ある日のひとこと

 

 

=そのときどきの、思いついたこと、感じたことを書き留めてます=

 


 

日大のアメリカンフットボールの問題を見ていると、政治家の無責任体質が官公庁だけでなく教育現場の大学にも蔓延しているのがよくわかる。自分の保身のためには部下どころか守るべき学生でさえも嘘を重ねて平気で裏切る。どうにも信じ難い言動だが、これは巨大マンモス大学である日大のナンバー2だというからあきれる。そんな人間がその立場にいられるのも不思議だがそれが現実の世界。18-5-23

 

個展に出品予定の15点がようやく出来上がり、その他の準備に取り掛かる。まずは作品の写 真撮影。幸い晴れていて部屋の中は充分明るい。これは絶対必要条件。自然任せのライティングなのでいつも苦労している。次には額装。これは結構時間が掛かる作業になる。ガラスをきれいに拭いてから作品を入れたはずなのに、また汚れを見つけたりするのだ。もちろん、すべてをなくすまでやり直す。18-5-22

 

3日前の夕方、最近すっかり定着した散歩コースで遠望できる手稲山がすごく近くに感じられた。山の緑が迫ってきて、これまで感じていた距離の半分くらいにしか見えないのだ。どうしてなのか不思議だったが雨上がりの薄曇りと新緑のせいだったのだろう。昨日今日は晴れていて斜め後ろからの夕日を浴びた手稲山はいつものように霞んで遠くにそびえていた。遠くに見えるこっちのが方が好き。18-5-21

 

個展まであと1週間と迫ってきたが制作はまだ続いている。しかし、3日ほど前から手掛けている小品が意図するようにできずに3度もやり直した。行き詰まりを何とか抜け出そうと試行錯誤するのだが悪い方に進んでしまうのだ。しまいには打つ手もなくなり、失敗作として制作の継続をあきらめる。それまでの積み重ねが消えるのはつらかったが、失敗から得るものもあり4回目でようやく完成。18-5-20

 

午前中で終る運動会が増えているようだ。その一番の理由が小学校でも始まる英語の授業時間を確保するためだというから情けない。それでなくても子供の外遊びが減り体力低下が社会問題になっているのにさらに運動する機会を減らそうとしている。長い目で見れば小学生時代の英語よりも基礎的な体作りの方が大事なのは明らか。英語は後からでも身に付けられるけど基礎体力はそうはいかない。18-5-19

 

続き。明るくて外も眺められ晴れていればひなたぼっこもできるのでそこに座りたい気持はよくわかる。他にもひとりなのに立ち止まったりきょろきょろしてなかなか座る場所を決められない人、こちらもひとりで水やお茶をコップふたつで持っていく人、コップひとつでまた汲みに行く人、仲間なのにひとつ席を開けて座るなど人それぞれ。そして、自分のこだわりの席は出入りのしやすい端の席。18-5-18

 

窓際の陽のあたる場所を求めて。市役所の大食堂で食事をしていると、おもしろい行動パターンがいろいろ見えてくる。どの年代もその傾向があるが、特に年配者が座りたがるのは配膳場所から一番奥つまり遠くにある窓際の席。トレイを持ってそこまで移動するのは大変なはずなのにそこに行きたがる。埋まっているときは近くに座り、空いたらすかさず移動。とにかく、窓際にこだわる人が多い。18-5-17

 

朝方は涼しかったのに昼頃から気温は上がり24℃になった。暑いというほどの気温ではないのになぜか不快なものを感じた。これは何年か前からだけど、冬の寒さよりも夏の暑さのほうが辛く感じるようになったのだ。寒さには防寒で対処できても、暑さにはせめて日陰を探すより対応のしようがない。こうなったのも年齢が関係しているのだろう。でも、まだ寒さには適応できているからいいか。18-5-16

 

シルバー川柳が的を射ていておもしろい。シルバーが何歳からなのか定かでないが仲間入りしているのはまちがいなく、納得できるものもいくつかある。『目覚ましのベルはまだかと起きて待つ』は度々経験するのだがどうして少し前に目覚めるのかが不思議。『動かないエレベータや 押し忘れ』これも何度かしたことがある。閉じるを押して安心してしまうのか1階を押し忘れてしまうのだ・・。18-5-15

 

同い年のいとこからの葉書。生まれてからずっと住み慣れた仙台を離れ、娘さんのいる大阪へ引越したとの報告。2年前に突然旦那さんが亡くなり、かなり落胆していた。最近、元気に動けるうちに新しい生活を始めたいとも言っていた。2011年に仙台に訪ねたとき「今度は札幌で会えるといいね」と話したのに、さらに遠いところに移ってしまった。大阪弁に慣れて元気に楽しく暮してほしい。18-5-14

 

制作をひと休みして個展の案内状の宛名書きをする。友人や知人、長年作品を観てくれている人や知り合いの作家など顔のわかる人から書き始めていく。次に前回の芳名帳を参考にして書くのだが、どんな人だったかわからないので出すかどうかで迷う場合も多い。そこで、前回は芳名の横に気に入って観てくれた人かそうでないかの小さな印を書き加えておいた。おかげで迷う時間は随分減らせた。18-5-13

 

6月末に予定している『歩く度』の予約を済ます。今度は北海道最南端の岬で松前町にある白神岬への旅になる。昨年秋に到達した五稜郭から歩き始めて木古内町に行き、次の日は福島町そして3日目に白神岬を目指すという計画。無事に木古内と福島町の宿を確保できたので安心して個展の準備に専念できそうだ。『歩く旅』の場合は宿が決まらないと実行できないから、宿の予約はとっても大事。18-5-12

 

続く。そして、座席の座り方にも問題がある。これに関しては高齢者に限らずすべての世代に言えるのだが、6人が座れるよう座席に記された印を無視する人が結構多い。それに加えて座った横に平気で荷物を置き誰かがその前に立っても膝の上に置かない人もいる。自分が座ってしまえば何も気にならないということか。譲り合いの精神が見えてこない。そんな人達を目にする度に譲る気持は萎む。18-5-11

 

自分よりも高齢者であっても積極的に席を譲ろうという気持になれない理由のうちのひとつ。70代後半と思われる杖をついた女性は地下鉄の優先席を示す乗り口から入ってきたのに、空いている優先席に行かずに普通 席に座ったのだ。これではいったい誰のための席なんだろうと思ってしまう。細かいことに気を遣えなくなるのも高齢者の特徴ではあるけれど、その真意がどこにあるのかわからない。18-5-10

 

桜が満開のときには桜色に目を奪われていたが散ってしまうと今度は新緑の若葉が目に飛び込んできた。これも桜に負けず劣らず美しい。黄緑色の葉は若々しく活力をみなぎらせて輝いている。これから日に日に緑が増えていき安春川の遊歩道が緑に覆われる日もそう遠くはない。秋には見事な紅葉を楽しませてくれるし、冬には雪の積もった木の枝が青空に映えてこれも美しい。安春川の四季に感謝。18-5-9

 

その昔デザインやイラストの仕事をしていた頃、『巧遅拙速』という言葉が身に沁みた経験がある。この意味は『上手だが仕上がりの遅いこと、まずくても仕上りの早いこと』で急いでいる場合や仕事が混んでいるときには拙速の方を求められた。納得できるまでやりたい性分だったので、これが結構難しくつらいところで、その辺りもとことん追求できる美術作家になりたいと思った理由でもあった。18-5-8

 

昨日までの雨が嘘のような五月晴れに。しかたがないとはいえ天気の流れが不運。とにかく連休を終えて、個展がかなり近づいてきた感じがする。まだ制作予定の作品は4点あるので気を抜けない日が続く。すでに完成した作品は額装して壁に掛けられてあり、それらを眺めながら個展会場での展示レイアウトをイメージしたり、あと何点必要かを確認している。間もなく案内状の宛名書きもやらねば。18-5-7

 

ゴールンウィークの後半は雨にたたれがっかりした人が多いに違いない。観光や行楽に行こうとしていた人は楽しみにしていた予定が変更になったり、その人達を迎え入れようとしていた人も当てがはずれてしまっただろう。天気ばかりはどうしようもないがタイミングが悪すぎる。自分にとっては制作の日々なので天気は関係ないようでいてそうでもない。日中の陽の暗さが微妙に影響してくるのだ。18-5-6

