ある日のひとこと

 

 

=そのときどきの、思いついたこと、感じたことを書き留めてます=

 


 

個展後の自由な時間を利用して持ち物の整理をやり始めた。大分前からやっているけどまだまだやるべきところは残されている。いさぎよく一気にできないタイプなので徐々に減らしていくしかない。それでも新たなものをほとんど手に入れないせいで家から物は確実に減っていく。そうなると当然部屋は広くなったように感じられて気分もすっきりする。多分、この作業はずっと続くにちがいない。19-6-25

 

「ゆっくり歩いても1時間くらい掛かる広さ」これはテレビのアナウンサーが現地で庭の広さを伝えるときに言ったもの。いったいどう受け止めたらいいのだろう。「急いで歩いても1時間くらい掛かる」ならその広さは伝わってくる。しかし、「ゆっくり歩いても」なら狭さや近さを表わすはず。それなのにその後、番組の周りの人からも本人からも訂正の発言はなかった。どうにも納得できない。19-6-24

 

昨日は夏至。とうとうこの日が来てしまったという気持ち。昨日までは陽が長くなる楽しみがあったのに今日からは日毎に短くなる日々が始まる。それでも、短かくなった実感がすぐにあるわけではなく1ヶ月ほど経った頃にようやくやってくるもの。そして、本当の寂しさは秋分の日から始まるのだからあと3ヶ月は夕方を楽しまなくては。夏の暑さを考えたら日の入りが早くなるのもいいのかも。19-6-23

 

卓球を一緒にやっている仲間が札幌市の有形文化財に指定されている新琴似屯田兵中隊本部で解説のボランティアをしているというので顔を出してみた。そこは体育館への道の途中にあり10分ほどで行ける。今まで知らずにいた屯田兵の成り立ちとかどこからどんなルートで新琴似に到達し、どのような任務と開拓と生活をしていたかの一端がわかり、興味も増してもう少し詳しく知りたくなった。19-6-22

 

初めて訪れたギャラリーの近くに中央図書館があったので久し振りに行ってみてなるほどと思ったことがある。雑誌コーナーの入口近くの目立つ棚に置かれていたのは文芸春秋と新潮と潮だった。それはいいのだが問題なのは他の種類の雑誌が見当たらないのだ。札幌でもっとも大きい図書館なのにである。これではひとつの方向に向かわせようとしているとしか思えない。選択の余地がなさ過ぎる。19-6-21

 

友と飲む。友は教室展がこちらは個展を無事終えたので久し振りに飲もうと意気投合した。昨年の暮れ以来なので、これも非日常の貴重なひとときになり解放感を充分に堪能できた。家ではアルコールをまったく口にしないので飲むこと自体が非日常とも言える。今年になって飲んだのは5月の中学の同級生達との2回だろうか。それでも、悪酔いせずにそれなりに飲めるし楽しくなれるのが嬉しい。19-6-20

 

これまでの年なら個展のあとに『歩く旅』が待っていてわくわくできたのに、今年はそれがなくて物足りない気分になっている。今年からはスケッチの旅をしようと考えていたにもかかわらず具体的な計画は立てていなかった。それだけ制作に専念していたとも言えるけど、早いうちに計画を立てて高揚感を持ちたい。個展からの本当の解放感を味わうためにはやっぱり非日常の行動が必要なようだ。19-6-19

 

運動が苦手な人には信じ難いだろうけど、昨日は疲れた体を癒すために卓球をした。思うように動けないせいで固まってしまった体をほぐすには思いっきり動かすのが一番いい。そうすると体だけでなく精神的な疲れも吹っ飛んでくれる。もちろん運動による疲れはあったとしても、それは心地よい疲れで熟睡にも役立つ。おかげで昨晩の10時から今朝の6時まで続けて寝られて心身ともスッキリ。19-6-18

 

個展で疲れたことばかり書いてしまったけれど、もちろん収穫はたくさんあった。多くの人達に作品を観てもらえたし久し振りに友人知人に会ういい機会にもなってくれた。作品に触れて感激してもらえたり癒されたと言われたのも嬉しい。そして、自分の作品をゆっくり鑑賞することで新たな創作意欲が湧いてくるのがなによりの褒美になる。幸い来年の個展に向けてのいくつかの構想も生まれた。19-6-17

 

まるまる1週間の個展が終了。今までより長く感じたのは体力の衰えもあるのだろうか。自由に動けない狭い空間に居続けるのはやっぱり疲れる。動いていた方ずっと楽チンだ。だから誰もいないときは奥の方で小回りをして疲れを癒していた。朝の10時から夕方の6時までトイレに2、3回行く以外はずっと狭いギャラリー内にいるわけで閉じ込められた感覚が疲れを増大させるのかもしれない。19-6-16

 

土曜日曜の来場者数はどうしても平日より少なくなってしまう。今日もその例外ではなく、昨日の半分くらいの数だろうか。ギャラリーを目指して来る人の数は僅かに少なくなる程度にしても、フリーで来る人は圧倒的に少なくなる。やはり土日は動き回る日ではないようだ。おかげで今までで一番寂しい日になり疲れもたまってしまった。そして明日は日曜日なので予想がはずれるよう願っている。19-6-15

 

今はもうなくなった西武コミュニティカレッジの30年前の生徒がギャラリーに来てくれた。新聞の展覧会案内で名前を見つけ懐かしくなって来たという。名前は忘れていても顔立ちは覚えていてすぐに打ち解けられた。その当時自分は40歳前後でその人は20代後半だったので、思わずまだ若かった頃の様子が甦ってきた。とにかく、懐かしく思ってギャラリーまで足を運んでくれたのが嬉しい。19-6-14

 

個展は4日目を終え半分を超えた。このギャラリーは月曜日の午後から始まり日曜日の夕方まであるのでまるまる1週間の会期になっている。一般 的な6日間より1日多いので今日は真ん中の日になり、明日から後半の3日間に入っていく。動けない疲れはたまっているけれど明日を乗り越えればその後は終る寂しさが勝ってくるので疲れも飛んでしまう。そんなわけであともう少しの頑張りで済む。19-6-13

 

山の作品を目にしたとき「何だか明るくなった気がする」と第一印象を語る人が多くいる。実際、昨年のダークグリーン系の色合いに比べるとブルーやパープル系の明るい作品が増えた。これには心境の変化が大きく関わっていて、昨年秋に北海道の岬を目指す『歩く旅』を成就したため山に対する思いがその先に向かうために超えるものからその麓でのんびりしてもいいものに変わったせいなのだ。19-6-12

 

個展のときはいつも同じだけど、知り合いが来ているときや鑑賞者がいるときは元気でいられても誰もいないときには急に疲れが出てしまう。その魔の時間はだいたい4時から5時にやってくる。昼から夕方へと移る時間で、どちらにも属さない中途半端な時間帯なのかもしれない。数多くの体験からしても、その間は極端に出入りが減る傾向にある。どの人も同じような感覚で行動するからだろう。19-6-11

 

久し振りの赤帽による作品搬入。頼んでいた8時ちょうどに来てくれたのはいいのだか、いつも走っていたルートとはまったく違った道を選んだため多めの時間を食ってしまった。赤帽さんは「このルートは最短のはず」とナビに頼り切っていてこっちの指摘を聞き入れようとしなかった。コの字型に走るのと斜めと直線では後の方が短いのは明らか。ナビは助けになるだろうが信じ過ぎるのも問題。19-6-10

 

昼には作品が完成し他の準備に専念できた。制作に比べると迷いのない機械的な作業なのでどんどん進み夕方前に余裕で終えられた。ようやくゆっくりできる時間を持ててほっとしている。大変ではあったけれど最後の闘いはかなり集中できたのでそれなりの満足感がある。もっともっと若い頃は徹夜で搬入を迎えたときも何度かあった。もうそんな無茶はできないけれどちょっと懐かしさ感じた日々。19-6-9

 

芸術とは『個人のこだわりの追求』とも言える。時間に関係なく自分の納得のできるところまで作品に打ち込むことができる。もちろん時間的制約はあったとしても、いわゆる一般 の仕事とは訳が違い自分の意思でそれをコントロールすることも可能だ。大学を出てすぐの3年間ほどデザインの仕事をしていたときは常に時間との勝負で、与えられた時間内にいかに仕上げるかがもっとも大事だった。19-6-8

 

いよいよ個展が近づいてきた。作品制作はとっくに終っているはずだったのに最後の作品が思うように仕上らずここまできてしまった。個展に関する他の準備作業もしなければならないのでそろそろ出来上がりにしたい。とは言っても納得できるところまでやりたいので準備と一緒に進めるつもり。不思議なものですんなり完成する作品があれば悪戦苦闘するものもある。これはこれで大切な闘う時間。19-6-7

 

『ライトプロテクト』の『ライト』を勘違い。デジカメで撮ろうとしたら『ライトプロテクト』と表示されていて、初めてだったのでちょっと焦ってしまった。いくつかの操作をしても解消してくれず、説明書を開いたがそんな個所は見つからない。さらに丁寧に調べてようやくわかったのが、『ライト』の意味が光つまりフラッシュではなく書くの方だったのだ。その原因はメモリーカードのロック。19-6-6

 

最近の地下鉄の車内広告の減り具合が気になった。地下鉄に乗っているときは、目を閉じているか向かいの広告に目をやることが多い。内容に興味があるというより漢字を探したり平仮名を漢字に変換したりしている。そんなわけで広告のあるなしはよくわかるのだ。今日もすっぽり空いていた。広告の多い少ないはそのときの景気のバロメーターにもなっていて、良くない状況を知らされた気がした。19-6-5

 

JR北海道の考え方がまちがっている。青函トンネルを走る新幹線の速度を上げるためにJR貨物の運行を廃止する考えを持っているらしい。そこで得られるたった10分のために北海道の農産物を本州方面 に運ぶ大事な手段を奪うとは本当にあきれてしまう。北海道の基幹産業である農業へも多大な影響を与えるのがどうしてわからないのか。地方も切り本州から人を運べばよしとする考えがおかしい。19-6-4

