだろうか。18-7-4

 

旅の最初と最後の方でちょっと焦る事態に陥り焦ってしまった。余裕を持って行動すべきと再認識した。最初のは自宅を出て3分程歩いたところで家の灯りを消したか心配になり戻ってしまったのだ。急いで戻り外から確認すると消えている。そもそも起きたときからつけてなかったはずなのに・・・。多少の時間的余裕があったからよかったけれど、そうでなければ地下鉄まで走らねばならなかった。18-7-3

 

白神岬に無事到着できた喜びを噛みしめながらの朝を迎える。これで残すは襟裳岬だけになった。実は白神岬に到着する少し前に、喜びとともに一抹の寂しさも湧いてきた。7年を掛けて続けてきた北海道の岬を目指す『歩く旅』が終りに近づいているのを感じたからだろう。今年の秋に襟裳岬に到達したときはもっと大きな喜びと同時にその先の目標を失う寂しさも味わうに違いない。旅の話は続く。18-7-2

 

7時20分に出発して11キロ先の白神岬を目指す。今までにない激しい雨を浴びながら歩き始める。もちろん最初から上下の合羽を着て。雨は強弱を繰り返しながらずっと降っていた。雨のなかを快調に歩き、9時20分白神岬到着。10時10分には函館行きのバスに乗り、途中五稜郭公園前で降りて箱館奉行所を見学。16時18分函館駅前発の高速バスで札幌へ。22時30分無事我家に帰還。18-7-1

 


 

8時45分に宿を出る。今日も35キロほどなので遅めの出発。幸い天気予報ははずれて曇りで風もなく海はべた凪になっている。しばらくは湾内で函館山を左に見ながら歩く。知内からは海を離れ山へと進む。知内の道の駅で昼食。まったく想定外だったがそこには新幹線が眺められる展望室もあった。幸い通 過するところを目撃。峠のトンネルを超えると福島町はすぐそこ。16時30分宿に着く。18-6-30

 

札幌駅発6時53分の列車で五稜郭に向かう。車窓からの空は曇りで雨は降ってない。10時33分五稜郭着。幸い曇りのままだ。すぐに歩き始める。12時頃から雨が降り始め、さらに強くなってからは上下の合羽を着る。でも、激しい雨はいっときで降ったり止んだりを繰り返した。小雨は気温を下げてくれるし膚にも心地良くいい部分もある。18時木古内の宿に着く。温泉につかり足を癒す。18-6-29

 

ついに明日は『歩く旅』の出発の日。持参する下着や衣類、タオル、帽子、飴とチョコと一口チーズ、、100円ショップのレインコートと折畳み傘、携帯電話の充電コード、足の応急処置用のガーゼやテープ、傷薬、針などは昨日のうちにリュックに詰めてある。今日もそれらを再確認した。準備は万全になったのだが気になるのが天気。函館地方が大雨になる予報なのだ。これもはずれてほしい。18-6-28

 

『歩く旅』をする金、土、日曜日の函館の天気予報は曇りと雨になっている。歩くときに一番ありがたいのは曇りで雨は靴が濡れて水が染み込むのがイヤだし、晴れは日差しがきつい。そして、気温は少し寒いくらいの15、6℃あたりが望ましい。リュックを背負って歩いていると体はすぐに熱くなってくるのだ。それなのに気温の予報は25、26、24℃になっている・・・。下がってほしい。18-6-27

 

テレビのビールのコマーシャルを見てふと不思議に思ったことがある。もちろん、誇張して言ったり大袈裟な演技をしているのはわかるけど新発売の度に『全然違う!』『今までにない味』とまで言うのはどうなんだろう。3年に一度とか5年に一度ならまだしも半年や1年毎にそうなるんだからその前の味は何だったのって聞きたくもなる。酒呑みでないからこんな醒めた疑問を持ってしまうのか。18-6-26

 

部屋の片付けと整理はまだ続いていてる。これほどまで集中的に長時間やるのはここに引越して来て以来初めてかもしれない。結局、一部屋を除いてすべての部屋に手を付けることになった。これまでほとんど使われずにいたものや古くなった素材を思いきって処分するいい機会にできた。その反対にせっかく持っていたのに活かされてなかった素材を再確認してまだまだやらねばと思えたのも収穫。18-6-25

 

新しい散歩コースというよりトレーニングコースと言ったほうがいいかもしれない場所を開拓。これまでも何度も歩いてはいたけれど8回も往復したのは初めて。そこはいつも利用している地下鉄麻生駅の地下通 路。ここの端から端まで歩くと往復でほぼ1キロメートルになる。これは歩いた距離のわかりやすい目安になってくれるのも有り難い。本番はもうすぐなのであと2回はここを歩くつもり。18-6-24

 

昨日から部屋の片付けと整理に精を出している。収納場所を大幅に変えたりするので三つの部屋に渡ってやることになった。使用頻度と使い易さを考え階段の昇り降りをしながらいろいろ運んだ。今までの棚にはもう一段増やすために大工仕事も入った。捨てるものも出てきたので以前よりかなりスッキリと。とにかく、デッドスペースと忘れられた隠れたままの状態をなくしたい。整理はまだ続く。18-6-23

 

「不快な思いを与えたとすれば心からの反省とともに深くおわび申し上げる」とのコメントの欺瞞。「不快な思いを与えたとすれば」ということは与えたという自覚を持ってないわけだ。あくまでも自分の側からの発言であり相手の立場にはまったく立っていない。それで心からの反省なんてできるはずはない。これは癌患者に対して暴言を吐いた国会議員の言い逃れで何の痛みも感じていないはず。18-6-22

