ある日のひとこと

 

 

=そのときどきの、思いついたこと、感じたことを書き留めてます=

 


 

『歩く旅』だから歩くのが目的だけど、ホテルや宿も楽しみのうち。いろんなホテルや旅館に泊ってきたけれど、それぞれ違った顔を持っていて全部の宿を思い出せる。浦幌の旅館は比較的新しく、こぎれいな造りでいわゆる昔風の駅前旅館ではなかった。とにかくここの夕食は豪華。もしも、長い距離を歩いていなければとても食べられないような品数。でも、どれもおいしくて完食。大満腹の宿。16-10-31

 

順序は逆になったけど、街並を抜けてからの帯広から浦幌までの道のりは平坦な直線道路と似た風景が多かったせいかあまり記憶に残っていない。周りは畑がほとんどでときどき放牧されている牛に出会うという程度の変化。こんな道を歩くときはあの木まであの赤い屋根までと目標を近くに置くのでなおさらそうなる。そうして歩いている内にずっと遠くに見えてたはずの建物や山に近づいて行く。16-10-30

 

恐怖のトンネル。浦幌から白糠への山越えのときに歩いたトンネルはこれまでのなかでも2番目に怖いものだった。段差はあるのだがその歩道の幅が40Bほどしかないのだ。道路に落ちないようすごい緊張を強いられるうえに壁に肩が触れるのを避けるため上半身を斜めにして慎重に歩を進めねばならなかった。こんなトンネルが3つも続いたのだからどっと疲れた。ちなみに1番は積丹でのもの。16-10-29

 

出発の前日に泊った帯広の十勝インは施設こそ多少古いものも、朝食のおかずが豊富で大満足した。和か洋を選べるのでエネルギーを蓄えるためにも和食を選んだ。出された膳にはたくさんの小皿があり、もちろん定番の納豆と生卵と海苔もある。さらに嬉しかったのが飲み物も充実していたこと。お茶、コーヒーのみならずいろいろなジュースのうえに牛乳もあったのだ。これがまたおいしかった。16-10-28

 

帯広行きの高速バスは3列シートで落ち着いて座ることができた。全部がこうなってくれると有難いのだが。日勝峠が台風による道路破損で不通 のため、トマムの辺りから混み始め北海道の高速道路では珍しいと思われる渋滞になっていた。それでも定刻に帯広駅に到着したから本州のそれとは比べようもない。最初からバスでの帯広行きを考えていたが、もしJRだったら乗り換えを強いられていた。16-10-27

 

行く前に意識的に歩く時間を増やしていたのに、それが足りなかったせいか今度もやはり足裏の水ぶくれに悩まされた。これは靴の問題ではなく、事前に潰して固まるまで鍛えておくより他なさそうだ。それには一度に少なくても30Hは必要な気がする。ただし、足の爪に関しては鍛えようがなく念入りに切るよりない。今回もしっかり切ってあったのに・・・。足腰に全然異常がないのは嬉しい。16-10-26

 

何度かは今回の『歩く旅』の出来事や印象を書き留めたい。順序は逆になるが、まずは釧路駅到着後のこと。相変わらず寒い風の吹くなか幣舞橋へ向う。メインストリートだが行き交う人は少ない。橋に着きスケッチをしようとしたが寒くて、近くの施設の中から描く。もうひとつの誤算はすぐに夕暮れが迫り1枚仕上げるのがやっとだった。18:05発の高速バスに乗り23:05札幌駅に戻る。16-10-25

 

今日は31Hと距離が短いので8:40に白糠駅前の宿を出る。今日も晴れで無風。少し歩いて海沿いに出ると、海の彼方にある半島が目に入った。そこには目的地の釧路があるに違いない。そういえば、稚内から宗谷岬を目指したときもそうだった。昨日とは打って変わりずっと平坦な道を歩く。釧路が近づくにつれ風は強まり気温も急に下がり手袋とマフラーを身に付ける。15:12釧路駅着。16-10-24

 

7:50浦幌駅前の宿を出発。晴れで風もなく爽やか。まったく予想外だったのはいきなり山越えが始まったこと。この地方は平坦な土地が延々と広がっていると勝手に思い込んでいた。それなのに、その山越えが何度も何度も続くのだ。山越えの後は丘越えを白糠まで繰り返す。トータルしたら峠越えと変わらない。おかげで足の親指の爪先にわずかだが痛みを覚える。17:20白糠の宿に到着。16-10-23

 

ホテルの朝食をたっぷり食べて、曇り空のなか7時40分に帯広駅をスタート。少し肌寒いが歩くにはこのくらいがいい。快調に歩き、札内、幕別 を過ぎると街並は途絶えて畑や牧場に囲まれる。幅広い歩道が整備さていてとても歩き易い。ただ、せっかくの歩道も雑草で覆われている所もあって悲しくなる。浦幌到着の1時間ほど前から小雨になり帽子を被る。4時50分、予定より早く宿に着く。16-10-22