 

タイミングが悪くて残念。今日の卓球のとき卓球の日本オープンが札幌で開催されることを知り、大いに興味を持った。日本を代表する張本や伊藤のみならず中国選手も参加する大会だし、札幌での開催はめったにないというのでなおさら観戦してみたいと思った。そして、チケットも千円からあると聞いてこれはもう行くしかないと決めて日程を確認したら、何と個展と完全に重なっているとは・・。19-6-3

 

毎週金曜日の夕刊に載っているクロスワードパズルが楽しみ。夕刊は大して読み応えのないときもあり止めてもいいのかなと思ったこともあるけれど、これがその思いを打ち消した。脳の活性化にも役立つし、なにより楽しい。一番苦手なのが今流行の歌手や俳優など。よほど有名ならわかるけどその数は極めて少なく、他から攻めて行くケースが多い。それでもわからないときは穴ができて口惜しい。19-6-2

 

いよいよ6月に入った。でも気候的には随分前から6月だったような気もする。34℃までいったときにはいきなり7月に飛んだような錯覚さえしそうだった。その後も平年を上回る気温は続いていて季節感は完全におかしくなっている。今年の冬からすでにその兆候は出ていたわけで、これもそうした流れのひとつと考えれば自然なことかもしれない。異常が異常でなくなり正常になってしまうのか。19-6-1

 


 

すでに恒例になった年に一度の兄弟姉妹の食事会。まず近況を語り合ったあとは子供の頃や両親の写 真を見ながらの思い出話に大いに盛り上がりとても楽しいひとときを過ごせた。今回ですでに7回目になり毎回5人全員が元気に集合できたのが嬉しい。上は74歳から下は65歳までの5人で体に何かがあってもおかしくない歳になっているので、最後は「また来年まで元気でいようね」が合言葉。19-5-31

 

車がなくなって卓球の回数が半減してから3ヶ月が過ぎたら、体重が62キロから2キロも増えていた。しばらく計っていなかったのでその増え方にびっくり。でも、激しく動き回りたっぷり汗をかいていたのだからこうなるのは当然か。いくら歩いたところで動きと汗の量 には雲泥の差がある。丘の上り下りを多くすればいいのかもしれないが、卓球のように楽しくないからやる気もいまいちだし。19-5-30

 

続き。彼を「頭のいい人」とほめる人もいるけどまったくそうは思わない。あれほど状況判断のできない大人をどうして頭がいいと言えるのだろうか。あえて言うなら頭が悪いと言うべき。「頭がいい」と擁護するのはエリート意識の強い人達に多い。「仕事ができた」との弁護も同じ考えから出ている。どんな職業であれどの人もしっかり自分の「仕事ができる」上での人間性が問われているのだ。19-5-29

 

国後島では信じ難いほど浅はかで傲慢な言動を繰り返していた丸山議院が国会で釈明を求められたら適応障害との診断書を提出して雲隠れした。語るのも嫌になるほどの最低の人間だ。だが、ある意味適応障害は正しい判断でもある。しかし、治療期間には大きな誤りがあって2ヶ月では到底治癒できず少なくとも10年から20年は必要だろう。かなり重症なのでそれでも完治するとは思えないが。19-5-28

 

日本がいや特に北海道が大変なことになっている。暑さに対する注意報が見事に当たってしまったのだ。それも想像をはるかに超えるかたちで。昨日、佐呂間町で39.5℃を記録してしまった。これは全国一の暑さ。北海道で5月中に35℃を超えたのは初めてだという。とにかく初めての体験なので驚きを超えて呆気に取られるといった感じ。ついに北海道にも40℃超えのときがやってきそうだ。19-5-27

 

制作のときのBGMとしてジャズを聴くことが多いけど、久し振りにシュトラウスの皇帝円舞曲や美しく青きドナウなどの入っているCDを掛けた。そして、その最後にはシュトラウス父のラデッキ−行進曲が入っている。これはちょうどタイムリーで小学校の運動会のときに流れていた懐かしの曲なのだ。もちろんそのときは作曲者も曲名も知らなかったが気持ちが高ぶりわくわくしたのを覚えている。19-5-26

 

『いい数字 出るまで計る 血圧計』この気持ちは『ある ある』でよくわかる。これは今年のサラリーマン川柳 にあったもの。昨年の4月からほぼ毎日欠かさず血圧を計ってきているけれど、日によってはかなりのばらつきがあって20以上の差が出たりもする。そんなときはもっと下がるのではと期待しながらまた計ってしまう。数度の計測を記録しているが一番上を省いても一番下は書き込む。19-5-25

 

まだ5月だというのに明日と明後日は30℃を超える予報になっていて、暑さに備えるよういろいろ注意喚起されている。寒さに対する注意報には慣れているけれど、5月に暑さへの対策を取らねばならないとは驚きだ。これもまちがいなく温暖化の影響だろう。これだと夏にはどこまで気温が上がるのか心配になってしまう。いよいよ北海道にも40℃超えの酷暑の夏がやってくるのかもしれない。19-5-24

 

案内状の宛名書き。友人知人のなかには個展のときにしか会えない人も大勢いるので、書くペンにも気持ちがこもる。かつては年に何度も開催してその度に来てもらって申し訳ないと思ったこともあったが最近は年に1回なので気兼ねなく出せる。もちろん、途切れる人もいれば新たに出す人もいるわけでその送り先は少しずつ変化していく。だから、長年に渡って観てくれる人は本当にありがたい。19-5-23

 

今年初めての家の裏と横の草取りをする。このタイミングでしたのは明後日はこちらも今年初の草の収集日になっているため。草はまだ出始めで短くさらに昨日の雨のせいもあって簡単に抜けてくれる。根が深くなってからだと苦労するから早めにやっておいた方がいい。何年も掛けてかなり小さい草も根こそぎ取ってきたはずなのにまた新しいものが芽生えてくるのだからその強さに驚きあきれる。19-5-22

 

信号待ちをしていたとき後ろにいた若い男(多分20代)が青になると同時にあせったように急ぎ足で自分より前に出た。きっと、歩きが遅いと判断して早めに前に出ておこうとしたのだろう。そのまま速く歩いてくれるならいいのに歩みを緩めるものだからすぐに追い付いてしまい、相手のペースに合わせて背後を歩くのも変なので追い抜く。年寄りイコール歩きが遅いと決めつけられてもこまる。19-5-21

 

発注した個展の案内状は1週間後に無事我家に届いた。さっそく確認してみると、イメージしていたよりもかなり明るく出来上がっていた。これまでは濃い目になっていたので意識的に明るめにして注文したらそのまま明るくなってしまったのだ。色校正をしてないのでこれはしかたがないし、配達料300円を含めて2.510円で案内状400枚のカラー印刷をしてもらうのだから文句は言えない。19-5-20

 

細かい制作や作業をするときはこれまでも眼鏡をはずすことが多かったが、最近はその機会がさらに増えた気がする。それだけ焦点を合わせる筋肉が弱ってしまったのだろう。これは加齢という老化によるものだからしかたがない。それでも幸いなのは眼鏡をはずせば至近距離ならはっきり見えること。もともと近眼だったせいでこうなったのだろう。これからは新聞や読書もそうなっていきそうだ。19-5-19

 

卓球熱が少し醒める。週に3回とか多いときには4回も行っていた卓球は車がなくなったため1回か2回に減り、それも休みや用事が入ったりして最近では週1がやっとになっている。あんまり間を置かずにやるとああしたいこうしたいと思った技術をすぐに試せるので燃えるけど、間ができるとその気も薄らいでしまう。今は個展の準備で忙しいからしかたないけど、終ったらもっと増やすつもり。19-5-18

 

続く。統計によると『運転に自信のある人』の割合いは高齢になるほど高くなるという。客観的に見ればそうでないことは明らかなのに高齢者はそう信じている。自分は正しいと思っているから運転操作の誤りや状況判断の遅れも反省しない。そして問題なのは多少自覚していてもそれを自分自身で認めようとしないこと。追いやられるようで寂しいけれどそこは素直に受け入れ運転に気を付けたい。19-5-17

 

重大な自動車事故を起こした運転手が「ブレーキを踏んでいたのに急加速した」と主張するケースが続いている。もしも、それが本当だとしたら大リコール事件になってその自動車メーカーは存続の危機に立たされる事態にだってなりかねないわけだがそんな様子は見えない。つまり、原因は『思い込み』にある。本人はまちがったことはしていないと認識しているだけにとても怖いし厄介な問題だ。19-5-16

 

つい10日ほど前には桜の花でピンクに染まっていたというのに、もうそんことさえも忘れさせるような勢いで萌黄色に変身した。毎年体験しているはずなのにその早さに驚かされてしまう。本当にあっという間の感じ。道端のタンポポも彩 りを添えている。ふと安春川を見るとカルガモの親子が目に飛び込んできた。ちょこちょこ動き回るヒナは7羽もいてとてもかわいい。ここにも春の芽生えが。19-5-15

 

随分日が長くなって日の入りは6時51分になり、夕方の散歩に出掛けるのも5時から5時半へと遅くなった。日の入りまで1時間以上あるので、ゆっくり散歩をして買物をしても明るいうちに家に帰られるのが嬉しい。昼の暑さを避けて歩けるのも助かる。夕方をのんびり過ごせるのは気持ちが安らぎ心の余裕も生まれる。これから夏至までの間は太陽の恩恵をさらにたくさん受けておかなくては。19-5-14

 

15日振りの卓球。たくさん汗をかき大満足。思う存分動き回り汗だくになるのはやっぱり気持いい。半月もたまっていた体の老廃物を一気に排出したような爽快感を味わう。今日もいつものように1時から4時まで休みなしで続けた。終了時間なので4時5分前には止めたけどまだまだやりたい気分だった。個展も迫ってきて何かと忙しいときではあるけれど心身共にリフレッシュの効力は大きい。19-5-13