 

できれば日の入りの7時18分まで部屋のカーテンは待ちたかったのに7時に断念。西の空は厚い雲に覆われていて、その薄暗さに負けてしまったのだ。そう、今日は夏至。せっかくの太陽の恩恵を最後まで受け止められなかったのがとても残念。これからは日の入りがどんどん早まっていくと思うとやっぱり寂しくなる。最近の天候不順と記録的な低温のせいで夏至を迎えた実感が乏しいのも事実。18-6-21

 

いよいよ近づいてきた月末の『歩く旅』の予定表をまとめる。朝の列車で五稜郭まで行き、11時から歩き始めて木古内に向かい19時宿に到着。2日目は朝9時に出発して16時福島着。そして、3日目は8時に宿を出て目的の白神岬に10時到達。その後バスと列車で函館に戻り、16:18の高速バスに乗り21:50札幌帰還という予定。この予定表を見ているだけでもわくわくしてしまう。18-6-20

 

サッカーのワールドカップが始まり盛り上がっているようだが、もともとの野球派としてはいまいち乗り切れない。もちろん、スポーツ好きだから見ていればおもしろい。でも、どうしても見たいというほどの欲求は湧いてこないのだ。今ちょうど日本対コロンビアの試合の真っ最中で1対1でハーフタイムに入っている。緊迫したゲームなので後半が気になるが笛がなってもこれを書き続けている。18-6-19

 

もうひとつの安堵。3月末に奥歯のブリッジを入れてから食事中にときどき上下の前歯がぶつかるようになっていた。慣れてくればなくなると思っていたがそれは続き、6月に入ってからは前歯が欠けたのか舌先に痛みを感じるようになった。痛みは治まってきたとはいえ、これはほおっておけないと歯科に行った。歯科医に「これは痛いですよね」と同情され、すぐに削ってもらう。これも一安心。18-6-18

 

新しい方のパソコンの起動ボタンを押しても何の反応もせず一瞬焦る。この前の終了するときから、操作にやけに時間が掛かるなどおかしな状態だったので少し心配はあった。しかし、焦りはしたけれどこのトラブルは初めてではなかったので大丈夫と自分に言い聞かせながら以前と同じ対処を試みた。そして、一旦コンセントを抜き30秒以上待ってから再び差し込むという方法で無事回復。安堵。18-6-17

 

続き。もうひとつ気になるのが何かの意見や考えを言うときに『個人的には』とあえて付け加える言い方。それなりの要職に付いている人がその立場にあるときに使うのならわからないでもない。しかし、まったくそんな立場でも状況でもないのに『個人的には』と言う人がいる。もともと最初からその人個人の意見を求めているわけだから、いちいち言う必要はない。これも『私は』の希薄な現れ。18-6-16

 

『・・・と思うのは私だけだろうか』が嫌い。ときどき見かける文章だが、書いた本人は決して自分だけとは思っていないはず。多くの人がこの気持や考えに同意するはずだから、私がそれを代弁してあげるといった思いが透けて見える。もしも、それに対して『もしかしたらあなただけかもしれない』と言われたらいったい何と応えるのだろう。だから、こんなときは『私は・・・と思う』でいい。18-6-15

 

新聞におもしろいデータが載っていた。歩数の地域差があって地方は都会よりも少ないという。これはもっともだとうなずける。地方になればなるほど公共交通 が整っていないから車に頼る機会が多くなり、都会になれば整っている分歩数が多くなるというわけ。確かに東京に行くと、地下鉄の乗り換えだけでもかなりの歩数になる。札幌は都会だけど北海道全体では全国平均以下なのは当然だろう。18-6-14

 

気温の寒暖の差が非常に大きくなっている。6月の中旬に入っているのに、昨日今日と最高気温は13℃で明日も同じく13℃になっている。峠では積雪もあったというから驚く。少し前には30℃超えをした道内の町が全国一の暑さになったのが嘘のよう。これだけ激しいと外出時の服選びにも寝るときの布団選びにも迷ってしまう。ひとつまちがえると風邪を引きかねないので充分気をつけねば。18-6-13

 

市役所の地下食堂で黙々とパンを食べ続ける夫婦と思われる高齢のふたり。席はひとつ離れて座っている。真ん中の椅子には何かを置いているようだ。それでも構わないのは会話が一切ないからだろうか。この夫婦は何度も見かけているがいつもパンだけを食べている。いつも一緒に来るのだからそれなりに仲はいいのだろうが、大勢の人前での会話のない食事風景は不思議な雰囲気に包まれている。18-6-12

 

また悲惨な殺人事件が起きてしまった。対象は誰でもいいというもので、これでは人の集まるところではいつどこでそんな目に遭うかわからないし避けようもない。だからといって家に閉じこもるわけにもいかない。それを防ぐのは非常に難しい問題だ。それにしても自殺願望の人が自ら死なずにまったく関係のない人を殺してしまうのはどうしてなんだろうか。どういう心理なのか。これも難しい。18-6-11

 