 

満開の桜を眺めながらの散歩ができるのは今しかないと思い最近は安春川の遊歩道を歩いている。すでに花びらはひらひらと舞い落ちゆらゆらと川を流れ、遊歩道には寄り集まってピンクの塊になっている。散歩は遊歩道の先にある大きな牧場へと続いていく。ここからはまだ残雪のある手稲山を一望できるので急に雄大な風景に一変する。牧場を1周したあとはまた安春川の桜に出会う贅沢なコース。18-5-5

 

そして、薬を飲み始めて5日目の朝に飲むのを忘れて出掛けてしまったのだ。でも、とくに頭の変調は起きず血圧もそれまでと変わりはなかった。これが後にいいきっかけになってくれた。それから3日飲んでもいい意味で同じ状態が続いたので、そこで薬を止めることに。飲まずに済むならそれに越したことはない。最初の目的は頭の変調を治すことだったが、薬の使い方がわかったのも収穫だった。18-5-4

 

続き。とくとく健診のとき、医者に伝えたのはこの頭の変調だった。案の定というかやっぱりというかそれは血圧のせいと即断されてしまった。そして、降圧剤の服用を勧められたのだ。これまではその度に断ってきたが頭の変調を早く治したいために受け入れる決意をした。とりあえず2週間分を出してもらい翌朝から飲み始めると、その日から血圧に変化が出て3日後には頭も治まり始めた。続く。18-5-3

 

幸いなことに長時間制作をしても頭の変調は起こらなくなってくれた。これがなによりも嬉しい。でも、調子に乗ってやり過ぎるとまた起こりかねないので休憩タイムを入れるの忘れないようにしなくては。集中してやっているともう少しもう少しとどうしてもやり続けてしまう。これが危ない。だから休憩は意識的に取る必要がある。これから最後の大事な追い込みに入るのでなおさら気をつけねば。18-5-2

 

気になる言葉遣い、それは『素直に嬉しい』とか『純粋に嬉しい』などとあえて『素直に』や『純粋に』を付け加える言い方。そうするのは普段の『嬉しい』には素直でも純粋でもない違う気持が含まれているというのだろうか。そうなると本当の気持を伝えるときには『素直に悲しい』とか『素直に楽しい』などと素直を付けねばならなくなる。いつも素直にしていれば『嬉しい』だけで充分伝わる。18-5-1

 


 

1日もうけた気分。昨晩床に付き寝ようとしたとき、明日は火曜日だと思い目覚ましをセットしておいた。目覚ましより早く起きて新聞を見ると、何と日付けは月曜日になっている。このときまですっかり火曜日のつもりでいた。昨晩、何故そう思ったのかどうにもわからないが、おかげでまるまる1日がプレゼントされた気分になった。しっかり制作に当てたが、これが逆でなくて本当によかった。18-4-30

 

季節は巡る。安春川沿いの並木の桜が咲き始め、川の流れも復活していよいよ春の舞台が整えられた感じがする。これからしばらくは暑くなる前の春の陽気を楽しみたい。春夏秋冬どの季節もしっかり巡ってくるが、白一色に覆われた冬のあとの草木や花の芽生えや開花の春は心を弾ませてくれる。夏と秋は春と冬の間にある季節で、その区切りははっきりしない。春はやっぱり始まりにふさわしい。18-4-29

 

頭がボワーっとしてザワーっとする原因がわかった。それが何と、こまったことに集中して制作したあとに出てくるのだ。集中して描けるのは嬉しいことなのにそれがきっかけになるとは。検診のとき医者から目の使い過ぎはいけないと言われていたのをこのときになって思い出した。でも、あと1ヶ月間集中して制作しないわけにはいかないので、せめて2時間置きには目を休ませるようにしよう。18-4-28

 

白線といえば小学校の運動会のときの白線にも心が躍りわくわくしていた。運動会前日の白線が引かれる段階からすでに興奮していて、その作業を眺めているだけでも楽しかった。引かれていく白線はまるでグラウンドに絵を描いているようにも見えておもしろかったのかもしれない。引かれた後には線を踏まないようにして予行練習のつもりで走り回っていた。それほど運動会が大好きだったのだ。18-4-27

 

横断歩道の真新しい白線を見るとわくわくしてしまう。まだ少ないけれど所々に現れていて、そこは輝きを放っている。これに出会うと思わず大股歩きをしたくなる。白線から白線へと歩を進めて渡るのだ。かなり昔に聞いた情報ではこの間隔は70センチだという。自分の身長からするとちょっと頑張らねばならないができないことはない。運動好きにとっては少し付加を掛けるくらいが心地よい。18-4-26

 

これは使えると喜んだはずのネタが思い出せない。地下鉄までのいつもの道すがらに、この『ひとこと』に使える種が閃いたというのに頭から消えてしまった。もしかしたら思い出すかもと道のりを脳裏に辿ってみても何も引っ掛かってくれない。こういった閃きは消え去る場合が多いので必ずメモするようにと心掛けていたはずなのに・・・。閃いたところまではしっかり覚えているのはどうして。18-4-25

 

16日以来8日振りに卓球をしてたくさんの汗をかく。散歩ではうっすら汗ばむ程度だけど今日の卓球では滝のように湧き出てきた。きっと、しばらくできなかった分もたまっていたのだろう。とにかくスッキリさっぱりして気分も爽快だ。下痢のせいで1キロ落ちて61キロになっていた体重が60キロになっている。お腹は完全に回復しているのでしっかり食べて早く62に戻したいと思ってる。18-4-24

 

久し振りに近所を1時間弱の散歩。歩き慣れた道とは違う道を選んで歩いてみた。まったく初めての道ではないけれど何となく新鮮な感じがする。行きは直線で帰りは変化をつけるためジグザグで歩いてみた。住んでいる街は完全な碁盤の目になっているので、斜めに向かう場合はたくさんのルートが可能になる。曲りながら歩く分だけ遠回りになっても方向を替えて住宅街の変化を見るのも楽しい。18-4-23

 

お腹の具合が悪くなる。お腹が張った状態になり少しむかつき始め、トイレに行くと完全に下痢になっていた。食当りの気がするけど何が原因なのか思い当たらない。わかったとしてもどうしようもないが今後のためにも知りたかった。当然食欲もなくなり、こんなときはへたに食べないほうがいいので水分だけを取っていた。夜になってようやくリンゴをかみしめながら食べる。もう少しの辛抱だ。18-4-22

 

続く。無責任の蔓延。今回の自転車の件もそうだが、犯罪から逃れられるならなかっことにしたいという態度と姿勢を国のトップ連中がこれだけ重ねて行えば、それもありの国なんだと受け止めても何ら不思議ではない。普段から上目線で独自の美や道徳を押し付けようとしているのだから、それを見本とされるのは当然の成り行きだ。もっと言えば、それが正しい生き方として奨励しているみたい。18-4-21

 

自転車で小学生に激突し重症を負わせたのに介護せずに逃げた大学生が逮捕された。これまで何度もテレビや新聞で報道されていたのになぜ出頭しなかったのか疑問。事故のときは大怪我に気付かず動転していたかもしれないが、報道で事の重大さは十分わかってたはず。もし、捕まらないと考えたのならもっと悪質だ。あの事故の責任は100%自転車側にある。自転車に乗る人は肝に銘ずるべき。18-4-20

 

春の陽気を通り越して初夏のような暖かさにとまどう。札幌では今年初の20℃超えを記録した。ここまでくると長袖だけで歩いていても汗ばむようになる。一昨日は17℃で「寒くもなく暑くもなくて過ごしやすい気温だよね」と話していたのに一気に上昇してしまった。できるなら17、8℃の辺りでしばらくとどまってくれると嬉しいのだが、また乱高下して気持も体も揺れ動かされるのかも。18-4-19

 