 

車のエンジンが掛からず工場までレッカー移動してもらってからちょうど2ヶ月が経った。つまり、これで2ヶ月間まったく運転をしてないわけだ。30代の前半に初めて車を手に入れたときからこれほど長い間運転しなかったことはない。車のない風景と生活にはかなり慣れた気がするけれど、運転しない状態にも慣れつつある。でも運転の感覚を忘れないため個展後にレンタカーを借りるつもり。19-5-12

 

家のすぐ近くにある回転寿しならぬ超特急直通寿し屋に行く。正式にはなんと呼んでいるのか知らないが、自分の席のタッチパネルで注文した寿しが途中停車することなく超特急で目の前まで運ばれてくるのだ。あまりの早さに注文前から作ってあったのではと疑いたくなるほどだった。届けたあとはまた猛スピードで立ち去る。ピンポイントに停車し品物を運び届けるのはまるで超特急宅配のよう。19-5-11

 

個展の案内状を発注。パソコンでの1年振りの作業なので手間取るかと心配していたがスムーズに進み簡単に終らせられた。間を置かずにやっていれば問題なくても一年も経つと忘れる恐れがあると手順をメモしておいたのも正解だった。今はネットでの入稿なので時間的なロスがないのもありがたい。かつては郵送だったので発注までもっと時間が掛かった。これでまた安心して制作に専念できる。19-5-10

 

車による暴走事故で命が奪われる悲惨な事態が続いている。先月末にこの『ひとこと』で懸念した、事故が続くと先のものが忘れ去られる心配が現実になってしまいそうだ。今度は2歳の幼い二人の命が犠牲になり、他にも多数の重傷者を出してしまった。運転者は高齢者ではないけれど、自分勝手に問題ないと判断したおかげで命を奪ったという意味では同じになる。この状況を何とか変えなくては。19-5-9

 

遊歩道の桜は淡い桃色から新鮮な若草色へ変身。連休も過ぎ桜が散ってしまうと突然衣替えをしたようにその色を変える。桜の花は春の始まりを告げていて、その後の若い葉は春への突入を知らせている。これからは日々葉の成長が進み安春川沿いが黄緑色に覆われる日もそう遠くはない。この成長する時期の葉の色は心を和ませてくれるし何とも美しい。そこには新たに育つものへの愛おしさもある。19-5-8

 

今の住いは2軒の屋根がつながっている一棟二戸という造りの借家で、ここに移り住んですでに14年になる。隣は自分が引越して来た以前からの住人で優しくしてもらっていた。その人達が3日前に引越してしまいとても寂しい思いをしている。何世帯も住んでいるアパートの一室が空くのとは違う感じだし、多分隣の家が引越すのとも違うような気がする。体の一部を失ったたような感覚だろうか。19-5-7

 

モチーフ決めは覚悟していたよりスムーズに進み余裕で午前中に終らせることができてほっとした。今回のようにわりと簡単に決まるときと納得できなくてなかなか決まらないときがある。ほとんどはいくつかの物を組み合わせでセットするのだけれど、最初にメインを決めてからそれに合う物を探していく。高さ、大きさ、色など全体のリズムやバランスが大事なので組み合わせにはとても気を使う。19-5-6

 

10日間の連休もいよいよあと1日となってしまった。この連休中遠くに出掛けることはなく卓球もできなかったので制作に専念できてそれなりに長い休みに感じられた。休みとはいっても制作は仕事なのでのんびり過ごせたわけではないが集中して制作する時間があったおかげで大きめの作品を完成させられたのが嬉しい。明日は火曜日からの教室のためのモチーフ決めがあるので今日が最後の気分。19-5-5

 

衣食住には関係のないものとして、もしも『3つだけ物を持ってもいい』と言われたら何にするのだろうか。ふと頭に浮かんだのはシャープペンシルと紙(芯と紙は途切れないとして)。もうひとつは迷うところだが国語辞典にしよう。これで絵が描けて文章も書ける。さらに、言葉の意味や漢字も調べられので新たな知識の吸収もできる。これだけでも何年かは飽きずに生きられそうだ。もしもの話。19-5-4

 

続く。たとえ半分でも目の休みになってくれるならスケッチでもいいかと思っていたら、今日、素晴らしい発見をしてしまった。そんな大袈裟なものではないが、窓のさらに上にある細長い窓から空がきれいに見えるのだ。昨日は曇りで気付かなかったけれど、青空のもと流れる雲が見えて感激。ただし、これも青空だけなら遠くに焦点を合わせられないから雲が絶対必要になる。これなら完全休養だ。19-4-3

 

制作で目が疲れたら窓の外をスケッチ。近くを見て疲れた目を休めるには閉じたり揉んだりするより遠くをじっと見つめるのがいいと知ったので試してみたが、じっと見つめるだけでは3分も持たずに飽きてしまう。そこで、見慣れた家並みや庭や車などをスケッチしてみると10分どころか20分でも平気でできる。何もせず見つめていればいいのにこれができない。スケッチだと目の休みは半分に。19-5-2

 

久し振りに近くの公園の丘を上り下りした。ここを何度も何度も上り下りしたのは2008年に屋久島へ行った年だから、11年前になるわけだ。微妙な年数で、もうなのかまだなのかどっちとも言えない。とにかく縄文杉を目指していたので足腰を鍛えるために繰り返しやっていた。そのおかげもあって、無事縄文杉に出会えたときの感動は今もよく覚えている。そう考えるとそんなに遠くもないか。19-5-1

 


 

満開の桜を眺めながら安春川の遊歩道を散歩。ほとんど途切れることなく桜が続いていて、まるで淡いピンクの傘がみごとに連なっているよう。幸い昨日今日と好天に恵まれ、桜の花は青い空と相まっていっそう輝いていた。この花が散ると今度はいっせいに若い葉が芽生えてくる。そして、次には新鮮な黄緑色に染められていく。長い冬の間は白一色の世界だけど、これからは様々な色を楽しめる。19-4-30

 

連休の間は個展のための制作に専念するいい期間になっている。外での仕事は休みのうえに卓球もできないので集中してできそうだ。これまでの3日間は何とか順調にきているので残りの1週間もこの調子で頑張りたい。ここでの頑張りはその後の制作や様々な準備にも影響するから大事な1週間になる。卓球ができないのは非常に残念だけど、その分絵を描ける時間が増えたと思ってあきらめよう。19-4-29

 

昭和23年生まれとしては令和への移行には大した思い入れはない。40歳まで昭和を生き、平成に移ったときすでに自分の時代が去った気分になっていた。そのため、平成への意識は乏しく、あくまでも昭和の続きにすぎなかった。そんなわけで、昭和から平成になった時点から過去を元号で振返らなくなった気がする。しかし、平成生まれにしてみれば寂しさも含めて感慨深いものがあるだろう。19-4-28

 

今までになかった10連休が始まった。国内だけでなく海外へ出掛ける人もたくさんいるようだ。いつもより長い連休のため行きや帰りが分散して混雑や渋滞は多少緩和されるらしいが、混むのは避けられない。そして、近くの行楽地も同じで円山公園などは花見と動物園へ向かう人達で溢れるにちがいない。ただ、予報では好天が続いてないのが気になる。せっかくの連休だから晴れてほしいもの。19-4-27

 

遊歩道には桜が咲き水の流れも戻り、安春川にも春がやってきた。それなのに、今日の最高気温は7℃。歩いているときに手袋がほしくなるほどの寒さだった。本当なら心地よく感じるはずの川の流れは寒さに追打ちを掛けるものになっていた。一昨日は23℃まで上がったのにどうしてこうまで極端に上がり下がりするのだろう。変動する気候に慣らされてきているとはいえついていくのが大変だ。19-4-26

 

事故を起こした本人が「アクセルが戻らなかった」と主張したのに対して、最初は「そんな馬鹿な」と疑問に思ったがよく考えてみるとそれは正しいとわかった。つまり、自分の足で思いっきり踏み続けているのだからアクセルは戻りようがない。だからアクセルが戻らなかったのだ。悲しいかな本人はブレーキだと思い込んでいるから踏む力を強めてしまいどんどん加速する。この思い込みが原因。19-4-25

 

二度あることは三度ある、そして三度あることは四度もあり、さらにそれは当り前になっていく。それが怖い。不思議なもので車による暴走事故が続いている。大事故も続いてしまうと先のものが薄れてしまい遠ざかるのが心配だ。非日常の出来事のはずが日常になると問題意識が低くなる危険性もある。政治の世界ではそれがすっかり定着してしまったが、そうならないよう記憶に留めるのが大事。19-4-24

 

レタスを手に取っては戻し違うのを手に取っては戻しを何度も繰り返している高齢の女性がいた。スーパーでよく見かける光景だけど、ふと疑問に思った。あれだけじっくり違いを確認しているのであれば、目利きも鋭くなって簡単に見分けれてもいいはずなのにそうならないのはなぜなのかと。でも、あの行動自体を楽しんでいて、違いを学ぶためにやっているのではないのだからそれは的外れだ。19-4-23

 

人生は運にも左右されると、車とバスによる人身事故から改めて教えられた気がする。まったく落ち度のない人が何のゆかりもない人によって、たまたまそこにいたというだけで一瞬にして命を奪われてしまうのだから運としか言いようがない。たった何秒かの違いでも異なる状況になるわけで、『もしも』の思いは消えないだろう。街に住んでいれば誰にでも起こりうる不運のため避けようがない。19-4-22

 

漢字の書き取りをしていると同じ読みなのに違う意味の熟語がいくつも出てくる。最近、そのなかでも最も数の多いものに出会えた。それは『しこう』で、これまでも志向、指向、思考、試行、施行、嗜好までは覚えていたがそれに至高、施工、伺候が加わった。ここで、もうないだろうかと考えていたらふと浮かんだのが歯垢。全部足すと10になり切りもいいのでしっかり覚えておきたいものだ。19-4-21

 