久し振りに骨のある人を見て嬉しくなった。カンヌ映画祭で最高賞を受賞した是枝監督が国からの賞を辞退したというのだ。表現者としてのスタンスを守り続けたいという当然の理由だった。少しでも話題になった人に飛びつき賞を与えることで、まるで自分達の手柄であるかのように思わせる振るまいに嫌気をさしていたので胸のすく思いがした。何せ秋田犬にまであやかろうとしているのだから。18-6-10

 

個展が終って1週間が過ぎようとしているのにまだ完全に回復した感じがしない。夜は10時頃布団に入って朝の7時近くまで寝ているにもかかわらず元に戻らないのは回復力が落ちているからだろうか。そんなわけで、いつもなら張り切って行くはずの夜の学校解放の卓球も休んでしまったのだ。迷っていたとはいえ億劫な気持が湧いてきたのも確か。早くまた毎日でもやりたい気分になりたいもの。18-6-9

 

中心街での自転車の強制撤去に大賛成。限られた区域ではあるけれど、6月に入ってからはたとえ一時的であっても放置してある自転車を車に回収する決まりになった。つい最近その回収現場に遭遇した。これまでも禁止だったにもかかわらず無視され続けていたし、今度は近くに大きな駐輪場ができたというのに迷惑駐輪を重ねるのだからひどすぎる。自転車の我がままを直すにはこうするしかない。18-6-8

 

安春川に桜が流れ木の緑が増してきたと思っていたはずなのに、川沿いの草刈りがもうされていた。でも、桜の季節からすでに1ヶ月が経っているわけで草が伸びていてもおかしくはない。散歩もしていたのにそこまで伸びているとは気付かずにいた。個展の準備や開催に追われていたけれど、季節はまちがいなく進んでいたようだ。草はきれいに刈られてまるで坊主頭になったようにスッキリ見える。18-6-7

 

続き。そんなとき、説明を嫌う作家はそれはそれで構わないと言う。しかし、その鑑賞者が独自の感受性と作品と対話できる感覚を持っているとは限らない。その分野にいない人達にとっては作品に近づくきっかけやヒントを与えられることで、美術により興味や関心を深める場合がある。説明をしたあとに喜んでくれる人が結構多いのも事実。そうだから、これからも同じようにしていきたいと思う。18-6-6

 

個展のとき、必要に応じて作品の説明をしている。何を表現しようとして作品を描いたのか、どんな技法を使っているのか、タイトルに込めた思いは、などなど関心や興味や疑問に応えようと努力する。このような説明を嫌う作家もいて、作品がすべてを語っていてそこから自由に受け止めてくれればいいと主張する。それもわからないではない。しかし、それでは作者の意図が伝わらない場合もある。18-6-5

 

1週間の疲れが残るなか少し迷ったが卓球に出掛けた。昨晩は9時に布団に入り今朝の7時に起きたというのにまだ布団に入っていたいと思うほどだったのだ。多分、肉体的にだけでなく精神的にも疲れていたのだろう。考えてみれば無理もなく緊張と忙しさは制作中から続いていたわけで、かなり長い期間からの解放だったことになる。でも、たくさんの汗をかいたおかげで心も体もすっきりできた。18-6-4

 

いつもより1時間早い5時にギャラリーを閉めて搬出作業を始める。飾り付けと違って額を下ろして箱に入れ何点かをまとめて袋に入れるだけなので作業はどんどん進む。作品を掛けていたピンを抜き、タイトルを剥がし、案内板の用紙をはずし、忘れ物はないかの点検をして搬出を終える。その間約30分。真っ白な壁のギャラリーを見て、個展の終了を再認識して自分にお疲れさんの言葉を掛ける。18-6-3

 

夕方6時にギャラリーを閉めたあと友人と飲む。個展も6日目となり体の疲れもかなりたまってきていたところだけど、気兼ねなく話せる友人のおかげで疲れを忘れさせる楽しい時間を過ごせた。個展のギャラリーには知り合いからそうでない人まで様々な人達が来てくれるが、それなりに気をつかって話をするので精神的にも疲れるのだ。それもかなり解消され明日の最終日も気持よく迎えられそう。18-6-2

 

いよいよ6月に入る。早いものであと1ヶ月で半年が過ぎる。早さを強く感じるのはこの間ずっと個展の準備に追われてきたせいだろうか。昨年も同時期に個展をしているので同じように感じていたのかもしれない。とにかく、何かに追われて過ごすと早く感じるものだ。でも、逆に大したこともせず記憶に残るような出来事もなければこちらもあっという間に過ぎ去る。それなら中味の濃い方がいい。18-6-1

 


 

個展は4日目を終えあと3日となった。いつものことだがこの辺りが疲れのピークになる。後半に入ってさらに疲れがたまっていきそうだが、半分を過ぎるとあと何日しかないという残念な気持が疲れを忘れさせる。もちろん肉体的にはつらくなっていくのでそこから解放される喜びはあったとしても、終ってしまう寂しさのほうが勝る。明日からはそのふたつの思いが交錯する3日間になっていく。18-5-31

 

『年齢と制作との関係を考えると残された時間はそんなにない』という話を年上にすると、「まだまだそんな歳ではないのに」と返されるときがある。決してその人の歳を意識して話しているわけではないのに勝手に自らの歳と比較して言おうとするのだ。残された時間の捉え方は人それぞれで、やりたいことがたくさんある人は同じ時間でも短く感じるだろうし、そうでない人は長く感じるだろう。18-5-30

 

