ある日のひとこと

 

 

=そのときどきの、思いついたこと、感じたことを書き留めてます=

 


 

御飯を炊き忘れないように炊飯器の予約をした。予約時刻はもっと先なのに少し経つと炊飯器から湯気が上がってる。どうしてなのか納得できず説明書を出して読んでみると予約時刻は『食べたいとき』と書いてある。この炊飯器は実家から持って来たもので以前のは『炊きはじめるとき』だった。たしかに『食べたいとき』のほうがわかりやすい。これで平成9年製。今のはどうなってるのだろう。06-1-31

 

食事の話し。最近、味噌汁はほうれん草、魚は鮭が多くなった。それと煮物は南瓜。これがまたうまい。何ヶ月か前に書いた最後の食卓の注文が変わるかもしれない。普段の食事のなかにおいしいものはたくさんあるからきっとまた変わると思う。絶対変わらないのは炊き立ての御飯。ひとつだけと言われたら迷わずこれを選ぶ。とにかく何であろうとおいしく食べられるのが一番の幸せ。今は満足。06-1-30

 

体に対しての気持ちは完全に守りに入っている。今ある状態をいかに長く維持するかに注意を払うようになった。3、4年前から意識的に歩くようにしたのがその始まり。目がしょぼしょぼするようになり少しでも潤いをと目薬を差す機会が増えた。そして歯。生きるリズムとして大事にしてる食事を美味しく食べられるのは丈夫な歯があってこそ。次第に弱まるのはしかたないけど長持ちさせたい。06-1-29

 

2年振りに歯科へ行く。正月に食べた餅のせいかもしれないが奥歯のブリッジが取れてしまった。これがはずれるようなら入れ歯になるかもしれないと脅されてたのでどきどきしてた。診療椅子に座ってまっさきに「また、同じようにかぶせてもらえますか」と聞くと「大丈夫ですよ」と歯科医はあっさり答えてくれた。今までの心配が急に消えて一安心。無理だと言われたら他を探すつもりだった。06-1-28

 

矛盾。納得できないこと。世の中には理屈では計れないことがたくさんあっていちいち上げてたらきりがないけどやっぱり気になる。パレスチナの選挙による多数派に対して『武装放棄しなければ交渉相手として認めない』とアメリカやイスラエルが叫んでる。数千倍、数万倍の武力を保持してる側の言い分。国連のアナンも『武力放棄すべき』と語ってる。アメリカやイスラエルにも言ってほしい。06-1-27

 

昨日の続き。最後の反応しない人には次にどうすべきか判断に迷う。挨拶されること自体いやなのか、それともすごくシャイなのか。挨拶したとき見た顔は笑ってはいないがうつむいてもいなかった。だから意識的にそうしたようにも思える。でも、違うかもしれない。もし迷惑なことなら挨拶しないほうがいいわけだし、その人も安心だろう。この次の挨拶の反応で僕の態度も決めることにしよう。06-1-26

 

雪かきはめんどうで疲れるけどいいこともある。普段の運動不足を多少なりとも補えるのがひとつ、もうひとつは近所の人と顔なじみになるということ。同じ作業をしてると声をかけやすくなり自然に挨拶の言葉を出せる。当然、新参者の自分のほうから声をかける。その対応もいろいろあっておもしろい。声で返す人、頭を下げるだけの人、反応しない人などなど。そこでおおよその人柄がわかる。06-1-25

 

郊外に借りてるアトリエの屋根の雪がかなり積もっていて危険な状態との報告を受け急きょ雪下ろしに向う。想像以上の雪の量 に驚く。三角屋根の頂上から始まる雪の層は氷河のように高くて大きなうねりとなって軒下に突き出ている。暖かい日が続かないので落ちることもできない。屋根に昇らず脚立に立ち長い棒を使って下の方から切りくずしていった。要領がわかってくるそれなりに楽しい。06-1-24

 

ライブドアの堀江社長が逮捕。いずれあるかと思ってたが以外と早かった。株全体への影響を恐れたのだろうか。生産性のないやりとりで大金を稼ぐことに違和感を持ってるからもともと好感は持ってないが生け贄的な感じがしないでもない。法に触れるというなら公金を横領した道警はどうなる。06-1-23

 

肩の荷が降りるという言葉があるけど今はそんな気持。長年ずーっと気にかけてきたことがどんどん小さくなり消えていく。しょっちゅう実家に通 うようになったのは父の入院からで10年ほど前になる。その後父が亡くなり6年後には母も亡くなり、そして二人が生活してた実家もなくなった。すべてが思い出の世界へ移った。自分の作品のように細かく手入れをした庭もこれからは過去のこと。06-1-22

 