過去にどんなに立派な功績や肩書きがあったとしても、最後を殺人者として迎える可能性があることを高齢者による事故が教えてくれている。一番悲惨なのは殺された被害者だが加害者の家族も運転を止めさせられなかった後悔の苦しみに陥る。これが人里離れた田舎の事故なら同情の余地もあるけれど東京のど真ん中ではそれもない。街には宅配などのサービスもあるしハイヤーやタクシーもある。19-4-20

 

続く。もしも今「何になりたいか」と聞かれたら何と応えたらいいのだろう。少し考えて浮かんできたのが『旅人』。昔ほどの体力はないから、金銭的にちょっと余裕のある旅人。自由きままに行きたいところに行けるなら戻って来なくても構わない。それくらい動くのが好き。だから、ネコと犬のどっちになりたいかと問われたら犬を選ぶ。綱につながれているのは不満だけど散歩できるのがいい。19-4-19

 

『ネコになりたい』。大学の新入生数10人に「変身できるとした何になりたいか」と質問すると『ネコ』が1番多かったという。その理由は「好きなだけ寝られる」「なにも悩んでいないように見える」「きままに過ごしていてうらやましい」などとのこと。20歳前の元気な盛りの若者の言葉としては寂しい気がする。そんなに疲れているんだろうか。その頃は睡眠を削っても何かをしたかった。19-4-18

 

朝5時に目覚めるとカーテン越しに外の明るさが伝わってきた。その明るさも目覚めに影響したのかもしれないが、昨晩布団に入ったのは10時で見事に7時間後に目が覚めるのは本当に不思議だ。すぐに起きて下に降り、カーテンを開けてその明るさに驚いた。ここまで明るさが戻っているとは思っていなかった。新聞を難なく読める明るさを知ったのは5時起きしたためで、これも早寝のおかげ。19-4-17

 

 

地下鉄に乗っていて、スマホに夢中になっている若者達を見てふと思ったことがある。それは、これからはきっと肥満の人が増えるに違いないと。あれだけうつむき小さな画面 に集中している様子からは運動して汗を流している姿を想像するのはむずかしい。そう思ったのは座席の1枠にいた10人うち3人が肥満体形だったせいもある。動くのが大好き人間としてはどうにも寂しい気がしてしまう。19-4-16

 

最近、抹茶入り玄米茶にはまっている。それは抹茶や緑茶の方ではないので、玄米そのものの香りと味にはまったというべきかもしれない。あの炒り玄米の焼け焦げた素朴な香りはなぜか郷愁を感じさせるし、味も何とも言えずおいしいのだ。つまり、お茶は急須ではなく100円ショップの茶漉しで入れ、上に浮いてくる玄米を茶碗に移してやり、お茶とともに玄米もおいしくいただくというわけ。19-4-15

 

今度は市内でバス移動。これまで立体作品の素材や絵画教室のモチーフの花などを買いに度々行っていたホームセンターへバスで向かってみた。待機中のバスの運転手に乗り場を聞き停まっていたバスに乗り込む。途中から車で行ってたときと同じルートを走り、慣れた道だけど高い座席からの風景が新鮮に映った。家の近くのバス停もわかり次は気楽に行けそうだ。今後はバスの利用も増えるかも。19-4-14

 

急に暑くなる。昨日までも暖かい日は続いていたけれど、あくまでも春らしい陽気の暖かい日だった。それが今日は部屋の中とはいえ26℃にまで達したのだ。長袖シャツの袖を巻かねばならないほどで、もちろん今年一番の暑さに。3日ほど前には本州で桜の上に大雪が積もっている映像を見せられた後だけに各地での気温の変動の激しさに驚く。何とか穏やかに進んでほしいがどうなることやら。19-4-13

 

地下鉄と列車とバスを利用して、今までは車で行っていた隣町のアトリエに向かう。車でないのは初めてなので、新鮮な気持になってわくわくしながら列車とバスを楽しんだ。車と違ってゆっくり風景を眺められるのがいい。おかげで小さな旅の気分にも浸れた。車より30分ほど多めに掛かったとはいえ大して苦もなく行けるのがわかってほっとした。これからは小旅行のつもりで向かえられそう。19-4-12

 

ネットのすごさを改めて感じる。3年前にハンガリーに移住した中学時代の友達から一時帰国をして札幌にも滞在するので是非会いたいとの手紙が届き、詳しくはメールでしたいとメールアドレスが書かれていた。さっそくメールをすると間もなく返事が入った。手紙だと1週間近く掛かったはずなのにメールだと瞬く間に伝わる。とても便利だけれど、遥か遠い国と思っていた感覚が薄れてしまう。19-4-11

 

続き。さらにもう少し未来から見れば紙幣や硬貨そのものがなくなるのかもしれない。今はキャッシュレスを進めようとしている段階だけれど、流れとしてはまちがいなくそっちに向かって行く。時代の変化は早まっているから、新札の発行される5年後にはかなり浸透しているだろう。なかなか現金主義から抜け出せないでいるとはいえ、利便性を考えるとカードやスマホ決済の良さはよくわかる。19-4-10

 

5年後の2024年には新紙幣にして肖像画も変えるという。今使っている福沢諭吉の1万円札は1984年からですでに35年も経っているらしいが、そんなに長かったのかと意外にも感じる。慣れてしまうといちいち顔の確認はしないので知らず知らずに長い年月が過ぎ去ったのだろう。お札の肖像といえば聖徳太子が忘れられない。しかし、昭和も遠くなりお札の聖徳太子は昔の話になりそうだ。19-4-9

 

体育館の敷地内の駐車場の車の少なさを見たとき「もしかしたら」という不安の気持が湧いてきた。玄関口にある事務室の受付で聞くと「午前中は休みで入館できません」との返事が。午後の卓球のためいつものように10時半に顔を出したのに、すぐにまた歩いて家に戻らねばならなかった。今月の予定表でしっかり確認していたのは午後だけで午前中は見落としていた。うっかりミスがまたひとつ。19-4-8

 

昨年5月に納めた自動車税の還付金支払通知書が届いた。2月末に廃車手続きをしたので3月の1ヶ月分が戻ってくるのだ。それまでは機械的に払っていたので4月から3月までが年度の区切りとは知らずにいた。3.300円ではあるけれど戻ってくるのは嬉しい。 車の修理をして車検に出していれば最低でも15万は掛かっていたわけでその違いは大きい。これでまた車がなくなったのを実感する。19-4-7

 

個展まであと2ヶ月余りになり、さらに気合いを入れようとしている。ここまで来ると制作だけでなく、いろいろな準備の予定も立てる必要が出てくる。そんななかでも案内状の作成はとても大事で1ヶ月前には作っておきたい。これはパソコンでの年に1度の作業なのだが、作成方法を忘れていたりして結構手間取ってしまう。他にも額縁の在庫調べや赤帽探しもあるけれど、まずは予定を立てよう。19-4-6

 

HBよりB、0.5より0.7がいい。これはシャープペンシルの芯の濃さと太さのこと。年を重ねるごとに目の衰えは隠せず、小さい字を読むのはどんどんつらくなってきている。ましてや薄い字ならなお大変。そんなわけで、シャープペンシルの芯も濃くて太いものに替えてみた。これだけでも見え方は随分違う。もったいないとは思うけど、HBは使うにしてもHや2Hの芯を使う機会はなくなるかも。19-4-5

 

ここで何度か書いたが、これまでに国会議員の発言の『撤回』を求めてきた側にも大きな責任がある。『撤回』さえすれば何を言っても流されるという風潮を作ってしまったからだ。本当ならせっかく正直に事実を語ってくれたのだから「よくわかりました。しっかり受け止めたので絶対に『撤回』しないでください』と言うべきなのだ。それをしないから無責任な言葉や態度がいつまでも続いていく。19-4-4

 

1万円で5万円分に。待っていた敬老パスの今年度の納付書が1日に届き、昨日さっそく1万円を入金すると5万円分の優待乗車証になってくれた。これで少なくとも10月までの7ヶ月間は安心して地下鉄とバスと電車に乗れる。郵便局で1万円を支払うとき、何度か「この額でいいんですか」と聞かれたのは小刻みに入金する人が多いからなんだろう。どうせなら、切りのいい金額の方が気持いい。19-4-3

 

「大して関心はない」とは言ってみたものの、人伝えに新元号を耳にしたとき「それはどうかな」と思わず口にしてしまった。まず「れいわ」の発音の難しさと言葉の流れの悪さが気になり、「令」から最初に頭に浮かんだ熟語は「命令」で次には「令状」とちょっと威圧的だし、「和」については昭和で使ったばっかりなのにといった感じでいい印象は持てなかった。「礼和」ならまだよかったのに。19-4-2

 

4月に入る。このところ平年並の気温が続いていて、一旦もっと暖かい陽気に慣らされたせいでこれくらいだと寒く感じてしまい、春が近づいている実感がいまいち乏しい。それだけ3月中旬の気温が異常だった。そうは言っても4月という響きは春を連想ささてくれる。そして、いろいろな世代の始まりのときでもある。自分にもそのときどきがあったのに、はっきりと思い出せないのはなぜだろう。19-4-1

 


 

40から64歳を対象に行った「ひきこもり」に関する調査によると、その76%が男だという。この圧倒的な差の比率には驚きもしないし意外でもない。女の持っている社会性と協調性はどう見ても男より多く備わっている。知り合いなら当然だけど、たとえ初めての人とでも女同士であれば自然に声を掛け合い会話が生まれ旧知のように弾んでいく。その点、男は相手の様子を窺い構えてしまう。19-3-31

 

いよいよプロ野球が始まった。これから秋までドキドキ、ハラハラ、ワクワクさせながら楽しませてもらいたい。もちろん最後には晴れ晴れで終ってほしい。開幕戦はさい先よく近藤のタイムリー中田のサヨナラホームランと打つべき人が打って劇的な勝利を上げた。上沢も何とか3点で抑えてくれたから合格点だろう。とにかく、長丁場を安定して勝ち進むには中心になる選手の活躍が欠かせない。19-3-30