お墓の形の変遷。20年前までは伝統的な縦長が90%だったのが今では90%が横型になっているという。1997年つまり21年前に父が亡くなったときのお墓のデザインをしたのは自分で迷いなく横型にした。全体的にも簡素にしたのは無宗教で権威を好まなかった父にはそれが似合うと思ったからだった。墓石には母の希望で和の文字を刻印した。その墓は今もなお高いお墓に囲まれている。18-5-29

 

今回の個展のギャラリーは月曜日の午前中が搬入飾り付けの時間になっているので、朝9時前に自分の車に作品を積んでギャラリーに行き展示作業を始めた。ここでやるのは3回目なのでいろいろな要領もわかり展示もスムーズに進んで11時半には終了して余裕で12時の開始を迎えられた。ここまでこぎ着けてようやく一段落できる。会期中ずっと会場にいる大変さはあっても気分はまるで違う。18-5-28

 

いよいよ個展の搬入の前の日に。定かではないけど、前日をこうしてゆっくりと迎えられるようになったのは10年ほど前からだろうか。それまでは睡眠時間をかなり削らねばならなかったり、最悪のときは徹夜なんてときもあった。ぎりぎりまで頑張るといえば聞こえはいいが、準備の始まりが遅すぎたという方が正しい。無茶も体力があったからできることで、今は早め早めの行動になっている。18-5-27

 

やっていれば『ひとこと』が突然途絶えてしまうところだった。万一を考え工事は秋まで延期してもらうことにした。秋にこだわった理由はもしも途絶えるにしても区切りなりそうな70歳の誕生日までは続けたかったのだ。その後の会社の説明では大丈夫だと言われたが、一度不信になると素直に信じるのが難しくなる。11月末が期限なのでとにかく10月25日以降にしてもらったというわけ。18-5-26

 

この『ひとこと』にも重大な影響を与えかねなかった危機をとりあえず乗り越えられた。じつは現在利用しているネット回線が廃止になり光回線に移行せざるを得なくなるというので会社に問い合わせると、何の問題もないと言われ今日を工事日にしていたが、間際になって書類が届き更新ができなくなる可能性に気付いたのだ。急きょ工事を延期してもらっからよかったけど、もしそのまま。続く。18-5-25

 

近所を歩いていて耳にした会話。家の玄関先の椅子に座り犬とたわむれながら行き交う人を眺めていた高齢の女性が目の前を通 ったこれも高齢の男性に「元気だね」と声を掛けた。すると男性は歩きながら「これから病院に行くんだ」と応えた。ちょっと矛盾するようだがそうではないとすぐに気付いた。高齢者がひとりでそれも歩いて行くには元気でないとできないのだと。歩けるのは元気な証拠。18-5-24

 

日大のアメリカンフットボールの問題を見ていると、政治家の無責任体質が官公庁だけでなく教育現場の大学にも蔓延しているのがよくわかる。自分の保身のためには部下どころか守るべき学生でさえも嘘を重ねて平気で裏切る。どうにも信じ難い言動だが、これは巨大マンモス大学である日大のナンバー2だというからあきれる。そんな人間がその立場にいられるのも不思議だがそれが現実の世界。18-5-23

 

個展に出品予定の15点がようやく出来上がり、その他の準備に取り掛かる。まずは作品の写 真撮影。幸い晴れていて部屋の中は充分明るい。これは絶対必要条件。自然任せのライティングなのでいつも苦労している。次には額装。これは結構時間が掛かる作業になる。ガラスをきれいに拭いてから作品を入れたはずなのに、また汚れを見つけたりするのだ。もちろん、すべてをなくすまでやり直す。18-5-22

 

3日前の夕方、最近すっかり定着した散歩コースで遠望できる手稲山がすごく近くに感じられた。山の緑が迫ってきて、これまで感じていた距離の半分くらいにしか見えないのだ。どうしてなのか不思議だったが雨上がりの薄曇りと新緑のせいだったのだろう。昨日今日は晴れていて斜め後ろからの夕日を浴びた手稲山はいつものように霞んで遠くにそびえていた。遠くに見えるこっちのが方が好き。18-5-21

 

個展まであと1週間と迫ってきたが制作はまだ続いている。しかし、3日ほど前から手掛けている小品が意図するようにできずに3度もやり直した。行き詰まりを何とか抜け出そうと試行錯誤するのだが悪い方に進んでしまうのだ。しまいには打つ手もなくなり、失敗作として制作の継続をあきらめる。それまでの積み重ねが消えるのはつらかったが、失敗から得るものもあり4回目でようやく完成。18-5-20

 

午前中で終る運動会が増えているようだ。その一番の理由が小学校でも始まる英語の授業時間を確保するためだというから情けない。それでなくても子供の外遊びが減り体力低下が社会問題になっているのにさらに運動する機会を減らそうとしている。長い目で見れば小学生時代の英語よりも基礎的な体作りの方が大事なのは明らか。英語は後からでも身に付けられるけど基礎体力はそうはいかない。18-5-19

 

続き。明るくて外も眺められ晴れていればひなたぼっこもできるのでそこに座りたい気持はよくわかる。他にもひとりなのに立ち止まったりきょろきょろしてなかなか座る場所を決められない人、こちらもひとりで水やお茶をコップふたつで持っていく人、コップひとつでまた汲みに行く人、仲間なのにひとつ席を開けて座るなど人それぞれ。そして、自分のこだわりの席は出入りのしやすい端の席。18-5-18

 