日常的に継続していることはとくに意識するわけでもなくこなせるが、1年以上そこから離れているとおぼつかなくなるものだ。それが2、3年どころか5年も10年も経つとすっかり忘れてしまう。それを取り戻そうとすればかなりの根気とエネルギーが必要になる。あれほどやったのに何故できないのだろうという悔しさも生まれるからなおさら疲れる。これからそんな体験が増えるに違いない。18-4-18

 

来月末の個展の案内状作りに手間取る。昨年の個展のときは自宅のパソコンで印刷までもやったので、印刷を業者に頼むのは2年振りになった。この間隔が問題で、苦労するはめに。つまり、作成や入稿の方法や手順を忘れてしまっているのだ。いちいち確かめ試行錯誤しながら作業を進めるので時間が掛かってしまう。何度も行きつ戻りつしながらもどうにか入稿を終えたがどっと疲れてしまった。18-4-17

 

不満と不安。このふたつには外に向けての気持と内に向けての気持の違いもある。不満の段階ではまだ自分の力で何とか打開できるのではという思いもあり行動に移せる力もあるが、不安になると最悪の事態になるのではという心配に支配され閉じこもるか強い力に頼ろうとする。不満は改革や変化を求め、不安は現状維持を願う。20代30代の自民党支持率の高さはこの辺りに理由がありそうだ。18-4-16

 

クロネコヤマトの銀輪部隊。自転車の荷台の箱に配達物を入れて運ぶヤマトの人を近所で見かけた。これはいいアイデアだと思う。大きな物でなければいくつも運べそうだし、駐車の心配もなく小回りもきくから効率的かもしれない。これだと車から配達先まで必死に走る必要もなくなる。集積場所から近いところはこれが増えるような気がする。やけに軽快に走るのでよく見ると電動自転車だった。18-4-15

 

隣町のアトリエに出掛ける用事があったのでタイヤ交換をした。天気予報を確認すると来週も10℃どころか17、8℃の日が続いているのでもう大丈夫と判断。タイヤ交換は春と冬の恒例行事のようなもので、共に季節の移り変わりを実感する。ただ、春は何となく嬉しい作業だけど冬はゆううつに。久し振りの郊外はすっかり春になっていて清々しい気持になれた。窓を開けるのはまだ先のよう。18-4-14

 

政治や役所のみならず大相撲も納得できないことばかり。今度は巡業での力士とのちびっこ相撲から女の子を排除するという。その理由が「怪我をさせられないから」とは的はずれも甚だしくてあきれてしまう。それじゃ、男の子は怪我をしてもいいのか。そもそも幼いころは女の子のほうが強かったりもする。本音で「女は絶対土俵に上げたくない」と言うべき。そして、暴力の伝統も守ればいい。18-4-13

 

続き。小さな異常とはこめかみに少し圧迫感が出て、その何日か後に頭がザワ−っとしてきたのだ。常にそうなっているわけではないので問題はないと思ったが、念ため健診を利用することに。基本の検査を終えて、問診のときにそれを伝えると「風邪ではないみたいですね」とあっさり流されてしまった。不思議なものでそれからは症状も徐々に治まり、受診した甲斐はそれなりにあったみたいだ。18-4-12

 

とくとく健診。札幌市の特定健康診断を家の近くの医院で受けてきた。基本健診は無料で、付加健診は希望すれば500円でやってもらえる。前回のとき特に問題がなかったので基本だけにした。3月までに受ければ前年度のを使えたのに、4月に入ったので今年度のを使うはめに。もったいないことをしてしまった。それは、4月に入ってから体に小さな異常を感じたため急きょ受けたというわけ。18-4-11

 

誠実と丁寧という言葉が日本から消えようとしている。それに反する態度を取り続けてもまったく気に掛けることなく平然としているのは言葉の意味を変えようとしているのだろう。国の首相がそうだから議員のみならず官僚や役人の間でも言葉の重みは消え去った。平気で公文書を書き換え、あるものをないと嘘を付き、発覚すると責任逃れに奔走する。これが道徳教育を進めようとする人達の姿。18-4-10

 

大谷の快進撃が止まらない。初打席でヒットを打ち、初先発で勝利し、3戦連続でホームランを打ち、7回までに12奪三振をして2勝目をあげた。もはや『すごい』という言葉では言い表せない異次元の領域に入っている。活躍するとは思っていたがこれは想像も期待もはるかに超えた領域だ。とくに、大谷のすごさを知らなかったアメリカ人にとっては『アンビり−バブル』な白日夢にちがいない。18-4-9

 

朝、カーテンを開けるとうっすらと雪が積もっていて驚く。寒の戻りといったところか。寒の戻りとは『立春から四月にかけて一時的に寒さがぶりかえすこと』となっているが、こういった季節の言葉のほとんどは本州に当てはまっていて北海道では1ヶ月から2ヶ月遅れになることもある。花冷えは『桜の咲くころの言葉。四月の上旬ころ』となっていて、こっちは1ヶ月先の5月の上旬になりそう。18-4-8

 

体脂肪率が15%。北区の体育館で初めて体脂肪率を計ってみた。係の人に使い方を教わり、出た数字がどんなものなのか聞くと、ほぼ平均だという。自分としてはたくさん歩いているし卓球もしているから低い方を期待していたのでちょっとがっかりした。でも、もう少し詳しく知りたくてネットで調べてみると年齢によって異なり、自分に当てはまる平均は20%になっていたのでそれならと納得。18-4-7

 

まず、止まってしまったのが北郵便局のすぐ前で自宅まで歩いて10分の場所だったこと、そして郵便局の駐車場までの移動に二人の男性が手を貸してくれたこと、この助けがなければもっと辛い思いをしていたはず。たまたま持参してなかった保険会社の連絡カードを確認するため一旦自宅に戻り、電話を入れると30分後には来てくれるという。また車に戻り、間もなく給油してもらって一件落着。18-4-6

 

止まった場所は道路上。車を早めに歩道に移そうと、後ろから来た車に手で合図して通 り抜けてもらい、そのスキにハンドルを切りながら力を振り絞って車を押した。片手で押す力なので半分までしか上げられない。そこに救いの手が現れた。若い男性が声を掛けてくれ、押すのを手伝ってくれたのだ。おかげで完全に上げられた。この自ら招いた失態には他にもいくつかの幸運が重なっていた。続く。18-4-5

 

ガス欠。とうとうやってしまった。車の燃料計がエンプティの側にいってるのはしっかり確認していたし知っていた。それなのにまだ大丈夫と甘く見ていた。そして、それは突然やってきた。まず、エンジン音が急に弱まり、速度も落ちて止まりそうになった。一度は持ち直したが200メートルほど走ったところで完全に止まってしまった。エンジンを掛け直してもまったく反応してくれない。続く。18-4-4

 

エンゼルスの大谷はやっぱりすごい。メジャーリーグのバッターとしての初打席で初球をヒットしたあと、今度はピッチャーとしての初登板で初勝利を上げた。もちろん、二刀流として活躍することは確信していたが、これほど鮮烈にデビューするとは思っていなかった。ボールやマウンドやルールの違いもあり、それに慣れるにはもう少し時間が掛かるのではと予測していた。でも、それも杞憂とは。18-4-3

 

月のある作品を描いているとき、ふと『空の向こうの宇宙を描きたいのだ』との思いがよぎった。どこまでも限りなく延々と続く空間を描きたいのだと。もちろん、空には奥行きはある。でも、昼の空から無限の宇宙をイメージするのはむずかしい。地球に接しているほんの少しの距離しか見えていないのだから。宇宙をよりはっきり認識できるのが夜空。そんなせいもあってか夜空の絵が続いている。18-4-2

 

4月に入る。今年もすでに3ヶ月が過ぎ去った。年齢を重ねるほどにときの経つのが早く感じるというのはあたっているようだ。同じ時間でも発散し発揮するエネルギーは若いときとは比較にならないほど少なくなり、その分やりきった感が小さくなるのかもしれない。しかし、様々なところに振り向けていたエネルギーを絞り込んで使えるので、何かに集中すれば時間はたくさんあるとも言えそうだ。18-4-1

 


 