 

部屋の整理の効用。とくに探し物があったり必要に迫られてからでなくても、ときどき部屋や物の整理をするのはとても大切だ。そうすると、どこに何があるか何があったかの確認ができるし、すっかり忘れていたものが出てきたり活かしきれてないものを見つけたりもする。今回はファイルの中味の整理をしたおかげで現在の作品制作のために利用できるファイルに変えられた。まだまだありそう。19-3-29

 

まるで計算されていたかのように敬老優待乗車証の残金が今日300円に。昨年の9月25日に9千円の支払いで4万円分になった乗車証を使い始めてほぼ6ヶ月後にこの金額になった。非常に分かりやすい区切りになり、半年で4万円の交通 費が掛かるのも判明。平均すると1ヶ月約6.700円になっている。1年間で優待される最高額は7万円なので1年分には足りないけれどとても有り難い。19-3-28

 

地下鉄までの道の途中にあったアパートが解体され更地になっていた。そのアパートの玄関前で雪かきをしている高齢の人達を何度か見かけていたので、うまく次の住いを見つけられただろうかという思いが頭によぎった。高齢者の住宅探しは結構むずかしいようで、望むような物件がどんどん少なくなるうえに孤独死を心配して賃貸を敬遠する不動産屋もいるらしい。決して他人事ではない問題だ。19-3-27

 

国の機関の要職にある役人がヘイトスピーチを繰り返していたという。そして、それを匿名でやるとは何とも情けない。他国の人を卑怯と責める前に自分の自尊心と品と恥と友愛のなさを嘆くべき。善意を匿名でするのは褒められても、悪意を匿名でするのは卑怯な行為そのもの。自分の発する言葉に責任を負うつもりは毛頭なさそうだ。これも自画自賛にあふれる『美しい国』での出来事のひとつ。19-3-26

 

最近は制作に集中できていて、とてもいい状態にある。制作するときに何が大事かといえば、こうしたいああしたいというイメージの膨らみで、これがなければ集中もできない。イメージさえ湧いてくればいくらでも続けられるし進められる。一番辛いのはこれが枯渇したときで、いくらやりたいやらねばという気持があっても決して長続きはしない。だから、このいい状態を何とか維持していきたい。19-25

 

続く。さらに驚いたのは、15〜19歳の死因でも自殺が1位になっているのだ。5年前の調査も1位 で、その前は3回続けて2位になっている。つまり、長年に渡って常に上位なのだ。根本的に改善されることなく放置されたままだったとも言える。10代の子供達の死因の1位 が自殺だなんてどう考えてもおかしい。事なかれ主義の蔓延も影響しているにちがいない。これが『美しい国』の現実。19-3-24

 

信じ難い事実を知り驚愕した。17年度の調査で10〜14歳の死因の1位が自殺なのだ。10〜14歳といえば小学5年から中学2年なわけで、そんな時期にどうしようもない苦しみを背負い自ら命を絶ってしまうとは・・。自分の居場所が見つからず行き場を失った悲しみは想像の範囲をはるかに超えているのだろう。何とか留まっている予備軍も多数いると考えるとかなり深刻で重大な問題だ。19-3-23

 

一昨日積雪0になったと書いたばかりなのに寒の戻りで雪が降った。幌加内や紋別 では30センチ以上の積雪だったという。暖冬と小雪に喜んでいたけれど、このまま終らせまいとここに来て冬将軍が意地を見せているのかも。とにかく、今年に入ってからでも寒暖の差が非常に激しい。まだ冬の備えは必要のようだ。気の早い人などはすでに冬物はしまうかクリーニングに出しているかもしれない。19-3-22

 

車のない風景に慣れたのは当然だしそれでいいのだが、生活の部分での変化で今だに残念なのは卓球に行ける回数がぐっと減ったこと。前は月に7、8回はやっていたのに3、4回になってしまった。その分ゆっくりはできるけど、やっぱり物足りない。これまでに染み付いた体のリズムがきっとまだ消えててないのだろう。気持の方では納得して慣れてきても、体が慣れるにはもう少し掛かりそう。19-3-21

 

早々と積雪0に。昨日、今年最高の13.7℃まで上がった札幌ではついに『積雪なし』を記録した。3月中旬に根雪が終るのは29年振りだというから、この冬がいかに暖かく小雪だったかをはっきりと表わしている。とくに2月の中旬からこの時季までまとまった雪が一度も降らなかったのは初めての体験かもしれない。早く春になってくれるはありがたいけれど、これも異常気象とすれば怖さも。19-3-20

 

そこで一件落着したはずなのに、上下水道の料金を知らせる用紙を見てびっくり。何と、これまで何年にも渡って同じ料金できていたのに、その3倍近い金額が請求されていた。あんなに微かな音がそんな大量 の水漏れになっていたという事実にも驚いた。すぐに検針会社に水漏れと修理の件を電話で伝えると「漏れた水の料金はいただかず、これまでと同じ料金になります」との返事にホッとする。19-3-19

 

先月の中旬頃にトイレで『ツッ、ツッ、ツッ』という小さな音が聞こえ始め、10日後くらいには『ツー』という音に変った。それはかなり小さな音で最初は風の音かと思っていた。しかし、外からつながっているトイレの水道のパイプに耳を当てるとその音はそこから聞こえてきたのだ。そこで管理会社に連絡して調査と修理を依頼。水落しの栓の先にある弁の劣化による水漏れと判明した。続く。19-3-18

 

車のない風景。車がなくなって1ヶ月が過ぎ、窓からの風景にも慣れてきた。しばらくはあるはずのものがない違和感を感じていたが、今では広い空間が当たり前のようになっている。出掛けるときも帰ってきたときにも何とも思わないようになった。2月から3月に掛けて雪がほとんど降らなかったので雪かきをしないで済んだが、もし雪かきをしていればまた違った気持になってたかもしれない。19-3-17

 

不覚にも家のなかで眼鏡を壊してしまった。普段は置かない椅子の上にたまたま置いたのを忘れて座ってしまったのだ。パキッという音がして気付いたときにはフレームが壊れていた。不幸中の幸いは3つある眼鏡のうち一番安くて長い間使っていたものだったこと。値段分以上に長持ちしてくれたとはいえ不注意で壊してしまったのが口惜しい。それにしても、注意力の低下の方がもっと気になる。19-3-16

 

続き。同情できない理由は他にもある。パチンコや競馬やその他のギャンブルには遊びの要素も含まれていて、そこにはまり依存症になる心配はあるが損する覚悟はできている。しかし、マルチ商法にはまる人はそうではない。過去にも現在も何度もそれらの破産の報道がされているにも関わらず大金を手に入れようとお金を差し出す。この人達は金銭的に多少余裕があるからやっているんだと思う。19-3-15

 

家族への思いやりや優しさに付け込んだ詐欺の被害者には同情するけど、ねずみ講やマルチ商法にお金を注ぎ込み失った人にはまったく同情しない。自分だけが儲けようとして出したお金なんだから、博打と一緒ですべてを失ったとしてもしかたがない。たとえお金が入ったとしても、それは誰かのお金が回ってきただけのことで、その人から奪ったようなもの。へたしたら共犯者にもなりかねない。19-3-14

 

雪が解けて春になったらと思っていたウォーキングシューズを買う。ほとんどの道から雪が消え、冬用の靴の滑り止めの必要はないうえに、靴底が削れてしまうもったいなさを感じながら歩いていた。これで思う存分靴底に力を入れながら気楽に歩けそうだ。岬を目指す『歩く旅』は終ったけれど近郊の『歩き』はしっかり続けるつもりなので、新しい靴は気持を高揚させて体までも軽くしてくれる。19-3-13

 

『災害は忘れた頃にやって来る』はどうやら正しいようだ。東北大震災から8年しか経っていないのに、もう忘れ去られようとしている。被災地の現在の人や町の姿を知りたいと願っていたのにテレビでそれを伝える時間は非常に限られていた。テレビの内容は見る人の意識がかなり反映されるから、これが関心の度合いなんだろう。『忘れる』時間はどんどん短くなっていく。だから次もすぐ来る。19-3-12

 

団塊の世代が70代に入り、その子供達である団塊ジュニア世代が40代後半になった。このふたつの世代が人口比率では突出して多い。しかし、不思議なのは第三世代になるのジュニア世代の子供は20前後のはずだが、他の世代より多少多い程度でとくに飛び抜けていないこと。ジュニアの20歳の頃はバブル崩壊後の低迷期で就職氷河期世代とも呼ばれていて、これも影響していたと思われる。19-3-11

 

札幌に移り住んで50年を超え53年目に入ろうとしている。それだけ経つと生活や街の様子が一変するのは当然で、それらはもはや歴史のなかのようなもの。上げたら切りがないけれど寮の暖房は石炭ストーブだったし、食器は金属製だった。駅前通 りは数多くの路面電車が行き交い4丁目の電停はいつも人で溢れていて、その界隈にはまだ平家の建物がたくさんあった。今はもう、遠い昔の話に。19-3-10

 

スガイビルがついに閉店に。今は名前も替わっているが、ここには青春時代の懐かしい思い出がたくさん詰まっている。札幌に来たのが18歳の66年でスガイビルができたのは68年だった。当時はボーリングブームで友達と何度となく遊びに行った。初めてビリヤードをしたのもここで、卓球もできた。とにかく街で遊ぶときにはここが中心になっていた。それにしてもよく遊ぶ金があったものだ。19-3-9

 

昨夜8時頃にはすでに体がだるくやる気も失せていて眠気を感じるようになっていた。こんなに早い時間に寝てしまったら朝早く目覚めてしまうのが心配でもう少し起きていようとしたけれど、やっぱり眠いので9時には布団に入った。実はこれが大正解だった。朝目覚めに時計を見たら何と7時なのだ。早起きどころか普段と一緒になるとは。続けて10時間も眠るのはよっぽど疲れていたのだろう。19-3-8

 