窓際の陽のあたる場所を求めて。市役所の大食堂で食事をしていると、おもしろい行動パターンがいろいろ見えてくる。どの年代もその傾向があるが、特に年配者が座りたがるのは配膳場所から一番奥つまり遠くにある窓際の席。トレイを持ってそこまで移動するのは大変なはずなのにそこに行きたがる。埋まっているときは近くに座り、空いたらすかさず移動。とにかく、窓際にこだわる人が多い。18-5-17

 

朝方は涼しかったのに昼頃から気温は上がり24℃になった。暑いというほどの気温ではないのになぜか不快なものを感じた。これは何年か前からだけど、冬の寒さよりも夏の暑さのほうが辛く感じるようになったのだ。寒さには防寒で対処できても、暑さにはせめて日陰を探すより対応のしようがない。こうなったのも年齢が関係しているのだろう。でも、まだ寒さには適応できているからいいか。18-5-16

 

シルバー川柳が的を射ていておもしろい。シルバーが何歳からなのか定かでないが仲間入りしているのはまちがいなく、納得できるものもいくつかある。『目覚ましのベルはまだかと起きて待つ』は度々経験するのだがどうして少し前に目覚めるのかが不思議。『動かないエレベータや 押し忘れ』これも何度かしたことがある。閉じるを押して安心してしまうのか1階を押し忘れてしまうのだ・・。18-5-15

 

同い年のいとこからの葉書。生まれてからずっと住み慣れた仙台を離れ、娘さんのいる大阪へ引越したとの報告。2年前に突然旦那さんが亡くなり、かなり落胆していた。最近、元気に動けるうちに新しい生活を始めたいとも言っていた。2011年に仙台に訪ねたとき「今度は札幌で会えるといいね」と話したのに、さらに遠いところに移ってしまった。大阪弁に慣れて元気に楽しく暮してほしい。18-5-14

 

制作をひと休みして個展の案内状の宛名書きをする。友人や知人、長年作品を観てくれている人や知り合いの作家など顔のわかる人から書き始めていく。次に前回の芳名帳を参考にして書くのだが、どんな人だったかわからないので出すかどうかで迷う場合も多い。そこで、前回は芳名の横に気に入って観てくれた人かそうでないかの小さな印を書き加えておいた。おかげで迷う時間は随分減らせた。18-5-13

 

6月末に予定している『歩く度』の予約を済ます。今度は北海道最南端の岬で松前町にある白神岬への旅になる。昨年秋に到達した五稜郭から歩き始めて木古内町に行き、次の日は福島町そして3日目に白神岬を目指すという計画。無事に木古内と福島町の宿を確保できたので安心して個展の準備に専念できそうだ。『歩く旅』の場合は宿が決まらないと実行できないから、宿の予約はとっても大事。18-5-12

 

続く。そして、座席の座り方にも問題がある。これに関しては高齢者に限らずすべての世代に言えるのだが、6人が座れるよう座席に記された印を無視する人が結構多い。それに加えて座った横に平気で荷物を置き誰かがその前に立っても膝の上に置かない人もいる。自分が座ってしまえば何も気にならないということか。譲り合いの精神が見えてこない。そんな人達を目にする度に譲る気持は萎む。18-5-11

 

自分よりも高齢者であっても積極的に席を譲ろうという気持になれない理由のうちのひとつ。70代後半と思われる杖をついた女性は地下鉄の優先席を示す乗り口から入ってきたのに、空いている優先席に行かずに普通 席に座ったのだ。これではいったい誰のための席なんだろうと思ってしまう。細かいことに気を遣えなくなるのも高齢者の特徴ではあるけれど、その真意がどこにあるのかわからない。18-5-10

 

桜が満開のときには桜色に目を奪われていたが散ってしまうと今度は新緑の若葉が目に飛び込んできた。これも桜に負けず劣らず美しい。黄緑色の葉は若々しく活力をみなぎらせて輝いている。これから日に日に緑が増えていき安春川の遊歩道が緑に覆われる日もそう遠くはない。秋には見事な紅葉を楽しませてくれるし、冬には雪の積もった木の枝が青空に映えてこれも美しい。安春川の四季に感謝。18-5-9

 

その昔デザインやイラストの仕事をしていた頃、『巧遅拙速』という言葉が身に沁みた経験がある。この意味は『上手だが仕上がりの遅いこと、まずくても仕上りの早いこと』で急いでいる場合や仕事が混んでいるときには拙速の方を求められた。納得できるまでやりたい性分だったので、これが結構難しくつらいところで、その辺りもとことん追求できる美術作家になりたいと思った理由でもあった。18-5-8

 

昨日までの雨が嘘のような五月晴れに。しかたがないとはいえ天気の流れが不運。とにかく連休を終えて、個展がかなり近づいてきた感じがする。まだ制作予定の作品は4点あるので気を抜けない日が続く。すでに完成した作品は額装して壁に掛けられてあり、それらを眺めながら個展会場での展示レイアウトをイメージしたり、あと何点必要かを確認している。間もなく案内状の宛名書きもやらねば。18-5-7

 

ゴールンウィークの後半は雨にたたれがっかりした人が多いに違いない。観光や行楽に行こうとしていた人は楽しみにしていた予定が変更になったり、その人達を迎え入れようとしていた人も当てがはずれてしまっただろう。天気ばかりはどうしようもないがタイミングが悪すぎる。自分にとっては制作の日々なので天気は関係ないようでいてそうでもない。日中の陽の暗さが微妙に影響してくるのだ。18-5-6