輸入米産牛肉のサンプリングでつまり抜き取り検査で危険部位が見つかったということはかなり高い確率で混入してるわけだ。平気で嘘をつきばれたら開き直り自分の都合だけを主張する国を安易に信用すること自体がまちがっている。相手を責めても意味がない。危険を承知で輸入を認めた側にこそより大きな問題がある。無責任な決定を下した政府に怒る権利なんてこれっぽちもありはしない。06-1-21

 

ついに実家がなくなる日。朝早く列車で向うときこれが最後になるんだなと思いつつ30年以上も見てきた車窓の風景を眺めてた。家の最終確認後、引き渡しは1時間ほどで終了。昼過ぎには帰りの列車の中。もう凍結の心配も雪かきも草取りもしなくてよくなったけど、あの家もあの庭もすでに自分達のものでなくなった実感が涌かない。帰りの風景も心に焼きつけた。ついに実家がなくなった日。06-1-20

 

昨夜は仕事をする気力も涌いてこないのでのんびりすることにした。そう思っただけでほんの少し体が楽になった。テレビを見たり本を読んでだらだら、ごろごろしてから布団に入った。もっと早くから寝ればいいのにだらだらもしたくて食後すぐに横にはなれない。すごく具合が悪いわけでもないせいもある。それでもいつもより長めに寝たおかげでほとんど回復していた。やっぱり寝るのが一番。06-1-19

 

ほんの少しだけど寒気が、体調のせいで体が冷えてるのか気温自体がかなり低くなってるのかわからない。体を温っためるため昼食にはラーメンと決めた。その前にあちこちで用事を済ましてるうちに体が温まり結局そばに変更。結果 的にそれは大正解だった。地下鉄を降りてから自宅への道は猛吹雪。もしもラーメンで汗をかいてたとしたらもっとつらかったかもしれない。今もぼーっとしたまま。06-1-18

 

過ぎ去った年月の不思議。積み重ねていった月日はそれなりの長さを感じられるけど大きな出来事の年月の経過には驚く。宮崎勤の幼女連続誘拐殺人は17年前で阪神大震災は11年前だという。昨日のことのようとは言わないがその半分くらいの年数にしか思えない。衝撃的であればあるほど脳に深く刻まれ記憶が消えないからだろう。とくに神戸の街が燃えている空からの映像は鮮明に覚えてる。06-1-17

 

『ひとこと』を書き始めてからすでに5年の月日が流れ今は6年目に入っている。5年が過ぎたと思うとそれなりの長さを感じる。よく続けられたものだ。今はすっかり日課としての習慣になっている。たまにだけど布団のなかで突然何かをやり残してるような気持ちに陥り目を覚ますことがある。安心して眠るためその日の『ひとこと』を書いたかどうかを必死に思い出す。追われているのも確か。05-6-16

 

『嫌な時代になった』『怖い時代になった』とかは大人の口から聞きたくない。まるで他人事のように言うのは無責任。嫌でも怖くてもまぎれもなく自分達が選択して作ってきた社会。すべての大人に責任がある。それらは『嫌な自分になった』『怖い自分になった』というのと同じ。私は積極的にかかわってないというならその態度も社会に反映し形成に影響を与えてるわけで無関係の人はいない。06-1-15

 

昨日の行きの列車では日差しを受ける側の席だったのでカーテンを引いて藤沢周平の『海鳴り』を読んでいた。これもすんなり入る。札幌を発って1時間後くらいにこの前気に入った車内販売のヨーグルトを買う。やっぱりうまい。そして続きを読む。帰りの列車は夜で通 路側の席。暑くてのどが乾いたので思いきって270円のアイスクリームを買う。100円のと大差なし。ヨーグルトに軍配。06-1-14

 

いよいよあと1週間。実家に最後まで残してた1組の布団、掃除機、電気ストーブ、スコップなどを春まで隣家に預かってもらう。ついに家の中からすべてのものがなくなった。家の整理と水道、トイレ、ボイラー、湯沸かし器などの無事と作動を確認するため列車で往復。1週間後に行くときは実家がなくなる日。ようやくここまで来たなという感じで解放感7寂しさ3といったところだろうか。06-1-13

 

印鑑登録変更のため区役所へ。登録変更の用紙に記入していくと今までの登録印を押す欄もあるが持って来てない。それを窓口で告げると係員は『紛失したんですね』と言う。変更理由のところで破損のためを選んでるにもかかわらずである。すぐにピンときた。きっと、二度手間を省こうとしてくれてるんだと。とくに返事もしてないのに処理を始めてる。ベテランの機敏な対応に助けられた。06-1-12

 

鍵騒動のあとも雪は降り続いた。雪かきをしてもしてもさらに雪は積もる。去年も大雪に泣かされたのに今年はそれを上回るのはまちがいなさそう。これから本格的に降る時期になるのだから恐ろしい。屋根からの落雪も心配だ。それでもニュースで豪雪地帯の悲惨な状況を見ると『あれに比べたらまだまだましか』と思う。雪の重みで家が潰れるかもしれないという恐怖は計り知れないものがある。06-1-11