返信用のはがきや封筒に名前や会社名の後にある『行』は書かないでほしい。書いてなければただ『様』か『御中』を書けばそれで済むのに『行』があるとわざわざ横線を引かねばならないし、汚れに見えて見栄えもよくない。そのまま出して社会の常識も知らないように思われるのもイヤだからそうして書き加えてしまう。合理性よりも建て前や慣習を重んじる国だからなくならないような気がする。19-3-7

 

とても残念な情報を知ってしまった。昨年、北海道の先端の岬を目指す『歩く旅』が完結したので、今年からは近郊を中心にゆっくり歩きながらのスケッチの旅にしようと考えていた。それにはJRの『一日散歩切符』を利用しようと思っていたけれど、すでに廃止されているというのだ。低料金で周遊できるため、気楽にいいろいろな所を訪れるには最適な切符だと楽しみにしていたというのに・・・。19-3-6

 

国の借金は2018年末の時点で1100兆5266億円で、赤ちゃんから最高齢者を含めて国民一人当たりの借金が871万円になるという。信じ難い金額だ。余りの大きさに感覚が麻痺しているのか開き直っているのか、国はさらに借金を増やす方向に舵を切っている。そんななか軍事費は増大の一途を辿り、アメリカから武器を爆買している。その分、当然ながら教育費も研究費も削られていく。19-3-5

 

久し振りの卓球で心地よい汗を流す。やっぱり、思いっきり動き回ると気持いい。1時から4時までの3時間を休みなく楽しんだ。それでもまだ足りない気分。車がなくなったおかげでちょっと離れた所に行けなくなったので卓球のできる機会は随分減ってしまった。今は徒歩30分以内のふたつのみに。その大事なふたつも卒業式や貸切りのために3月はあと1回ずつしかできないのが残念で寂しい。19-3-4

 

笑う人がいれば、泣く人もいる。すべての人にうまくいくというのはなかなかないもので、同じ出来事でも喜ぶ人がいれば悲しむ人もいる。天気にもそれがはっきり出てきて、2月の初めにようやく開業したばかりなのに、小雪と温暖のため2月の末には閉鎖に追い込まれたスキー場もあるという。除雪や排雪業者も泣いているだろう。それに対して、車やゴルフ場の関係者は喜んでいるにちがいない。19-3-3

 

続き。診療費を払うとき「1.800円です」と言われて『あれ、2.700円でなかったっけ』と思ったけど『安くなったんなら、よかった』と素直に受け入れて支払った。その訳は自宅に帰って明細書を見てようやくわかった。医療費が2割負担になっていたのだ。去年の11月に初めてその恩恵を受けていたはずなのに、それ以来なのですっかり忘れていた。そんなに使ってないけどとても助かる。19-3-2

 

頭の次は歯もスッキリ。こっちは4ヶ月振りだけど、床屋の次の日にたまたま歯のクリーニングと検診の日になった。歯垢を削り、歯を磨き、糸で歯間をきれいにし、歯茎の検査をして、最後に歯を診てもらって1時間ほどで終了。ブリッジのところの歯間ブラシをもっとした方かいいと注意されたが、他はいい状態なのでこれまで同様歯磨きを頑張ってほしいと言われた。8020目指して頑張ろう。19-3-1

 


 

2ヶ月に一度の床屋でスッキリ。これで頭も軽くなった。ビルの地下にある床屋を出て地上の扉を開けて外の空気に触れたときの爽快感がたまらない。とくにうなじに流れる冷たい風が気持いい。これも2ヶ月毎だからこその感覚かもしれない。1ヶ月後なら短くなるのも半分だから爽快感も半分になってしまいそう。「また2ヶ月後に」と言ったら「桜の咲く頃だね」と春本番を感じさせる返事が。19-2-28

 

春のような陽気のため冬の装いでは暑く感じられるようになった。早くも冬用のダウンから少し軽めのものに替えてもいいようだ。これまでは半信半疑だったけど、今はまちがいなく春に向かっている。寝るときの毛布もすでに1枚減らしていてこちらも軽くなった。着るものも掛けるものも軽くなると体も楽になり気分までもが軽くなる。寒さや雪の多少のぶり返しはあったとしても春はもうすぐ。19-2-27

 

踏みにじられる沖縄の民意。米軍普天間飛行場の辺野古移設に伴う沿岸部の埋め立てを問う県民投票で72%の反対があったにも関わらず、安倍首相は一切考慮しないと言い放った。東京都民の72%が反対することでも同じように言えるのか。そもそも『危険な普天間をなくすには辺野古移設が唯一の方法』からしておかしい。東京移設もあるし最善は完全撤去だ。沖縄が軽視されているのは明白。19-2-26

 

2月とは思えない3月の中旬か下旬のような暖かさが続いているおかげで雪のかさが一気に減り、道路のアスファルトも随分顔を出している。少しでも早く雪解けを迎えようと雪割りに精を出している人もたくさん見かける。家の前は排雪の入ったせいで雪はほとんどないし、これからも暖かい日が続く予報なので雪割りはせずに太陽の力に任せるつもり。ちょっと残念な気もするけれどありがたい。19-2-25

 

8050問題。8020運動というのは知っていたがこれは知らなかった。8020は80歳まで自分の歯を20本残すのを目指すもので、8050とは80歳の親もとに50歳の子がひきこもりのまま同居している状態を指しているとのこと。こちらはさらに深刻な問題だ。親に頼り切っている生活が成り立たなくなるときが近い将来確実にやって来るのだ。親も子も不安と心配は尽きないだろう。19-2-24

 

昨晩は地震に驚く。災害は忘れた頃にやってくるはずなのに半年も経たずにまたやってきた。震源地は胆振東部地震のときとほぼ同じなので現地の人達のショックは大きいだろう。幸い我家での被害は何もなかったが、もしも停電になったらという心配が頭をよぎった。報道でも冬の災害や停電の怖さを問題にしていたから気にはしていたが、しっかり準備していたわけではない。これも大事は警告。19-2-23

 

印鑑証明と住民票と印鑑を持ち車を預けてある工場まで50分近く掛けて歩いて向かう。そして、廃車の手続きは完了した。これで15年間乗り馴れたミラージュとも本当の別 れだ。遠くに置いてあるミラージュにちらっと目をやり工場をあとにした。帰りも同じ道を歩き、すぐには必要ないけれどどんな料金なのかを知っておきたくて家の近くにあるレンタカー会社に寄ってパンフレットをもらう。19-2-22

 

廃車の手続きに必要な印鑑証明と住民票を地下鉄大通り駅に直結してるような出張所で手に入れた。その前を何度となく歩いていたし、開設当時から知っていた。それなのに最初は区役所に行かねばと思い込んでいた。初めて利用してみると待ち時間も大してなく出してもらえて便利なのがよくわかった。データがコンピュータでつながっているからできるわけで、このサービスは理にかなっている。19-2-21

 

記憶の不思議。銀行の自動支払機で振り込みをしていたとき、自分の名前を入力した後に電話番号も求められ、一瞬の間を置いてから少し引っ掛かるものはあったが頭に浮かんだ番号を打ち込んだ。そして、すべての操作が終了してから気付いたのだがその番号は今のではなく14年前まで使っていた遠い昔のものだったのだ。どうしてそれが突然出てきたのか理解できない。それも正しかったとは。19-2-20

 

10日前には最高気温が−10℃という記録的な寒さだったのに、昨日は+3℃で今日は5℃と3月中旬並の暖かさになった。そのため雪解けは一気に進み、もう3月に入ったかのような錯覚に陥りそうになる。この後も暖かい日が続きそうなのでその気持はさらに強まりそうだ。このまますんなり春になってくれるならそれでもいいがまだまだ雪は降り積もるはず。激しい変化に対応するのが大変。19-2-19

 

車を失ったのは残念ではあるけれど、よくぞこのときまで持ってくれたとも言える。2年前の車検のときに、エンジンの問題は指摘されていたのでいつ故障が来るのかと心配でもあった。3月の車検の1ヶ月半前のぎりぎりまで頑張ってくれたと考えれば健気な感じもする。とりあえず、これからの移動は列車とバスと徒歩を最大限に活かしてやっていきたい。雪解けの春には慣れていることだろう。19-2-18

 

家の窓からの風景が様変わり。朝カーテンを開けるとすぐ目の前に見えていた車がない。冬の間はその屋根に積もった雪で積雪量 がわかった。とにかく、車検に出していたとき以外は必ずあった車がないのだから不思議な光景だ。そのスペースは車があったときよりもずっと広く感じられ、視界も広がったので解放感は増した。その窓に向かって制作するとき、今までより明るい気がするのは嬉しい。19-2-17

 

15年もの付き合いのあった車なので思い入れもあって車の話はもう少し続く。初めて自分の車を手に入れたのは30歳の頃でフロンテという中古の軽だった。その後、パルサー、サニー、シビックそしてミラージュとつながってきた。どれも中古でシビックは下の妹から譲ってもらい12年乗った。この車も10年近く経っていたので合計20年以上になる。どちらも随分長く動いてくれたわけだ。19-2-16

 

続き。最初の8年は妹の車で、譲り受けてからは15年もの間乗させてもらった。隣町のアトリエ、芽室のお墓の草取り、ハルカヤマの作品展などなどいろいろ役立ってくれたが最近では卓球のためにも欠かせない足になっていた。卓球の回数が減ってしまうのもすごく寂しい。車がなくなったと実感するにはまだしばらく掛かるかもしれない。これから車が必要なときはレンタカーを借りるつもり。19-2-15

 

車の修理工場から残念な報告が入る。エンジンは掛かるけれどいくつかの問題がありそれもかなり重症で、たとえ修理しても次の故障が出てくる可能性が高いという。ここまで言われたら返す言葉もない。これ以上手を付けても無駄 なので廃車を決意した。今年の3月の車検を取り、あと2年は乗りたいと考えていたというのに・・。それにしても合計23年間よく走ってくれたものだ。お疲れさま。19-2-14