 

満開の桜を眺めながらの散歩ができるのは今しかないと思い最近は安春川の遊歩道を歩いている。すでに花びらはひらひらと舞い落ちゆらゆらと川を流れ、遊歩道には寄り集まってピンクの塊になっている。散歩は遊歩道の先にある大きな牧場へと続いていく。ここからはまだ残雪のある手稲山を一望できるので急に雄大な風景に一変する。牧場を1周したあとはまた安春川の桜に出会う贅沢なコース。18-5-5

 

そして、薬を飲み始めて5日目の朝に飲むのを忘れて出掛けてしまったのだ。でも、とくに頭の変調は起きず血圧もそれまでと変わりはなかった。これが後にいいきっかけになってくれた。それから3日飲んでもいい意味で同じ状態が続いたので、そこで薬を止めることに。飲まずに済むならそれに越したことはない。最初の目的は頭の変調を治すことだったが、薬の使い方がわかったのも収穫だった。18-5-4

 

続き。とくとく健診のとき、医者に伝えたのはこの頭の変調だった。案の定というかやっぱりというかそれは血圧のせいと即断されてしまった。そして、降圧剤の服用を勧められたのだ。これまではその度に断ってきたが頭の変調を早く治したいために受け入れる決意をした。とりあえず2週間分を出してもらい翌朝から飲み始めると、その日から血圧に変化が出て3日後には頭も治まり始めた。続く。18-5-3

 

幸いなことに長時間制作をしても頭の変調は起こらなくなってくれた。これがなによりも嬉しい。でも、調子に乗ってやり過ぎるとまた起こりかねないので休憩タイムを入れるの忘れないようにしなくては。集中してやっているともう少しもう少しとどうしてもやり続けてしまう。これが危ない。だから休憩は意識的に取る必要がある。これから最後の大事な追い込みに入るのでなおさら気をつけねば。18-5-2

 

気になる言葉遣い、それは『素直に嬉しい』とか『純粋に嬉しい』などとあえて『素直に』や『純粋に』を付け加える言い方。そうするのは普段の『嬉しい』には素直でも純粋でもない違う気持が含まれているというのだろうか。そうなると本当の気持を伝えるときには『素直に悲しい』とか『素直に楽しい』などと素直を付けねばならなくなる。いつも素直にしていれば『嬉しい』だけで充分伝わる。18-5-1

 


 

1日もうけた気分。昨晩床に付き寝ようとしたとき、明日は火曜日だと思い目覚ましをセットしておいた。目覚ましより早く起きて新聞を見ると、何と日付けは月曜日になっている。このときまですっかり火曜日のつもりでいた。昨晩、何故そう思ったのかどうにもわからないが、おかげでまるまる1日がプレゼントされた気分になった。しっかり制作に当てたが、これが逆でなくて本当によかった。18-4-30

 

季節は巡る。安春川沿いの並木の桜が咲き始め、川の流れも復活していよいよ春の舞台が整えられた感じがする。これからしばらくは暑くなる前の春の陽気を楽しみたい。春夏秋冬どの季節もしっかり巡ってくるが、白一色に覆われた冬のあとの草木や花の芽生えや開花の春は心を弾ませてくれる。夏と秋は春と冬の間にある季節で、その区切りははっきりしない。春はやっぱり始まりにふさわしい。18-4-29

 

頭がボワーっとしてザワーっとする原因がわかった。それが何と、こまったことに集中して制作したあとに出てくるのだ。集中して描けるのは嬉しいことなのにそれがきっかけになるとは。検診のとき医者から目の使い過ぎはいけないと言われていたのをこのときになって思い出した。でも、あと1ヶ月間集中して制作しないわけにはいかないので、せめて2時間置きには目を休ませるようにしよう。18-4-28

 

白線といえば小学校の運動会のときの白線にも心が躍りわくわくしていた。運動会前日の白線が引かれる段階からすでに興奮していて、その作業を眺めているだけでも楽しかった。引かれていく白線はまるでグラウンドに絵を描いているようにも見えておもしろかったのかもしれない。引かれた後には線を踏まないようにして予行練習のつもりで走り回っていた。それほど運動会が大好きだったのだ。18-4-27

 

横断歩道の真新しい白線を見るとわくわくしてしまう。まだ少ないけれど所々に現れていて、そこは輝きを放っている。これに出会うと思わず大股歩きをしたくなる。白線から白線へと歩を進めて渡るのだ。かなり昔に聞いた情報ではこの間隔は70センチだという。自分の身長からするとちょっと頑張らねばならないができないことはない。運動好きにとっては少し付加を掛けるくらいが心地よい。18-4-26

 

これは使えると喜んだはずのネタが思い出せない。地下鉄までのいつもの道すがらに、この『ひとこと』に使える種が閃いたというのに頭から消えてしまった。もしかしたら思い出すかもと道のりを脳裏に辿ってみても何も引っ掛かってくれない。こういった閃きは消え去る場合が多いので必ずメモするようにと心掛けていたはずなのに・・・。閃いたところまではしっかり覚えているのはどうして。18-4-25

 

16日以来8日振りに卓球をしてたくさんの汗をかく。散歩ではうっすら汗ばむ程度だけど今日の卓球では滝のように湧き出てきた。きっと、しばらくできなかった分もたまっていたのだろう。とにかくスッキリさっぱりして気分も爽快だ。下痢のせいで1キロ落ちて61キロになっていた体重が60キロになっている。お腹は完全に回復しているのでしっかり食べて早く62に戻したいと思ってる。18-4-24