「あーん、カチカチ」。ブリッジの噛み合わせの確認のとき、これを何度か言われているうちに不快になり「その言い方は子供に言ってるようで嫌なので止めてもらえますか」と歯科技工士に伝えた。すぐに謝って「口を開けてください」になったが、これまで「あーん、カチカチ」に異を唱えた人はいなかったのだろうか。家に帰ってから思い返し、子供というより幼児に対する言葉だと気付いた。18-3-31

 

春を告げるといえばプロ野球の開幕もそのうちのひとつ。いよいよ秋までの長い戦いが始まった。日本ハムの開幕試合に清宮の姿がないのは残念だが、しっかり回復してからその勇姿を見せてほしい。これまで何年も日本ハムには常に全国的に注目される選手がいたのでそれが当たり前のような感覚になっている。昨年までその役割だった大谷のメジャーリーグも始まり、楽しみが倍になった感じだ。18-3-30

 

札幌市の積雪がついにゼロに。春を実感させるものはいろいろあるがこれもそのひとつ。昨年11月18日に根雪となった雪がようやく解けたわけだ。4ヶ月以上だからやっぱり冬は長い。せめて3ヶ月になってくれたら有り難いのだが。数日前から夏靴に替えているが、これで転ぶ心配もなく安心して上を向いて歩けそうだ。雪かきに取られる時間がなくなったのも嬉しい。雪のない生活の始まり。18-3-29

 

中学1年からの友達は高校時代にエレキギターを始め、今も同年齢3人のオヤジバンドのリーダーとして楽しんでいる。その彼らのライブが4年振りに35人ほどの友人、知人の前で開かれ、その裏方として準備から本番、後片付けまで半日手伝った。懐かしいグループサウンズやビートルズの曲を聴いていると20歳の頃を思い出し若返った気分になれたし演奏し熱唱する3人もイキイキしていた。18-3-28

 

5月末の個展に向けての水彩画の制作は続いている。今年に入ってから本格的に取り組み始め、そのときはまだ余裕があると思っていたはずなのに、あと2ヶ月となると随分迫ってきた感じがする。ここまでくると作品だけでなく案内状の制作も頭に入れておかねばならない。これが結構手間取るので手をつけるまでが大変。掲載する作品は決めているが、それを超えるものが出来るよう頑張りたい。18-3-27

 

よく知っている人の名前がすぐに出てこなくて、あいうえおから始めて最後まで行くとかすかに「た」が引っ掛かった。キッカケをつかめたはずなのにその先がなかなか出てこない。顔はしっかり思い浮かぶから、そこからふっと湧いてきてもよさそうなのに出てこなかった。必死に思い出そうとしても頭が空回りするので諦めた。すると、不思議なもので少し間を置いたら閃いた。これって何なの。18-3-26

 

『大人になるとは自分の居場所を作ること』。ある本のなかにこんな文章を見つけた。なるほどと思ったのは『居場所を見つける』のではなく『作る』という部分。すでに出来上がっている場所に居着くのではなく、自らその場所を作り上げる大切さを言っている気がする。求める居場所は人それぞれ違う。それぞれがそれぞれの思いや願いや情熱や夢などを胸に、その実現のため努力を重ねていく。18-3-25

 

妥当な決定。日ハムの新球場建設地がようやく北広島市に決まった。1月末の時点ですでにこの流れはできていて、ここまで発表を延ばしたのは札幌市に気をつかったためだろう。新幹線のホームも同じわけで、狭い場所に無理矢理押し込めるよりは空いている広い土地に建てる方がずっといい。これで観客の輸送や渋滞の問題なども、これまでより具体的に検討できるはず。真駒内も落ち着きそう。18-3-24

 

恵庭OL殺人事件の再審請求が棄却された。2000年に起きたこの事件については、2度もテレビニュースのための法廷スケッチを描いているので強い思い入れがある。それぞれ30分くらいずつしか傍聴できなかったが、一番前の席から間近で見た被告の印象と裁判の内容としては白に近かった。被告は一貫して無罪を主張してきたが控訴も再審もことごとく棄却されてきた。18年の経過に驚く。18-3-23

 

友と飲む。夕方5時に待ち合わせの約束だったけど、10分前にそこへ行くとすでに彼は待っていた。似た性格のせいでだいたいいつもこのパターンになる。さっそく居酒屋に向かう。ビールで乾杯してからまずはお互いの近況を語り合う。その最初に体調に触れるのもすっかり恒例になっている。同年齢なので何かかにかの問題を抱えているのだ。共に楽しい時間を持てるのも元気でいられてこそ。18-3-22

 

朝は寒かったけれど昼は暖かく穏やかで春分の日にふさわしい一日になった。こういった一年の節目の日、つまりほかには秋分の日や夏至、冬至などは晴れであってほしい。晴れでなく曇りや雨や雪だと陽の長さや短さを実感できなくなってしまうから。とくに夏至のときは晴れてくれないと寂しくなる。明日からは日一日と昼の時間が長くなり、朝夕を明るいなかで過ごせるようになるのが嬉しい。18-3-21

 

信濃デッサン館が閉鎖。ここは2009年に訪れたところで、村山魂太や松本俊介、関根伸夫などのデッサンに感動したものだ。近くにある無言館よりもこっちの方が見応えがあった。無言館にはたくさんの観光客がいたのに、デッサン館には誰もいなくてゆっくり自分のペースで鑑賞できたのも影響していたのだろう。しかし、それでは営業的には成立たず閉鎖に追い込まれたのは残念だが頷ける。18-3-20

 

少し前に朝の起床が5時になっていたときがあったけど長続きはせず、6時から7時の間に戻っていた。遅くなったきっかけは冬期オリンピックがあったため。11時頃眠りにつくようになったせいで、すっかり前のリズムに戻ってしまったのだ。昔何かで聞いたか読んだ話だけど、遅くまで起きているのは頑張ればできるけど、早く眠るのは難しいとのこと。たしかにこれは当たっている気がする。18-3-19

 

スマホやゲームの長時間使用による影響と思われる子供の近視が急増しているという。視力1.0未満が小中で過去最高になったらしい。その割合は小学生が33%、中学生が56%、高校生が62%とのこと。今後のさらなる普及を考えると増え続けるばかりの気がする。そして、高校生も近いうちに過去最高になるだろう。近くを見ているのに遠くを見ているような機器が発明されればいいのだが。18-3-18

 

嘘の上塗り。一旦嘘をつくとその嘘を守るためにさらに嘘をつかねばならなくなる。その嘘が自分から出たものなら、自業自得だからしかたがないとも言えそうだが、その嘘の取り繕いを仕事として任された人はたまったものじゃない。良心の呵責で自殺にまで追い込まれた人が出たというのに、そのトップはまったく意に介せず何の責任もないかのように続投するという。森友問題はきわめて深刻。18-3-17

 

水彩画を描くとき、水をたくさん使うと紙が波打ってしまうので水張りというのを施すことが多い。とくに大きな作品の場合はそうした方がいい。その水張りをする土台となる木枠とベニヤのパネル作りをした。すでにいろいろなサイズのものが何枚もあるけれど、同時進行できるように余裕を持っていたかった。これを作る材料は持っている木枠と端材で十分間に合うしそれを活かせるのが嬉しい。18-3-16

 

朝の見送りの風景。午前中の道では幼稚園バスを待つ親子にときどき出会う。その後、バスに乗った子供に手を振って笑顔で見送っている光景も目にする。そして、同じくらい目にするのが自宅前からワゴン車に乗る親を見送るその子供。子供とは言ってもすでに高齢者に近づいている人もいる。こちらは介護職員に軽い会釈をするだけで笑顔はない。送る側が送られる側になるとこうなってしまう。18-3-15

 

今度こそ本当の春を予感させる陽気がやってきた。膚に感じる空気がこれまでなかった暖かさを伝えてくれる。ようやく長い冬のトンネルから抜け出せそうだ。3月初めの大雪がなければもっと早く雪解けを迎えられたはずだけど、こればかりは天の成り行き任せだからどうしようもない。これからは本当の春を迎えるための試練のような雪解けの溜まり水の道が待っている。靴の防水をしておこう。18-3-14

 