 

今回の『歩く旅』の始まりはいつもとちょっと違う。歩くのは帯広から釧路までなのだが、帯広に着く昼頃から歩き出すと中途半端な距離になってしまうのだ。歩く日の終りには宿を確保できる町に着いてなければならない。そこで、前日に帯広に行き、一泊した早朝から歩き始めることにした。これだと万全な体勢で出発できる利点もある。1ヶ月前に予約した高速バスに揺られて出発地へと向う。16-10-21

 

警察官(公務員)の市民に対する『土人』発言。暴力団員かと思われるような口汚い言葉遣いで怒鳴った挙げ句に吐いた言葉が『土人が!!』。信じ難いがどう対応すべきかよほどしっかり教育されているのだろう。そうでなければ出てこない言葉。ならば、自分は『何人』なのか。もし、『日本人』だというのなら、『日本人』とは暴力的で威圧的な品のかけらもない人になる。こんな人は大嫌い。16-10-20

 

いよいよ帯広から釧路までの『歩く旅』の日々が近づく。その地方の22、23、24日の天気予報を見てみると曇りか晴れになっていて一安心する。気温は13度前後なのでこっちもちょうどいい。たとえ、多少雨風が強くても気温が低くても決行するつもりでいたけれどこの気象条件は願ったりですごく嬉しい。何度か書いているように、歩くときは涼しいよりも少し寒いくらいの方が助かる。16-10-19

 

いつもの安春川には黄色い落ち葉が流れていた。ふと、半年前のピンクの桜の花びらを思い出す。これからの過ごしやすい季節を迎える喜びに満ちた花びらと次第に深まる厳しい寒さを覚悟しなければならない落ち葉には雲泥の差がある。そういえば、春に夏にそして秋にも川沿いの草刈りあとの緑の草が流されているときもあった。そのときどきを彩 ってきた流れの水面もまもなく消えてしまう。16-10-18

 

実はこの『ひとこと』は半年過ぎた6月末の時点で一旦月ごとにまとめて整理するつもりでいたのに先延ばししているうちに10月に入り『ここまで来てしまったら12月まで行ってしまおう』という考えに変わってしまった。1年分が一度も途切れることなくプリントできる利点を思い付いたのもその理由。まだ2ヵ月以上あるけれど1年分が続いたまま残るのは初めて。怠慢のせいでこうなった。16-10-17

 

ドラマだとしても、あまりにも出来過ぎになってしまうのでこんなシナリオは書けないのではと思わせるような衝撃的なドラマを現実に見せられた。指名打者で出場していた大谷が最終回にピッチャーとして登板して三者凡退で試合を終らせたのだ。さらに、そこにおまけが付いて自己の持つ日本最速を越える165Hを投げてしまうのだからただ『すごい』だけでは言い表せられない。まさに神業。16-10-16

 

車を1時間ほど走らせ、望来の海の見える丘の上に建つ『夕日の美術館』へ。この辺りは25年ほど前には度々訪れていた懐かしい場所で、広大な海の眺めはその当時を思い起こさせてくれた。でも、丘にはたくさんの別 荘があって、まったく違う光景に驚く。美術館は3階建ての別荘を改装したものだが想像していたよりも立派で、展示してある作品も見応えがあって十分満足。楽しいドライブに。16-10-15

 

続く。オリンピックの開催に反対する理由は経済的な部分が大きくて、大事な問題がないがしろにされるのが心配だ。スポーツは見ていて楽しいし興奮するからその祭典を望む人達がいるのはわかる。しかし、そこに浮かれているともっと重要な日々の生活の根幹となる土台の部分が後回しにされかねない。競技施設よりも耐用年数の過ぎた橋やトンネルや公共施設の修繕や建て替えの方が先のはず。16-10-14

 

札幌オリンピックの招致に7割が賛成しているという集計に疑問。オリンピックなどにお金を使っているときではないと考えているし、自分の周りに賛成している人は見当たらない。もし、7割ならいてもいいはず。東京オリンピックにも反対だったが、案の定東京にばかりお金と人が集中して東北は忘れ去られている。札幌もこの二の舞いになるのはまちがいなく、地方との格差はさらに拡大する。16-10-13

 

本屋の店頭にはもうカレンダーが並んでいる。年末年始はまだまだ先なのに無理矢理それを感じさせられてしまう。例年こんなに早く出ていたのだろうか。大して重要でないからまったく思い出せない。それはどうでもいいのだが、かつてはカレンダーはもらえるものだったのに今は買うものになったようだ。とはいっても我家のものは銀行のと仕事先からのもので、まだ買う習慣にはなっていない。16-10-12

 