 

おもしろかったという感想を聞いたので藤沢周平の『蝉しぐれ』を読んだ。藤沢周平を読むのは初めてだったが充分満足できた。かゆいところに手が届くといったらいいのだろうか、気になるところにちゃんと応えてくれるのが嬉しい。宮部みゆきのように突然話が飛ぶこともないから安心して読み進められた。最初から無理なく入り込めたのも気に入った。これから何冊かは藤沢が続きそうだ。06-1-10

 

渋滞もなく1時間後には鍵を手にして無事戻ってこれた。隣人の親切と同じ管理会社のおかげで助かった。もし一軒家だったらもっと悲惨になってた。以前までの錠は外から鍵でかけるので心配いらなかったが今のはプッシュ式だから鍵の有無をしつこく確認してたはずなのにいつかやるのでないかと恐れてたことだった。施錠は無意識にやってしまう行動のひとつだから今後はさらにしつこくなろう。06-1-9

 

いくら探してもやっぱり鍵はない。もう管理会社に電話するしかないと1棟2戸の隣人のチャイムを押した。電話を借りて鍵の有無を聞くとあるという。これで一安心。ただし会社まで取りに行かねばならない。隣人に3千円を借り、地下鉄かタクシーか自分の車か迷った末免許不携帯だけど車を選んだ。車の鍵は雪下ろしのため持っていた。汗が冷えてきたので外にいるわけにはいかなかった。続く。06-1-8

 

無意識の怖さ。無意識の行動がいい結果を招く場合もあるが今回のは最悪。朝から雪が降り続き止んだら雪かきをしようしてたのに止むことはなくついに夕方の雪かきになってしまった。1時間ほどしたあと汗もかいたし疲れたので雪かきを止めて家に入ろうとしたら玄関のノブが回らない。『あれ、鍵をかけてないはずなのに...』。鍵があるはずの小銭入れにも入ってない。非常事態だ。続く。06-1-7

 

今年初めて街へ出てみた。もう6日になってるがお正月の名残りもあって地下街はいつもより賑わっていた。画材を買ったあと『トミカ博』に向う。新聞でそれを知ったときふと前の車つまり赤いシビックのミニカーが欲しくなったためだ。とにかく最後があまりにも衝撃的で僕にとって忘れられない車。会場を埋めてたのは小学校前の子供とその親達。その中で探したのに目当ての車はなくがっかり。05-1-6

 

学生時代に札幌から函館まで鈍行列車で行ったことがある。走っている時間だけでなく急行や特急の待ち時間がたくさんあってとにかく長時間乗っていた。たしか10時間くらいだった気がする。それでもいくつかの駅を過ぎると乗客も入れ代わり車内が違った雰囲気になるのを楽しんでいた。途中、車両にひとりだけなり他の車両にも誰もいないのを知ったときはちょっと不安になったのを覚えてる。06-1-5

 

3人と7人。夕方のテレビのニュースで踏切事故を伝えてた。『乗用車の3人は衝突前に車外に出ていて無事、そして2両編成の列車の乗客7名も全員無事』と。1台の車に3人で2両の列車に7人とはいかにもローカル線の現状を表わしてる。思いは事故そのものよりそっちにいった。7人が乗っててよかったなとさえ思った。もしも、乗客がいなかったら『2両編成の列車の運転手は無事』だけだ。06-1-4

 

『戦力外通告』。これは新年とともに始まった朝刊小説のタイトル。僕達の世代つまり団塊の世代をテーマにしてるせいもありすんなり入り込む。これから半年か1年の楽しみになるわけでとにかく最初から入り込めたのが嬉しい。きっとつらくて深刻な展開になるのだろう。それでもとことん追い詰めてほしい。去年のはあちこち手を広げ過ぎて肝心なところで時間切れになり不完全燃焼のまま終了。06-1-3

 

サウナと露天風呂のある銭湯へ。年末に行けなかったので楽しみにしてた。混んでるかなと思ってたらやっぱりいっぱいの人。考えることは一緒。低料金でのんびりゆったりさっぱりできるところといえばここ。サウナ室のドアを開けたときにはちょっとびっくり。20人近くの裸の男達がじっと座ってる光景は異様。4段ともほぼ満杯だが何とか座る場所を見つけて仲間入り。まさに裸のつきあい? 06-1-2

 

穏やかな元旦の朝を迎える。雪もうっすら積もってるだけでホッとする。いつものパンとコーヒーの朝食をとりながら新聞を読む。分厚いけど読む場所はたいしてなく普段と変わらない時間。昼に雑煮の用意をしてると年賀状が届く。自宅での大晦日が初めてなら元旦に年賀状を受け取るのも初めて。だいたい3、4日に帰ってくることが多かったのでいつもと違う新鮮さを味わう。一気に正月気分。06-1-1

 



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NAKAHASHI OSAMU

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