もしも、朝日の森友問題の書き換えの報道がなければ、たとえ国会での追求があったにしてもこれまでのようにのらりくらりと丁寧とは正反対の不誠実な対応で時間稼ぎをされて闇に葬られていた可能性が極めて高い。こんな大胆な不正を組織的に(個人的になんてあり得ない)やってしまうわけだから、他にもたくさんあったと考える方が自然だ。きっと、歴史もこうして作られてきたに違いない。18-3-13

 

パソコンの迷惑メールはブラックボックスにまとまって入ってくるが、ときにはメールとして受信する場合もある。その中には楽天やアップルを名乗るものもあり、一瞬何だろうと思うけれど、それを読んでみると日本語としてまったく成り立っていないので偽りメールとすぐにわかる。多分、翻訳アプリを使っているからそうなるのだろう。つまり、日本語のわからない外国人の仕業というわけだ。18-3-12

 

水彩画制作の合間に仕事机の横にある道具入れの改造を手掛ける。この引き出し付きの道具入れは大学1年のときに木工の授業で作ったもので50年の付き合いになる。まず、紙入れの棚を作り、箱に入れた画材などを取り出し易いように手を加えた。これまでも1度改造したが今回さらに使い勝手をよくした。これで、これからの制作はより高率よくできそうだ。制作の場を整えるのも大事なこと。18-3-11

 

パラリンピックが始まった。これまでほとんど観たことがなかったので、どんな競技と戦い方をしているのかを知りたくて観てみて最初から衝撃的だった。それは視覚障害者の滑降で、先導者の指示をイヤホーンで聞きながら10メートルほど後ろを滑るのだが見事に同じシュプールを描くのだ。それも60キロ以上のスピードだからびっくり。これは競技者と先導者の団体競技のような感じがした。18-3-10

 

セクハラ、パワハラ、そしてアカハラ。セクハラ、パワハラはすでに一般的な言葉になっているけど、アカハラを初めて聞いたときは子供の頃の家の裏の川に遡上してきたお腹の赤い大きなウグイが頭に浮かんだ。もちろん、それとは関係なくアカデミックハラスメントの略。それは教育や研究の場における権力を利用した嫌がらせだという。これからも増えそうで、次には何ハラが出てくるのだろう。18-3-9

 

寒暖の差が激しいために足跡やわだちがカチンカチンに凍って歩きづらいといったらありゃしない。足の置きどころをまちがえるとふらついてしまうのでしっかり選ぶ必要がある。そして、道の脇など斜めになっているところはさらに慎重に歩かねばならない。おかげでいつもより時間は掛かるし、下を向いて歩くので疲れてしまう。でも、明日は雨の予報でその後も暖かそうなのでもう少しの辛抱だ。18-3-8

 

買うつもりだった食品が値引きされているときは迷わずそれを買物カゴに入れる。賞味期限には無頓着だから安ければ得した気分になるし、誰かが食べてあげなければもったいない気持にもなる。とにかく、まだ十分食せる食べ物の廃棄は極力減らしてほしいと常々願っている。そして、嬉しい値引きのひとつはすぐに食べたいと思っているときのバナナ。これは適度な食べ頃になっている場合が多い。18-3-7

 

「スマホは目を使わないから衰える」との主張があった。最初は何か変な感じもしたが、読んでみて納得。スマホは画面 が小さいのでほとんど目を動かさないため、使われない目の筋肉が衰えるという。なるほど確かにそうだ。上下も左右も遠近もまったく移動せず、ただただ狭い範囲に集中している。どこの筋肉も使わなければ衰えるのは当然で、他人事ながらその先に待っている世界が心配になる。18-3-6

 

タクシー代をけちった代償。高校教師が酒酔い運転で捕まった。その理由がにわかに納得できないもので、最後に飲んだ店の代金が足りず一旦タクシーで自宅に戻り、今度は自分の車でその店に向かったという。そして、その途中に横転事故を起こしてしまった。そこまで焦ったのは怪しく危ない店だったのか。タクシーに乗らなかったおかげで懲戒免職の可能性大だから、その代償は余りにも大きい。18-3-5

 

続き。その心配がさっそくやってきた。夕方、近くのスーパーまで買物に行く途中に行き交った人が知ってる人かどうかはっきりしないので挨拶せずに通 り過ぎた。その人も何も言わなかったけど、最近近所に住み始めた人のような気もする。相手も同じ気持ちだったかもしれないが、もやもや感は拭えない。その人の家の前で会ったら挨拶できても、他の場所ではまた同じ行動になってしまうだろう。18-3-4

 

嵐のような猛吹雪と大雪に見舞われ、とりあえず車の後ろに掻き集めておいた。昨日はやる気になれなかったその雪山の排雪をこんな大雪はこれを最後にしてほしいと願いながら3時間ほど頑張った。まだ3月の初めだから、きっと何回かあるに違いない。排雪溝までの雪運びを何往復もしていると、随分たくさんの人と挨拶を交すのだが、なかには顔を覚えてない人もいて今度会うときが心配になる。18-3-3

 

おとといの夜に領収書やレシートの整理をして、きのうの夜にそれらを計算して書き留め、そして今日の午前中に提出する申告書に書き込んだ。そう、これはこの時季恒例の確定申告書の作成。やること自体はむずかしいわけではないのに、手を着けるまでに何となく時間が掛かってしまう。まちがえないようにゆっくり確認しながら書き終え、猛吹雪のなかを北税務署まで歩き、無事提出。スッキリ。18-3-2

 

3月の入ったらいきなり猛吹雪と大雪に見舞われ一気に真冬に逆戻り。雪解けも順調に進んでいて、さらに加速するのではと期待していただけにショックも大きい。車の上には40センチ近く積もっていたから今季一番のまとまった降雪かもしれない。これまで例年より少ない感じがしていたけれど、ここにきてしっかり帳尻合わせをしているようだ。夜も雪マークなので明日朝のカーテン開けが怖い。18-3-1

 


 

たまに、ふと『歩く旅』のときのある光景が頭に浮かんだりする。この『ふと』というのはそのときの状況やつながりに関係なく出てくるから不思議だ。そして、それは特に印象的だったり感動的な場所でもないところがまた不思議というかおもしろい。意識して思い出そうとすることはないような、ただ黙々と歩いていた記憶にも残らないような『あるとき』がどうして急に浮かんでくるのだろう。18-2-28

 

随分陽が長くなってきたのが家のなかでもよくわかる。これまでは向かいの家の影になっていた陽が部屋の奥まで届くようになったし、夕刊も外の光だけで読めるようになった。陽が部屋に入ると暖かさもかなり違って、これからはストーブを消すときも増えてくる。着けたり消したりとめんどうではあるけれど灯油代の助けになるからありがたい。3月になると太陽の恩恵を膚で感じる季節に入る。18-2-27

 

オリンピックに明け暮れた感のある2月も終りに近づいた。はまり過ぎないよう気を付けねばと言っていたのに日本人選手の活躍もあって、ついついはまってしまった。スポーツは全力を出し切る爽快さと緊張の極限に達するハラハラドキドキの合体がたまらなくおもしろい。そして、それだけではなく様々な感動を与えてくれる。筋書きのないドラマといえば小平と韓国の選手の姿が一番印象深い。18-2-26

 

女子カーリングは劇的な勝利で銅メダルを獲得して笑顔で終えた。試合中の「そだねー」は微笑ましい北海道弁としてすっかり全国に広まったのも彼女達のおかげ。それに対してその試合の解説者の「そうですね」の連発はちょっといただけない気がした。同意を求められたときならわかるけど、必要のないときにも話の始めに必ず入ってしまうのだ。いくら口癖にしても多すぎて少しイヤな気分に。18-2-25

 

オリンピックを楽しませてもらっているが、最も長い時間観たのはカーリングにまちがいない。男女すべての試合を観たわけではないけれど、なんせ一試合に2時間以上掛かるうえに10チームのリーグ戦、つまり総当たりなので最低でも9試合はあるのだ。さらに女子は準決勝に進み残念ながら負けはしたが今夜3位 決定戦が待っている。これが最後の試合なので笑顔で締めくくれるといいのだが。18-2-24

 