 

久し振りに近所を1時間弱の散歩。歩き慣れた道とは違う道を選んで歩いてみた。まったく初めての道ではないけれど何となく新鮮な感じがする。行きは直線で帰りは変化をつけるためジグザグで歩いてみた。住んでいる街は完全な碁盤の目になっているので、斜めに向かう場合はたくさんのルートが可能になる。曲りながら歩く分だけ遠回りになっても方向を替えて住宅街の変化を見るのも楽しい。18-4-23

 

お腹の具合が悪くなる。お腹が張った状態になり少しむかつき始め、トイレに行くと完全に下痢になっていた。食当りの気がするけど何が原因なのか思い当たらない。わかったとしてもどうしようもないが今後のためにも知りたかった。当然食欲もなくなり、こんなときはへたに食べないほうがいいので水分だけを取っていた。夜になってようやくリンゴをかみしめながら食べる。もう少しの辛抱だ。18-4-22

 

続く。無責任の蔓延。今回の自転車の件もそうだが、犯罪から逃れられるならなかっことにしたいという態度と姿勢を国のトップ連中がこれだけ重ねて行えば、それもありの国なんだと受け止めても何ら不思議ではない。普段から上目線で独自の美や道徳を押し付けようとしているのだから、それを見本とされるのは当然の成り行きだ。もっと言えば、それが正しい生き方として奨励しているみたい。18-4-21

 

自転車で小学生に激突し重症を負わせたのに介護せずに逃げた大学生が逮捕された。これまで何度もテレビや新聞で報道されていたのになぜ出頭しなかったのか疑問。事故のときは大怪我に気付かず動転していたかもしれないが、報道で事の重大さは十分わかってたはず。もし、捕まらないと考えたのならもっと悪質だ。あの事故の責任は100%自転車側にある。自転車に乗る人は肝に銘ずるべき。18-4-20

 

春の陽気を通り越して初夏のような暖かさにとまどう。札幌では今年初の20℃超えを記録した。ここまでくると長袖だけで歩いていても汗ばむようになる。一昨日は17℃で「寒くもなく暑くもなくて過ごしやすい気温だよね」と話していたのに一気に上昇してしまった。できるなら17、8℃の辺りでしばらくとどまってくれると嬉しいのだが、また乱高下して気持も体も揺れ動かされるのかも。18-4-19

 

日常的に継続していることはとくに意識するわけでもなくこなせるが、1年以上そこから離れているとおぼつかなくなるものだ。それが2、3年どころか5年も10年も経つとすっかり忘れてしまう。それを取り戻そうとすればかなりの根気とエネルギーが必要になる。あれほどやったのに何故できないのだろうという悔しさも生まれるからなおさら疲れる。これからそんな体験が増えるに違いない。18-4-18

 

来月末の個展の案内状作りに手間取る。昨年の個展のときは自宅のパソコンで印刷までもやったので、印刷を業者に頼むのは2年振りになった。この間隔が問題で、苦労するはめに。つまり、作成や入稿の方法や手順を忘れてしまっているのだ。いちいち確かめ試行錯誤しながら作業を進めるので時間が掛かってしまう。何度も行きつ戻りつしながらもどうにか入稿を終えたがどっと疲れてしまった。18-4-17

 

不満と不安。このふたつには外に向けての気持と内に向けての気持の違いもある。不満の段階ではまだ自分の力で何とか打開できるのではという思いもあり行動に移せる力もあるが、不安になると最悪の事態になるのではという心配に支配され閉じこもるか強い力に頼ろうとする。不満は改革や変化を求め、不安は現状維持を願う。20代30代の自民党支持率の高さはこの辺りに理由がありそうだ。18-4-16

 

クロネコヤマトの銀輪部隊。自転車の荷台の箱に配達物を入れて運ぶヤマトの人を近所で見かけた。これはいいアイデアだと思う。大きな物でなければいくつも運べそうだし、駐車の心配もなく小回りもきくから効率的かもしれない。これだと車から配達先まで必死に走る必要もなくなる。集積場所から近いところはこれが増えるような気がする。やけに軽快に走るのでよく見ると電動自転車だった。18-4-15

 

隣町のアトリエに出掛ける用事があったのでタイヤ交換をした。天気予報を確認すると来週も10℃どころか17、8℃の日が続いているのでもう大丈夫と判断。タイヤ交換は春と冬の恒例行事のようなもので、共に季節の移り変わりを実感する。ただ、春は何となく嬉しい作業だけど冬はゆううつに。久し振りの郊外はすっかり春になっていて清々しい気持になれた。窓を開けるのはまだ先のよう。18-4-14

 

政治や役所のみならず大相撲も納得できないことばかり。今度は巡業での力士とのちびっこ相撲から女の子を排除するという。その理由が「怪我をさせられないから」とは的はずれも甚だしくてあきれてしまう。それじゃ、男の子は怪我をしてもいいのか。そもそも幼いころは女の子のほうが強かったりもする。本音で「女は絶対土俵に上げたくない」と言うべき。そして、暴力の伝統も守ればいい。18-4-13

 