 

幼い子供連れの親子を見るとちゃんとかわいがってもらってるかなと思ってしまう。あまりにも当たり前のことなんだけど、信じられない子供への虐待事件を耳にする度にそんな不安が増していく。あくまでもほんの一部であろうと決して許されないから、そんな現実を見逃しても忘れてもいけない。これまでもかわいい赤ちゃんや子供に目はいってたが、今は親子の雰囲気をより見るようになった。19-2-13

 

セルは回るけどエンジンの掛かる気配はなく、明らかな異常を感じた。自分の手には負えない状況なので保険会社に電話をして救援を求めた。30分程で来てくれ何とかエンジンを掛けてくれたが自宅までの20キロ余りを無事走れるかどうか不安だったので修理工場までのレッカーを頼んだ。自分は列車と地下鉄とバスで帰宅。人気のない寒空の中での万一もあるわけで、正しい選択だったと思う。19-2-12

 

車のトラブル。快調に走っていたはずなのに坂道でアクセルを強めたときに異変は起きた。急にパワーが落ちて止まりそうになってしまったのだ。急いで2速に入れると何とかスピードを戻せた。しかし、その後も始動からの加速はドライブではできなくなっていた。それでも、20キロほど先の目的地にはたどり着けたのだが、約6時間後に帰ろうとしたら今度はエンジンが掛からなかった。続く。19-2-11

 

2月7日を『北方領土の日』として北方領土返還要求全国大会が開かれ、その壇上には「北方四島を返せ」と書かれた幕が張られいた。安倍首相の日露交渉に期待した人達もいたようだが、それが進展しないことは行く前から明らかだった。こちらから出掛けてその国で交渉する時点ですでに対等ではなくお願いする立場に立っている。70年以上経ちそこに住んでいる人がいるのだから返還は無理。19-2-10

 

続き。今朝は−13℃で今季最低を記録した。水道は水落しをしておいたので無事だったが、もうひとつの心配が車のバッテリー。でも、こちらも大丈夫で一発でエンジンが掛かってくれた。寒さで有名な陸別 町では今季全国最低の−31.8℃を記録。極寒を体験してみたいと愛知県から 自転車で訪れていた若者にとっては嬉しい寒さだっただろう。せっかく行って暖かかったらがっかりしてしまう。19-2-9

 

北海道に最強の寒波がやって来た。札幌では何と最高気温が−10℃を下回っていたのだ。すでにもう夜なので今日の最高気温が−9℃代になることは考えられないから、観測史上記録的な低温になるのはまちがいない。寒波は予報されていたので昨夜は随分久し振りに水落しをした。今朝、水を戻すと台所の蛇口近くでゴトゴトと少し詰まる音がしたから落したのは正解だった。今夜も落さなくては。19-2-8

 

肘の近くにできていた擦り傷。何となく気になり腕の裏側の肘の近くを見てみると中程度の擦り傷ができていた。問題なのはそれをいつどこでしたのかまったくわからないこと。もっと軽いものなら気付かずにいても不思議ではないけれどそれなりの傷なのだ。そのことを同年代の人に話したら「ある、ある」の返事が返ってきた。もともと痛みを強く感じないほうなので気を付ける必要がありそうだ。19-2-7

 

ふわふわの雪。朝からしばらく降っていて10センチほど積もっていたのに、雪かきはあっという間に終った。とにかく軽くて抵抗がほとんどないのだ。まるでフカフカの羽毛を集めているような気がした。これほどふわふわの雪もめずらしい。ちょうど雪まつりの開催中で多く観光客が来ているが、こんな雪には感動して喜んでいるにちがいない。降るというより、優雅に舞っているようにも見える。19-2-6

 

若い頃はどんなに散らかっていようが探し物で苦労することは少なかった。いろんなものがたくさん積み重なり目的のものが隠れていても手を差し込んでそれを手にできたものだ。でも、それは遠い昔の話で今となってはできるだけ目に見える状態にしておく必要がある。そのためにも整理は欠かせない。制作の場も随分様変わりして、そのとき使う絵の具や筆やパレットなどだけが整然と並んでいる。19-2-5

 

119の表示に「こんなはずはない」と驚き血圧が上がってしまいそうになった。正常な人ならこの値に安心するところだろうけど、平均140の自分にとっては余りにも低過ぎるし、こんな数値に慣れていないため体に問題があるのではと心配になってしまう。高め安定の方がすでに問題なのにそれが正常のような感覚になっていて意識が逆転している。その直後に計った血圧は134でホッとした。19-2-4

 

さらに続く。今回の教育現場での過ちは明らかに国の責任と言える。児童相談所も教育委員会の担当者もその世界に関する専門知識や経験があるとは限らず、子供を守りたいという愛情も責任も意識も乏しい役人も異動してくる。人員不足も何度となく指摘されているのに教育予算は削られずっと放置してきた。重要とは思ってない証拠。それなのに放置した張本人がいい子ぶって下を責めてどうする。19-2-3

 

続き。悲劇の連鎖。虐待を本当にしつけと思ってやっていたのなら、多分子供の頃そうされたのだろう。しつけとは暴力的なものと刷り込まれてしまったようだ。しかし、反面 教師という言葉があるようにそこから学ぶのも大事なはずなのに悲しいかな同じ過ちを繰り返してしまう。いくら辛い体験があったとしてもそれを乗り越えるのが親としての勤めのはず。悲劇を断ち切れなかった社会にも問題。19-2-2

 

また子供が犠牲になる悲しい事件が起きた。虐待を重ねて我が子を殺してしまった父親には言葉を失うが、そばにいたはずなのに子供を守れなかった母親にも当然責任がある。そして、そのような子供を守り保護すべき教育現場までもが助けを求めているのを知りながら殺人の手助けをするとは・・・。「威圧的な態度に恐怖を感じた』というが子供の受けた恐怖はその億倍もある。大人がひど過ぎる。19-2-1

 


 

1月もいよいよ最後の日になった。お正月から始まり、6月の個展に向けての水彩 画制作と外での仕事始めをして、地域交流卓球大会では微力ながらチームの優勝に貢献し、雪かき雪捨てにも精を出しているうちに1ヶ月が過ぎようとしている。これまでは個展までにまだ間があるような気がしていたけれど、2月に入ると急に近づいた感じになりそうだ。卓球も雪かきも頑張りながら制作に励みたい。19-1-31

 

スーパーの最上階(4階)にあるゲームコーナーの昼の光景がほほえましい。そこでゲームに熱中しているのは高齢者か親を伴った小さな子供達が多く若者の姿はあまり見かけない。料金はわからないが、きっと小額でそれなりの時間を楽しめるのだと思う。熱くなっても換金できるパチンコとは違うから高齢者もゲームを楽しんでいるように見えた。若者達はネットのゲームにはまっているだろう。19-1-30

 

26=3800000000。これだとすぐにはわかりづらいけど、26人が38億人に等しいという。これでもあまりにも桁違いでピンとこないが、世界の富豪26人分の総資産が貧困層38億人分に相当するらしい。この極端に偏った流れは進行中で今後もさらに強まると予想されている。世界の大富豪とは比較にならないにしても、日本も一極集中が進み格差が広がっているのはまちがいない。19-1-29

 

朝夕が随分明るくなったのがうれしい。朝は7時頃に起きるのだけれど晴れていれば灯りを着けなくて済むし、3時半頃に届く夕刊も灯りなしで読めるようになった。これだけでも一日がかなり長くなったような気持にさせてくれる。最近は目覚ましなしでも7時には目が覚めるようになったのはこの明るさも影響しているに違いない。寒さと大雪はまだ1ヶ月は続くけれど、明るくなるのが救いだ。19-1-28

 

地下鉄に乗ってきた盲導犬を初めて目にした。一緒にいる人が視覚障害者なのか訓練する人なのかはわからないが、その横でドアの方に顔を向けて微動だにせずに立っている。特に眼差しが印象的で黒い瞳からは優しさが充分にじみ出ていた。たとえ訓練されているとはいえ多くの人達に囲まれる緊張のなか状況判断する集中力を保つのは大変だろう。その健気さとあの瞳は今も目に焼き付いている。19-1-27

 

大坂なおみがすごい。テニス四大大会を連勝して、ついに世界ランク1位に上り詰めた。昨年の全壕オープンのときには72位 だったというからまさに破竹の勢いそのものだ。今回の戦いの2セット連取でなかったところも本物の力強さを感じさせる。勝利の寸前まで行って落したセットの後に持ち直した精神力に驚く。21歳という若さを考えればまだまだ成長過程でしばらくは楽しみが続きそう。19-1-26

 

過去に政治家は二流だけど役所は一流だから日本は大丈夫と言われた時代があったのだが、今は政治家は三流で役所は二流に成り下がったようだ。残りの頼りは企業なんだけど、これも不祥事だらけで期待できそうにない。とにかくどこにも嘘がはびこっている。正直と勤勉もすでに過去のものなんだろうか。それなのに本屋には今も日本は素晴らしいとほめちぎる本がたくさん並んでいる不思議さ。19-1-25

 

ある人が『人間は泣くところはだいたい同じだが、笑うところは人により違う』と言っていた。たしかにそうだと思う。泣くところでも個人差はあっても笑うところほどその差は大きくない。テレビなどでも二人や大人数で笑っていても何がおもしろいのかまったくわからないときが多々ある。人それぞれには笑いのツボがあってそこを刺激されないと笑えない。同じツボの人との会話は楽しく弾む。19-1-24

 

幼いほど英語より国語が大事。もし、英語なんかを学ばせる時間があるなら国語の力を身に付けさせたほうがずっといい。とにかくどの教科においても国語が基本になる。読解力や表現力が伴っていなければ英語を正しく理解するのさえむずかしい。かりに思考まで英語でやるというのならまだしも、ただ単に慣れさせるためにやるのは時間の無駄 。思考の基本があれば後からでも簡単に追い越せる。19-1-23

 