いつもの2ヶ月毎の床屋でスッキリ。街での仕事の関係上ほとんどがその月の最終木曜日の3時に行くのがパターンになっている。ワンパターンと言えば、椅子に座って言う言葉も「2ヶ月分お願いします」といつも同じに。その後はすぐに目をつぶりカットはお任せになる。この、身を任せている30分ほどのひとときは結構気持いい。支払いを終えて出るときの言葉も「今度は4月に」で決まり。18-2-23

 

戦う人の顔。あくまでも自分の勝手な好みの問題だけど、厚化粧の高梨沙羅よりすっぴんに近い高木美帆の方に好感を持つ。化粧するのはいいと思うけど、メダルを狙う選手がどうしてあそこまでする必要があるのかわからない。高梨はもともときれいな顔だちなんだから、薄化粧で十分な気がする。その点、高木はより自然体で戦う意欲が顔にも現れていた。おしゃれに無頓着な年寄りの男の感想。18-2-22

 

誰が広めたのか知らないが『大丈夫』の使い方がおかしい。画材店で梱包の仕方に問題があったのでやり直してもらうとき、店員から「大丈夫です」という言葉が返ってきたのだ。いったいこれはどういう意味で使っているのだろう。流れからすると「わかりました」と応えるところなのに、「大丈夫です」では立場が逆転したような気にさせらた。言葉は変わるものとはいえ、どうも納得できない。18-2-21

 

これぞオリンピックの精神と言えるような感動的な光景。女子スピードスケート500メートルで金の小平が銀の韓国の選手に寄り添いねぎらいと尊敬の言葉を掛けると、韓国の選手は素直に受け止め小平を称える言葉を返したというのだ。それまでの深い絆があったからこそで、人と人とのつながりの大切さを世界が注目している大舞台で見せてくれた。とにかく、ふたりの姿は美しく輝いていた。18-2-20

 

オリンピックで「自分の力を出せなくて残念」と言って泣くのはちょっと違う。もし、許されるとしたら世界記録保持者かそれまでのメダリストだろう。泣いた選手の悔しさはよくわかるが、それが今の自分の力と認めなければ次へのステップにはつながらない気がする。実力はもちろん、本番での緊張感とプレッシャーに打ち勝つのも大事な力の内で、メダリストはまちがいなくそれを持っている。18-2-19

 

日々の生活のなかで何となく感じたり、ふと思ったりするようなさりげないことをもっと書きたい気持があるのにどうしても思考のほうに向かってしまう。そっちのほうが導入と展開とまとめがはっきりしていて書きやすいのだ。じつは、この『ひとこと』を書くときに費やす時間の多少に関係している。ずっと以前は今より平仮名の多い文章になっていたのはそれだけ時間を掛けていたというわけ。18-2-18

 

続き。そして、善の銃が銃を持たない人を撃つケースも出てくる。疑心暗鬼から恐怖心が募るとやられる前にやろうとする気持が生まれる。ハロウィンのときがそうだった。そうなると、善と善の撃ち合いも十分あり得る。発砲後に誤りに気付いても取り返しは付かない。これを国の武器に置き換えても同じことが言えるから恐ろしい。アメリカの銃社会の現状はいろいろな問題の根幹を成している。 18-2-17

 

アメリカの銃社会の必然。またしても銃の乱射によって大勢の人が命を落した。その場は高校で容疑者は19才の元生徒だという。10代で簡単に銃を手に入れられること自体信じ難い。しかし、全米ライフル協会は「銃を持った悪人を止められるのは、銃を持った善人だけだ」と主張し、それを受け入れる社会があるのだから銃の惨事を根絶するのは不可能だ。この考えなら銃を増やす方に向かう。18-2-16

 

つい先日起きた世界同時株安はコンピューターによる自動取引のせいらしい。株の世界とはまったく無関係だし知識もないが、すでにコンピューターに管理されている現状に恐怖も感じた。つまり、人間の意思が働く前にプログラムが勝手に取引をしてしまうというのだ。東京証券取引所でもその自動取引が3分の2を占めるという。これからはすべてがコンピューターに支配される可能性が大きい。18-2-15

 

冬期オリンピックの女子アイスホッケーとスケート、それと男女のジャンプを見た。アイスホッケーは僅差で惜しかったが決定力不足が敗因に。ジャンプは寒さとの戦いで、スケートは感動的で見応え十分な試合だった。そして、カーリングを見たらこれが結構おもしろい。アイスホッケーはあのスピード感がいいのだろうが、こっちはゆっくり感がいい。さらに頭脳プレーであるところも興味深い。18-2-14

 

続き。多分、隣で怒る母親の声がうるさいというより、人前で怒られ委縮している女の子がかわいそうに思えたのでないだろうか。何か問題があったとき、そこを指摘したり注意するのは大切だけどその言い方とタイミングも大事だ。関係のない人達の前で叱られたら辛さだけが心に残ってしまう。あの様子からすると、日常的にやっているみたいなので心配になった。聞き流せるのならいいのだが。18-2-13

 

地下鉄に乗っていたとき、ある駅で小学校の低学年と思われる女の子と母親が向かいに座るなり、親が娘への強い叱責を始めた。それも小声ではなく、周りにも聞こえる大きな声で。どうやら習い事でのミスのようだが娘はただただうつむいていた。すると、母親の隣に座っていた40代らしき男性が「その話は家に帰ってからにしてください」と言ったのだ。そこで母親は黙った。その男性に共感。18-2-12

 

学校解放で卓球をしている札幌の様々な地区の同好会が集まって戦う大会が中央体育館で行われた。一昨年は初めて参加したが去年は辞退していた。それは、朝8時に出掛けて3時に帰宅したのだが、それだけの時間を費やしてたった3試合しかできなくてつまらなかったから。そして、人数が足りないので是非と言われて出たが、試合は同じく3試合で待ち時間ばかりの気がした。今年も待ち疲れ。18-2-11

 

冬期オリンピック平昌大会が始まった。それほど強い関心を持っていなくても、テレビや新聞報道を見ているうちに興味は徐々に高まってくる。どうしても活躍が期待される競技を見てしまうけれど、普段あまり見る機会のない競技も見てみたい気もする。一旦見始めるとおもしろくなることもあるから、はまり過ぎないように気を付けなくては。でも、時差のないおかげで寝不足の心配はなさそう。18-2-10

 

日ハムの新球場とまったく同じように札幌駅の新幹線ホームをどこに作るかで二転三転している。本気で検討してきたのかを疑われるほどの迷走ぶり。西案、東案、地下案と出ては消え、結局0番案と東に延長する案が残った。新たな東案だってどうして最初から提案しなかったのか理解に苦しむ。とてもそこに携わる専門家達の仕事とは思えない。長い目で見ると最後に出てきた案が最善の気がする。18-2-9

 

早起きがすっかり定着。今朝もふと目覚めて枕許の目覚まし時計を見ると5時だった。幸いトイレに起きずに眠り続けられたせいかすっきりしているのでそのまま起床。それにしても、このほぼぴったりに目覚めるのが不思議でならない。いくら体内時計があるとはいえこの正確さには驚く。眠りに入る瞬間の時刻はわからないが大体7時間後に目覚める。つまり、最近は10時前に布団に入っている。18-2-8

 

人口の動き。札幌への一極集中についてはこの前書いたが、都市間でも動きがある。苫小牧の人口が釧路を上回り道内4位 に浮上したのだ。それも苫小牧が増えたのでなく減少の差でそうなったというわけ。そして、6位 の帯広との差も5千人弱になっている。釧路の激減は明らかで道東の中心都市としての役割も帯広に奪われてしまいそうだ。昨年の釧路では人の少ない中心街の寂しさを肌で感じた。18-2-7

 

スーパーで買ってきた食料を冷蔵庫に入れているときに牛乳のないことに気付き、再びスーパーへ向かう。朝食用のパンもそうだが毎日欠かしたくないものがいくつかある。他には納豆、ヨーグルト、朝食用のとろけるチーズと薄切りハムとジャムとミニトマトと胡瓜など。だから、それらの残り具合はしっかりチェックしているはずなのに忘れてしまった。とくに朝と風呂上がりの牛乳は欠かせない。18-2-6

 