続き。小さな異常とはこめかみに少し圧迫感が出て、その何日か後に頭がザワ−っとしてきたのだ。常にそうなっているわけではないので問題はないと思ったが、念ため健診を利用することに。基本の検査を終えて、問診のときにそれを伝えると「風邪ではないみたいですね」とあっさり流されてしまった。不思議なものでそれからは症状も徐々に治まり、受診した甲斐はそれなりにあったみたいだ。18-4-12

 

とくとく健診。札幌市の特定健康診断を家の近くの医院で受けてきた。基本健診は無料で、付加健診は希望すれば500円でやってもらえる。前回のとき特に問題がなかったので基本だけにした。3月までに受ければ前年度のを使えたのに、4月に入ったので今年度のを使うはめに。もったいないことをしてしまった。それは、4月に入ってから体に小さな異常を感じたため急きょ受けたというわけ。18-4-11

 

誠実と丁寧という言葉が日本から消えようとしている。それに反する態度を取り続けてもまったく気に掛けることなく平然としているのは言葉の意味を変えようとしているのだろう。国の首相がそうだから議員のみならず官僚や役人の間でも言葉の重みは消え去った。平気で公文書を書き換え、あるものをないと嘘を付き、発覚すると責任逃れに奔走する。これが道徳教育を進めようとする人達の姿。18-4-10

 

大谷の快進撃が止まらない。初打席でヒットを打ち、初先発で勝利し、3戦連続でホームランを打ち、7回までに12奪三振をして2勝目をあげた。もはや『すごい』という言葉では言い表せない異次元の領域に入っている。活躍するとは思っていたがこれは想像も期待もはるかに超えた領域だ。とくに、大谷のすごさを知らなかったアメリカ人にとっては『アンビり−バブル』な白日夢にちがいない。18-4-9

 

朝、カーテンを開けるとうっすらと雪が積もっていて驚く。寒の戻りといったところか。寒の戻りとは『立春から四月にかけて一時的に寒さがぶりかえすこと』となっているが、こういった季節の言葉のほとんどは本州に当てはまっていて北海道では1ヶ月から2ヶ月遅れになることもある。花冷えは『桜の咲くころの言葉。四月の上旬ころ』となっていて、こっちは1ヶ月先の5月の上旬になりそう。18-4-8

 

体脂肪率が15%。北区の体育館で初めて体脂肪率を計ってみた。係の人に使い方を教わり、出た数字がどんなものなのか聞くと、ほぼ平均だという。自分としてはたくさん歩いているし卓球もしているから低い方を期待していたのでちょっとがっかりした。でも、もう少し詳しく知りたくてネットで調べてみると年齢によって異なり、自分に当てはまる平均は20%になっていたのでそれならと納得。18-4-7

 

まず、止まってしまったのが北郵便局のすぐ前で自宅まで歩いて10分の場所だったこと、そして郵便局の駐車場までの移動に二人の男性が手を貸してくれたこと、この助けがなければもっと辛い思いをしていたはず。たまたま持参してなかった保険会社の連絡カードを確認するため一旦自宅に戻り、電話を入れると30分後には来てくれるという。また車に戻り、間もなく給油してもらって一件落着。18-4-6

 

止まった場所は道路上。車を早めに歩道に移そうと、後ろから来た車に手で合図して通 り抜けてもらい、そのスキにハンドルを切りながら力を振り絞って車を押した。片手で押す力なので半分までしか上げられない。そこに救いの手が現れた。若い男性が声を掛けてくれ、押すのを手伝ってくれたのだ。おかげで完全に上げられた。この自ら招いた失態には他にもいくつかの幸運が重なっていた。続く。18-4-5

 

ガス欠。とうとうやってしまった。車の燃料計がエンプティの側にいってるのはしっかり確認していたし知っていた。それなのにまだ大丈夫と甘く見ていた。そして、それは突然やってきた。まず、エンジン音が急に弱まり、速度も落ちて止まりそうになった。一度は持ち直したが200メートルほど走ったところで完全に止まってしまった。エンジンを掛け直してもまったく反応してくれない。続く。18-4-4

 

エンゼルスの大谷はやっぱりすごい。メジャーリーグのバッターとしての初打席で初球をヒットしたあと、今度はピッチャーとしての初登板で初勝利を上げた。もちろん、二刀流として活躍することは確信していたが、これほど鮮烈にデビューするとは思っていなかった。ボールやマウンドやルールの違いもあり、それに慣れるにはもう少し時間が掛かるのではと予測していた。でも、それも杞憂とは。18-4-3

 

月のある作品を描いているとき、ふと『空の向こうの宇宙を描きたいのだ』との思いがよぎった。どこまでも限りなく延々と続く空間を描きたいのだと。もちろん、空には奥行きはある。でも、昼の空から無限の宇宙をイメージするのはむずかしい。地球に接しているほんの少しの距離しか見えていないのだから。宇宙をよりはっきり認識できるのが夜空。そんなせいもあってか夜空の絵が続いている。18-4-2

 

4月に入る。今年もすでに3ヶ月が過ぎ去った。年齢を重ねるほどにときの経つのが早く感じるというのはあたっているようだ。同じ時間でも発散し発揮するエネルギーは若いときとは比較にならないほど少なくなり、その分やりきった感が小さくなるのかもしれない。しかし、様々なところに振り向けていたエネルギーを絞り込んで使えるので、何かに集中すれば時間はたくさんあるとも言えそうだ。18-4-1

 

 


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NAKAHASHI OSAMU

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さ17