この前の卓球交流大会で口惜しい思いをしたせいとレベルが余りにも違い過ぎるけれど全日本卓球選手権の女子決勝の伊藤の戦いを見て大事な点を学んだ気がする。その第一は自信を持つこと、不安になると普段できることも失敗してしまう。第二は不調に陥っても次のセットに持ち越さない気持の切り替えの強さを身に付けること。ステップアップにはこのふたつを強く意識する必要がありそうだ。19-1-22

 

もうひとつの運試し。今年のお年玉付き年賀はがきの当選は切手シートが一枚のみだった。82分の1だから運だめしとしては微妙なところだ。もう1枚くらい当たってもいいような気もするけれど、とにかく1枚当たってくれてよかったとも思える。1か0の違いはすごく大きい。もし0だったとしたらせっかくの確認も無意味に感じてしまうわけだから、とりあえずよかったと受け止めなくては。19-1-21

 

真夜中のブルの音に不安がよぎる。その除雪のためのブルトーザ−はだいたい0時頃に大きな音を立てスピードを上げながらやって来る。もしも、『ガリガリガリ』や『ガガー』の音がより大きければ不安はさらに増す。寝入ろうとしている布団のなかで、駐車している車の横に山になった雪の塊を想像すると滅入っていまう。道路の確保のためしかたないとはいえ朝に見る雪の塊の山には落ち込む。19-1-20

 

街に出掛けるときに必ず確認する6点セットがある。それは紙幣と免許証やキャッシュカードなどの入った財布、小銭入れ、家の鍵、敬老優待乗車証、遠近両用眼鏡、そして携帯電話。この中で注意をしているはずなのに忘れた経験のあるのが携帯電話。出掛ける直前にバッテリーの少なさに気付き急きょ充電を始めたときにその危険性は高くなる。一度手にしたことで持ったと勘違いするのだろう。19-1-19

 

それぞれの時間。新聞におもしろい見出しと記事を見つけた。『土星の輪 誕生意外と最近』という見出しで、記事には輪ができたのは1億年ほど前で『あと1億年足らずで消滅』と書いてあった。土星誕生から46億年に比べると1億年もそうなるわけだ。それぞれに与えられた年数によって、その長さの捉え方はまったく違ってくる。自分では10年前は最近でなく、10年後は足らずに思える。 19-1-18

 

台風のときもそうだが実況中継のとき実際よりも大袈裟に言う傾向がある。全国ニュースで視界が50メートル近くもある単なる吹雪を「ホワイトアウトになっている」と叫んでいた。これでは知らない人はホワイトアウトをまちがって認識してしまう。車で1メートル先も見えないような恐怖の体験をした者からすると、あんなものと誤解されたら最悪の結末を招きかねないからその責任は大きい。19-1-17

 

乾燥膚がかゆくて辛い。膝から足首にかけてのかゆみなんだけど、とくに膝の裏側がかゆくなる。かいちゃいけないとわかっていてもついついかいてしまう。それで増々膚が痛んでかゆさも増していくという悪循環を繰り返す。乾燥膚は年寄り特有の症状だから何とかうまく付き合っていくしかない。せめてもの潤いにとスキンクリームを塗って和らげる努力はしている。とにかくかかないのが大事。19-1-16

 

近年、『年賀状止めます』宣言が流行りのようになっている。自分のところにも2通 届いた。多少寂しい気持もあるけれどスッキリしたのも事実。年賀状を完全に止めようとは思ってないが、現在の80枚から50〜60枚にしたいと考えている。なんの記述もなくあくまでも儀礼的と感じられるものから削ってきて今の枚数になっているのでこれからは新たな基準を作らねばならない。年末の課題。19-1-15

 

続き。自分では身に付けたと思っていたものが、試合になると発揮できないというのは本当に身に付けたとは言えないのだろう。観戦する人達のいる前でやる緊張感とチームの一員としてのプレッシャーは自由に楽しくやれる練習とでは大きく違う。『練習は真剣に試合は気楽に』との言葉は何年も前から知っているけれど、それを実行するのは難しい。それでも、この口惜しさをバネに頑張りたい。19-1-14

 

学校解放で卓球をしている同士の地域交流大会に参加。すべてがダブルスで3勝2敗と勝ち越しチームも6チームのなかで優勝したのだが、いまいち喜べない気持が燻っている。それは、負けた試合で余りにも単純で情けないミスを連発してしまった口惜しさのせいなのだ。最初の失敗が尾を引き、途中で回復もせずに最後まで行ってしまった。試合慣れしてないとはいえ、精神的な部分も鍛えねば。19-1-13

 

流雪溝への雪捨てをしていると、近所の情報がいくつか入ってきた。顔見知りの人も同時に雪捨てをしていたので挨拶のあと何気ない話をしていると、つい最近亡くなったという人と引越した家があると聞かされた。ここに住んですでに10年以上経っているわけで、その間にも数人の人の死亡や転居を見聞きしてきた。そして、新たに建てた家に若い家族が住み始め、世代交代が確実の進んでいる。19-1-12

 

懐かしく嬉しい友からの電話。大学時代に同じ美術課程で学んだ同級生からの電話にびっくり。彼は卒業後に横浜で教員になっていたので、25歳の頃東京に行った折に横浜で会って以来の45年振りの会話だった。これも年賀状のやりとりがあってのこと。簡単ではあっても互いに近況を知っていたから電話をしようと思ったのだろう。今のことから学生時代の思い出まで話は1時間以上に及んだ。19-1-11

 

102人中の43番。今年最初の運試しは吉と出た。すっかり1月の恒例となった市民ホールの部屋を借りるための受け付け順を決める抽選番号札が43番だった。これは願っていた番号にかなり近くてホッとした。もちろん、若い番号であればそれに越したことはないが、高望みをしてがっかりするよりは真ん中辺りがちょうどいい。おかげで半年分の希望の部屋が取れたから年初めの運に大満足。19-1-10

 

去年の4月からほぼ毎朝血圧を計って記録している。それも1回でなく4回計る。それは、変動幅が結構大きいので平均値を出すためにそうする。ときには20近くも違うときがあるのだ。それとほとんどの場合最初のが高い。他にも月によっての変化もわかった。5、6月は平穏で、7、8、9は上下動が少し大きくなり、10、11、12月は高めになっている。全体の平均は145辺りだろうか。19-1-9

 

ようやく卓球。年末年始と運動不足だっただけに久し振りにかく汗が心地よい。3時間ほどだがほとんど休みなく動き回った。体の心配なく活発に動けるのは本当に幸せだと思う。これも50歳のときから意識的に長距離を歩き始めたのと6年前に始めた卓球のおかげであるのはまちがいない。この幸せを維持して持続させるためにも歩きと卓球は必要不可欠な時間としてしっかり心に留めておきたい。19-1-8

 

気になっている話し言葉は他にもある。誘いを断るときに「大丈夫です」と言うのがどうにも理解できない。これまで使ってきた『問題や心配のない様子』の意味からするとかなり無理がある。これだけ広まっているのはきっとどこかの有名人が何度も口にしたに違いない。ここでの『大丈夫です』は明らかに『結構です』の拒否の意味で使っている。『全然』と同様にこれも定着していくのだろうか。19-1-7

 

お餅、お肉、お魚、お野菜、お箸、お塩、お醤油、お味噌、お刺身などなど上げたらまだまだ切りがなさそうだけど、最近は男もそれもいい歳のおやじもこの言い方を平気でするようになったようだ。かつては女言葉だったはずのものが男に広まったのはなぜなんだろう。それがどうにも気になる。その内、おリンゴ、おミカン、さらにおブドウ、お梨、お柿にまでいったりして。勝手だけど何かイヤ。19-1-6

 

そして昨日、再びプリンタのメーカーに電話をして修復のアドバイスに従いながら進めるのだが、パスワードのところで拒否され止まってしまう。どうにも原因が判明しないので、今度はパソコンのマックに電話をした。そうすると、異なるパスワードを入力していたことに気付かされる。パスワードがいくつもあり勘違いしていたのだ。これで何とか回復したとはいえ、全てで3時間も掛かり疲れた。19-1-5

 

外は穏やかなのに家の中は穏やかじゃなかった。昨日、追加の年賀状を印刷しようとしたら、今度はプリンタが反応しないのだ。何度か操作をやり直してもコードの確認をしてもやっぱりダメ。ふと思い出したのだが、パソコンのOSを再インストールしてから初めてのプリントだったのでここに原因があるのではと推測した。そこでメーカーに電話すると『3日まで休みです・・・』との音声が。続く。19-1-4

 

穏やかな天気に恵まれのんびり過ごす。まったくといっていいほど雪も降らず風も吹かずのお正月三ヶ日だった。おかげで雪かきはまったくしないで済んだ。年末まで小雪だったので、いつか帳尻合わせに大雪がくるのではと心配していたけれど、少なくともお正月ははずれてくれた。いつもとは違うときなのでなおさら嬉しい。これもいつまで続くのか。とにかく、穏やかな一年であってほしいもの。19-1-3

 

お正月を迎えたばかりなのに、もう帰省ラッシュが始まっているようだ。近距離の場合ならまだしも遠距離の車の運転をする人は疲れて大変に違いない。それも往復なわけだから年末年始はのんびりできる時間よりも運転している時間のほうが多くなってしまうのかも。本州の渋滞の映像を見ていて、そんなふうに思ってしまった。きっと、帰省は親に喜んでもらうためと考えて頑張っているのだろう。19-1-2

 

新しい年の始まりを知らせてくれる年賀状が朝8時半に到着。いつもより分厚いけれど読みごたえの乏しい新聞を読み終えた直後に届いた。思っていたよりも早く、ちょうどいいタイミングに驚く。でも、正月気分を早めに感じさせてくれのは有り難い。さっそく確認すると、行き違いのものが10枚以上ある。これは毎年の悩みでもあるけれど、すぐに何枚か書いて投函した。これも元旦恒例のこと。19-1-1

 

 


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NAKAHASHI OSAMU

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さ17