新聞のない朝の時間。寝室のある2階から階段を降りてくると玄関になり、そこで差し込んである新聞を手にして居間兼仕事場へ入るのが日課なのに今朝はその新聞がない。そう、今朝は年に何度かある新聞休刊日。朝刊は情報を得る源であり、眠っていた頭を活性化させる大事な手段でもあるので、それがないとどうにもすっきりしないのだ。でも、いつもの新聞を読む1時間がのんびりの1時間に。18-2-5

 

昨日までスーパーの特設の棚に山積みされていた節分用の豆菓子はもちろんもうなくなり、今日からはひな祭りの歌が流れていた。まだ1ヶ月も先のことなのにかわいい歌を聞くともうすぐ春のような気分になってしまう。厳しい寒さはあと1ヶ月の辛抱だから早く来てほしい気もするけれど、あっという間に過ぎてしまうのもこまるのだ。すでに5月末の個展の準備に入っているからその気持は強い。18-2-4

 

同じシェルターでも核シェルターとは意味合いが大違いの救命艇シェルター。釧路の河口近くの眼科病院が万一の津波から患者や職員を守るために25人乗りでエンジン付きの救命艇シェルターを1艇設置したという。非常に現実的で有意義な緊急避難対策に感心させられた。今後あと3艇を導入する計画のようでその誠実さも伝わってくる。それに対して個人や集団用の核シェルターには悲哀が潜む。18-2-3

 

かなり早めの春を迎える準備。昨日、町内の排雪があった。2月1日に行われるのは早い感じもするけど、やり始める場所を隔年で替えているためこうなった。自分の家は町内でいうと端の方にあるので必ず最初か最後になるというわけ。まだこれからもしばらく冬は続くのに、近所の雪山が消えて道路幅も広がって、春が近づいた気分にさせられる。あとは、あの雪山が再び現れないのを祈るばかり。18-2-2

 

日ハムの新球場の候補地が二転三転してきたがどうやら北広島に決まりそうだ。そもそも、札幌ドームを最大限活用すべきという考えなので、これまでの右往左往には呆れていた。北大なんてもってのほかで、ドームの近くも問題が多過ぎるし、真駒内だってせっかくの公園がもったいない。狭い場所に押し込めようするから無理がある。そんなわけで、どうしても作りたいなら北広島が無難だと思う。18-2-1

 


 

就寝中にふと目を覚ます。まだ十分暗い。これでは何時かわからない。中途半端な時間に目覚めたときにはできるだけ時計を見ないようにしている。それは、その時間をインプットして習慣化させてはならないから。でも、意外にすっきりしているしトイレで起きたのでもなさそうだ。恐る恐る時計を見ると4時50分。まだ暗いけど早朝だった。深い睡眠のおかげとわかり気持のいい起き上がりに。18-1-31

 

1月の中旬までは雪が少なくて助かっていたのに下旬になってからはたくさん降り出して道路も雪山にはさまれ、車が行き交うにもすれすれになり、ときにはどちらかが待機せねばならないところもできてしまった。ここにきて一気に本格的な雪国に変身。降雪量 も平年並みになったらしく、天もきちんと帳尻合わせをしているようだ。このタイミングに合わせるように明後日には町内の排雪が入る。18-1-30

 

流出の問題を起こした仮想通貨を理解できていない。中央銀行のような統轄する場所はなく個人個人がネットで管理し合い、信用取り引きで成り立っているなど簡単な仕組みを聞いてもそれを支える担保がどこにあるのかわからない。その価値が極端に乱高下するのは投機的な意味あいが強いからなんだろうか。株の値動きと似たものなのか。とにかく、ネット社会ならではの産物であるのはわかる。18-1-29

 

最近は水彩紙の違いを知るための試し描きに専念している。今までは使い慣れた数種類の紙を中心に使っていたが、表現の幅を広げるためにも新たな紙を開拓することにした。これまでもいろんな紙を試していたもののその持ち味をはっきり理解するまでには至ってなかった。そこで、まずは8種類の紙を用意して描き方を比べてみると、それぞれの特徴が見えてくる。違いを知るのは大事と再認識。18-1-28

 

猛吹雪のなかを車で走っているのにライトを点灯しない人がいる。多分、自分は見えているから大丈夫と思っているのだろうが、ライトの役目は他の車や人にわかってもらうためにもある。これは雪に関係なく夕方も同じ。早めに点灯したほうが自分のためにもなるのにそうしない人の気持がわからない。生きた心地のしないホワイトアウトを体験すればその重要性はいやがうえにも理解すると思う。18-1-27

 

『え、そこまで行くのか』と驚く記事が新聞に載っていた。日本の世帯数の将来推計によると2040年には全世帯の4割がひとり暮しになるらしい。高齢化社会が進むのは予測できていたこととはいえそうなるとは。少し先の話とはいえ22年後の現実。その頃には夫婦のどちらかが欠け、子供との同居も減ってしまうというわけか。そのとき、自分を含む団塊の世代は90から92歳になっている。18-1-26

 

全国的に今年一番の寒波が襲来。喜茂別町では−31℃になり札幌では−12℃そして東京でも−4℃まで下がった。沖縄を除く日本全体がまるで冷凍庫に入れられたよう。我家の水道も朝には勢いのない細い流れで一部凍結の状態に。すぐに回復したので事無きを得たがその寒さは忍び寄っていた。これまでも寒かったしこれからも寒さは続きそうなので注意が必要だ。今夜は水落しをするべきか。18-1-25

 

テレビから警報音に続いて青森沖を震源とする地震の注意情報のティロップが流された。すると、その1分後くらいだろうか、小さな揺れからわずかに大きくなった地震が起こった。そこで、その揺れよりもそれを正しく予知したほうに驚いた。実は地震予知を受けたのは初めてだったので、本当なんだろうかと半信半疑でもあったのだ。しかし、わずかでも身構えられる時間の大切さを教えられた。18-1-24

 

続き。どうして申し訳ない気持になるかというと、何度も何度も教えてもらっているのに一向に覚えられない負い目があるから。上級者のサーブとはいえかなり手加減してやってくれているにもかかわらず・・・なのだ。練習に強くて試合に弱い大きな原因のひとつにレシーブの下手さがあるのは十分わかっているつもりなのでなおさら悔しい。指導に報いるにも今年は何とかここを克服したいもの。18-1-23

 

どうしても上か下かの違いがわからない。小学校の学校解放でやっている卓球のときには、10分ずつ指導してくれる人がいる。かつても今も大きな大会で優勝もする実力者なのでとても有り難いのだが、出されるサーブの上回転か下回転かの見極めがどうしてもできないのだ。しっかり見ているつもりなのだが、その決定的な瞬間を見逃しているのだろう。申し訳ない気持と情けなさで一杯になる。18-1-22

 

時代と世代の変わり目。全日本卓球選手権の男子と女子のシングルスの決勝が行われ、男子は10度目の優勝を目指した水谷に14歳の張本が勝ち、女子は昨年優勝の平野を伊藤が敗り共に初優勝をした。14歳での日本チャンピョンは最年少記録だし、女子のふたりは17歳という若さだからすごい。両方の試合とも接戦ではなく圧倒的な差での勝負だった。新たな流れが同時に生まれたのも驚き。18-1-21

 

新聞に気になる見出しがあった。それは『世界の気温史上2番目 3年連続の高温』。記事を読んでみると、17年が2番目で何と1番は16年で15年から3年連続の高温だという。トランプが何と言おうと地球温暖化は確実に進行しているようだ。異常気象が異常でなくなり、海水温の上昇からも様々な変化が目に見えてわかる。もうひとつ気になった観測の始まりについては触れてなくて残念 。18-1-20

 

札幌市の人口動態からいろいろな現象や問題が見えてくる。市の人口は過去最多に増えている。でも、転入者が転出者より8786人多いものの、出生数から死亡数を引いた自然増加数はマイナス4965人になっている。今後もこの傾向は続くと予想。市内10区の人口を見ると中央区が23年続けて増え、南など郊外の区で減少傾向。つまり、北海道では札幌に札幌では中央区と一極集中が進む。18-1-19

 