歩きのトレーニングコースを開拓。以前から歩いていた札幌駅北口の地下歩行空間だが、今回初めて本気で歩く場所として使ってみた。何しろここはぜいたくなほど幅広い道なのに人通 りが少ないのだ。そして、口の字のようにも歩けるので距離もわかりやすい。1週約400mでおよそ5分のコースになる。まずはこれを1時間掛けて12周してみた結果 、天候に影響されない最高のコースと判明。16-10-11

 

半年振りにハルカヤマへ。その間にも行こうとしていたのに春も夏も過ぎて秋になってしまった。ここで行かねば雪の降る冬になってしまうので重い腰をようやく上げたというわけ。向った理由は山に残してある昨年の作品の状態を確かめるため。壊れているなら撤去するつもりだったが、何とか保っていたのでそのまま残すことにした。見にも来なかったのにここまで耐えた作品の解体は忍びない。16-10-10

 

思いがけぬ幸運に驚く。卓球の専門店から割引きセールの葉書が届いていたので卓球の球を買いに行った。購入後、くじがあるというので引かせてもらう。箱の中に入っている球を引き抜くのだが、いつものように最初に指に触れたものにした。すると、それは77と書かれていて1等賞だという。大小の祝儀袋を戴くと、何とそこには1万円と200円の商品券が入っていたのだ。とにかく嬉しい。16-10-9

 

2、3年前からだろうか、帰りの地下鉄から自宅までバスを利用する機会が随分増えた。荷物が多かったり天候のせいだったり体調がいまいちのときなどだが、無理せずの気持が強くなってきたのだろう。このバスに乗って感心するのは停留所間の近さ。およそ2丁ごとに止まるのだ。だから動き出したらすぐに次の停留所に着く感じがする。これは乗客の便利さを考慮した素晴らしい設定だと思う。16-10-8

 

大手電力会社で構成する電気事業連絡会は福島原発での賠償や除染に関する費用が計画より膨らんでしまったのでその超過分8兆円を税金で負担してほしいと要望。小さく見せようとする日本人の計算能力からしてすぐに2倍、3倍に増えるのは目に見えている。この上、廃炉費用も計画の2兆円から数兆円規模で膨らむのは確実だという。原発の安さを唱えてきたのだからその責任は自分達でとれ。16-10-7

 

足慣らしと靴慣らし。今月末の『歩く旅』がいよいよ迫ってきたので意識的に歩く距離を増やしている。4日前から1日に2万歩、1万6千歩、1万5千歩、1万8千歩と歩いた。足を歩くモードにしておくだけでなく、長時間歩き続ける靴に馴染ませておくのも大切。もしかしたらこっちの方がより大事なのかもしれない。これまでの旅では筋肉痛よりも足裏の水ぶくれに悩まされてきたのだから。16-10-6

 

ノーベル医学生理学賞に決まった大隈良典氏が記者会見で語った「若い研究者が生まれてくる体制を作らないと日本の科学は空洞化する」との言葉が胸に刺さる。喜びの会見の場で憂いを語るのはよほど深刻な状況にある証しだ。これまでのノーベル賞受賞者も同様の意見を述べていたのにさらに続くのはますます悪い方向に進んでいるのだろう。今の政治は優秀な人材を見殺しにしているのと同じ。16-10-5

 

昨日からパステル画の教室展を開催中。他の教室展のときもそうだができるだけ毎日顔を出すようにしている。曜日によって当番の人が違うので全員に会おうとするとそうなる。それはお疲れさまを伝えるだけでなく会場のそれぞれの作品の前で改めて批評するためでもある。額装され、作品として人前に披露された、いわば晴れ舞台での作品を前にしてその印象や問題点を直接本人に伝えたいのだ。16-10-4

 

車の続き。エンジン音が小さくなったとはいえ最近の車は無音に近いからそんなのとは比べられない。なんせ24年前の車だから基準も構造も違う。そう考えると適合する中古品があったのもすごい。修理工場の人は「これが最後のひとつだと思いますよ」と言っていた。長く乗り続けると当然故障や問題が出てくるからそれなりにお金も掛かってしまう。でも、まだもう少し頑張ってもらうつもり。16-10-3

 

車のマフラーを交換。ようやく当たり前の静かなエンジン音に戻った。止まっているときもそうだが、より違いを感じるのが始動のためにふかしたとき。これまでは、無理やり頑張っているような激しい音だったのが楽に加速している音に変わった。マフラーと整備代込みで2万6千900円も掛かったけれど、これを聞くだけでも交換してよかったと思う。あとは長持ちしてくれるのを願うばかり。16-10-2

 

今回の風邪には随分悩まされている。一旦治ったと思ったのは希望的な判断で、その後も鼻水と痰は続いてしまった。早めに床についてたくさん寝ているのに完治してくれない。大して重い症状ではないのに治りきらずにずるずると長引いてしまうのが辛い。回復力が衰えたのを認めざるを得ない状態だ。昨日も誘われていた卓球をかなり迷った末に断って家でおとなしくしていたというのに・・・。16-10-1

 

 



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NAKAHASHI OSAMU

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