続き。決してそれを願っているわけではないが、もし風雪で破損したならば諦めもつき潔く撤去できるのだが・・・。しっかり立っている作品を分解、つまり解体するのはもったいないというよりかわいそうな気がするのだ。自分の作品ではあるけれど、これだけ年月が経つとすでに自分の手を離れた独立した存在に思えてしまうからだろう。でも、残念だけど今年いっぱいの命にするつもりでいる。18-1-18

 

2011年の第1回『ハルカヤマ芸術要塞』のときに設置した180×40×40センチの立体作品はまだ山に立っている。すでに6年以上経ち多少の汚れはあるが赤と黒の輝きは失われていない。しかし、昨年『ハルカヤマ芸術要塞』は4回で終了し人目に触れる機会はなくなる。それでも設置の継続には年1万2千円を山の大家に支払う必要がある。悩んだ末に継続を選んだ。分解するのは辛い。18-1-17

 

年末にさかんに入っていた詐欺と思われる悪質なメールが年を明けてからは一切入らなくなった。ひとつは『楽天のカードの申込みありがとうございます』というもので、もうひとつはアップルを名乗る『パスワードの変更のお願い』といったようなものだった。楽天に関しては完全に無視をして、アップルの方はネットで調べると偽りメールだと判明。当然こちらも無視。危うきに近寄らずか一番。18-1-16

 

ついこの前の運試しは97分の15で今度は84分の1。前のは数が小さい方がいいけど、今回は大きい方がいいのに1だった。たとえ大きくても3か4だから、0でなかったことを喜ぶべきかもしれない。そう、これはお年玉 年賀状の当選の話。1等2等はかすりもせず、当然3等で切手シートが1枚というわけ。単純な確率だと100枚で2枚だから1枚なのは良くもなく悪くもなくと言えそう。18-1-15

 

ほぼ1週間振りの雪捨て。今年に入ってから雪は降るもののずっと小雪が続いていて、昨日降った20センチほどが今年初めてのまとまった雪といった感じで、これぐらいなら大して辛くもない。午前中に雪かきをして山にしておき、午後になってからその山とそれまでにたまっていた雪をママさんダンプで排雪溝まで運ぶ。2時間で30数回の往復のおかげで雪山はなくなり見晴らしもよくなった。18-1-14

 

昭和の30年代だろうか、家庭での三種の神器というのがあって白黒テレビと洗濯機と冷蔵庫だった。子供の頃、我家にあったのは白黒テレビのみで洗濯機も冷蔵庫もない生活をしていた。テレビはとくに子供が喜び、洗濯機と冷蔵庫は母が喜ぶものだった気がする。そして、次の三種の神器はカラーテレビとクーラーとカーつまり自家用車。でも、北海道でクーラーは必要なかった。今の三種は何?18-1-13

 

本当はお正月休みの間にやろうとしていた2017年の『ある日のひとこと』のプリントと整理を終らせた。5月から12月までのプリントしたものをファイルにまとめ、パソコン内の『ひとこと』を月毎のファイルにしてから、それをリンクできるように整理した。あえてこの作業を新年まで待ったのはまとめて続けてプリントしたいため。おかげで随分長く連なっていた『ひとこと』もスッキリ。18-1-12

 

ふた冬もの間無人だった新築の家にようやく灯が点る。誰かがこの家を気に入り入居してくれたわけだ。建物も住人を得てホッとしているかのように見える。ここは食料を買いに行くスーパーへの道の途中にありしょっちゅう目にしていて、せっかくの新しい建物がもったいないといつも気になっていた。これでやっと落ち着いた気分になれる。家を設計建築した人達も安心し喜んでいることだろう。18-1-11

 

今年の最初の運試しは吉と出た。半年ごとにやっている市民ホールの予約順を決める抽選で97枚の内の15番札を引いたのだ。前回は80番代だったので運は大きく揺れている。できれば40番代辺りで落ち着いてくれると心も揺れないのだがそうはいかない。いつもと同じように最初に触れた札を抽選箱から引き抜いた。余計な迷いや後悔を残さないためにもこれを守るつもり。とにかく一安心。18-1-10

 

美術書をひもといたおかげで今の自分を鼓舞する言葉に出会う。それはダリの『わたしは存在するために、そして自我の全エネルギーを統合するために、絵を描くのだ』というもの。とくに惹かれたのが『全エネルギーの統合』の部分。持ってる全ての力、つまり直感も想像も洞察も思考も感情もセンスも技術も知力も集中も持続も体力もその他もまとめて創作する重要性を改めて教えられた気がする。18-1-9

 

風邪のせいもあり制作の意欲が湧いてこないので美術書や画集を読んだり観たりしていた。そのとき、ふと感じたのは『現在の美術の最先端はどこにあるのだろうか』ということだった。少なくとも50代までは認識していたはずなのに今はそれがわからない。多分それは情報を得る機会の減少だろう。最近では美術誌を店頭で立ち読みする程度だし、札幌国際美術展も観たがその動向は見えなかった。18-1-8

 

不安を抱えたままなのは嫌なので、昨日の午前中にホームセンターでバッテリーを買い車検を取っている工場で装着してもらった。交換に要した時間はわずか5分ほどで、余計な動きや間のない流れるような作業に思わず見とれてしまった。難しい作業内容でも工程でもないが、いかにもプロの仕事といった感じ。工賃は1.000円だったがその値は十分あった。これで極寒の日も心配しないで済む。18-1-7

 

昨年の根雪の早さには驚かされたがその後の積雪は少なくてとても助かっている。お正月の間も穏やかな天気が続き、わずかに降っただけで済んでくれた。もしも、たくさん降って雪かきに追われていたらこの風邪はもっと悪化していたかもしれない。ずっとおとなしくしていた今でもまだ完治していないのだから本当に救われた思いでいっぱいだ。このまま小雪ならありがたいのだがこの反動が怖い。18-1-6

 

一難の風邪が完全に去る前にまた一難。今度は車のバッテリーの不具合。特に用事があったわけはないがたまにはエンジンを掛けておかねばとキーを回すが反応なし。5分ほど間を置いて掛け直すと何とか掛かってくれた。少し前にもこんなことがあったのでスタンドまで走り調べてもらうと交換が必要とのこと。一難ではあるけれどここで確認して気付いて本当によかった。郊外ならさらなる一難に。18-1-5

 

4日ともなるとお正月気分も抜けてくる頃だが、まだ年賀状は届く。この辺りからは元旦以降に投函したはずで、受け取ってから出したものと思われる。今日届いた8枚の内の7枚がそれ。自分もそうして元旦に出したのが12枚もあったから、それぞれがそれぞれに迷い悩んでいるに違いない。その12枚は昨年の元旦に届かなかった人ので、あえて出さなかったのに今度は元旦に着くという難しさ。18-1-4

 

風邪はやはりと言うべきかそう簡単には治ってはくれなかった。早く治ってほしいという希望的観測ばかりだったようだ。すっかり忘れていたが一昨年の暮にもかなり重症の風邪で寝込んだことをこの『ひとこと』を読み返して思い出した。そのときも完治まで1週間以上かかっていたから、そんなに早く治らないのはわかっているはずなのに、どうしても、まだ若いときの自分に置き換えようとする。18-1-3

 

1年のと月毎のカレンダーを壁に張ると急に新年っぽい雰囲気になり、まだ真っ白なカレンダーが輝いて見える。さっそく年のにすでに決まっている個展や教室展の会期に印を付けると、たっぷりあったはずの1年が短く見えてくるから不思議。これに春と秋の『歩く旅』やその他が加わるともっとそう感じてしまうだろう。先を意識し過ぎると早くなりそうだから月ので日々を大切に重ねていきたい。18-1-2

 

残念ながら風邪は年を越してしまったが、どっちみちのんびりするときだったと考えればこのときでよかったのかもしれない。幸いおとなしくしていたせいか、もう一息のところまできている。この日数で終ってくれれば御の字なのだが。昼には年賀状が届き、毎年必ずある行き違いのものの宛名書きをして、すぐに郵便局まで行く。歩いて10分ほどなので病み上がりには適度な散歩になってくれた。18-1-1

 


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01 - 12-31〜00-11-11のひとこと

 

 

 



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NAKAHASHI OSAMU

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さ17