ある日のひとこと

 

 

=そのときどきの、思いついたこと、感じたことを書き留めてます=

 


 

家の屋根から滴る水滴の勢いを見ていると春が近づいているのを実感する。これまでだとその水滴は氷柱になっていたのに、今は1本の糸のように下へと繋がっている。その軒下には屋根から滑り落ちた氷の塊が積み重なっている。これも暖かくなった証し。集めた雪も湿り気を増して重たくなっていた。わずかにのぞき始めたアスファルトが懐かしい。これからは雪が降っても太陽が助けてくれる。12-2-29

 

昨日はお金の使い方でその人がわかると書いたが、自分の望みや意思が入る場合とそうでない場合でその中味は違ってくる。後者は価値観に関係のない事故や病気などの出費のこと。幸い事故には近年無縁だが昨年の医療費は随分多かった。これも、どんな状況に置かれていたかの重要な手掛かりになっている。どっちにしてもお金の行方はその人のそのときの生きる姿を見事に表わしているわけだ。12-2-28

 

何にお金を使うか。それはその人の価値観や生き方に直結している。金額の多少に関係なく多ければ多いなりに、少なければ少ないなりにそれぞれの求めるものは見えてくる。履歴書は表の姿を綴っているわけで、手段としての部分も含まれているから本質はわかりそうでわからない。その点、お金の使い方はその人の根源的な部分が鮮明に表れる。その人を知りたければお金の行き先を知ればいい。12-2-27

 

この時期、毎年恒例の電卓作業に入る。まず最初にやるのはレシートや領収書の仕分け。それぞれに分類してからいよいよ電卓の出番となる。素材購入先の金額の違いによってその年の制作内容も見えてくるからおもしろい。一昨年はだんとつの購入額だったホームセンターが昨年は東京のアクリル板の会社に見事に入れ代わった。その他の具体的な集計金額も昨年の様子や出来事を思い起こさせる。12-2-26

 

東北大震災からすでに1年が過ぎようとしているのに瓦礫の処理がほとんど進んでないという。それを受け入れる自治体が極端に少ないことがその理由として上げられている。受け入れようとしても反対の声が上がるので躊躇しているらしい。反対している人達はどんな処理方法を考えているか是非知りたい。ほんの少しずつでもいいから全国的な規模で受け入れて処理しなければ解決しないのでは。12-2-25

 

『歳をとったから体が弱るのでなく、使わなくなるから弱るのだ』。これは本屋の立ち読みで得た主張だが、なるほどと思った。年令とともに体力も自然に衰えていくと考えてしまうが、本当に衰えるのは個人差もあるが70過ぎからという。確かに若いときに比べると持てる体力の発揮度は減り続けている。頭も含めて様々な部分を使ってあげなくては。とりあえず立ち読みの続きで足腰の鍛練を。12-2-24

 

深夜の散歩。先日、友とススキノ近くで飲み語っているうちに久々に地下鉄の最終を超えてしまった。友と別 れたのは0時40分。夜風にあたりたいのと少しでも浮かそうとすぐにタクシーに乗らずに歩き始める。最初は札幌駅辺りで乗ろうと思ってたのに歩きのエンジンが掛かってしまって止まれない。今度はここまで来たらの気持も入る。半分を過ぎてようやく乗車したときには6,000歩にも。12-2-23

 

最初は努力が報われなくても、いつか役立つときが来たりする。アトリエでの屋根裏修理に使おうと約3mの長いはしごを垂木で作った。しかし、それは長過ぎてその場所では使えず落胆していた。でも嬉しいことにそのはしごを活かすときが最後にやってきた。屋根裏の補強を終え、へこんだ屋根のトタンを平らにし固定するとき、雪山を利用するとはしごは屋根の傾斜に合わせて設置できたのだ。12-2-22

 

『災い転じて福となす』というほどではないが、忘れ物のおかげで大事なことに気付いた。アトリエの修理に向う途中に材料を買うためホームセンターに寄って買物を終えた時点で家からの忘れ物を思い出す。戻るのが億劫にも感じたがやっぱり引き返した。結果 的にこの選択に救われた。実は、玄関のドアの鍵を掛け忘れていたのだ。1時間弱でも不安になるのにこれが夜の帰宅時だったら・・・。12-2-21

 

昨日撮ったハルカヤマの写真をプリントしてもらい(アナログカメラなので)、さっそくHPに掲載する。そうは言ってもフィルムの半分は去年の12月31日のもので、それに関してはようやく載せられたということになる。速効性のことを考えたらデジタルのほうがいいのは充分わかっているのだが、アナログを離れられないでいる。しかし、店頭のフィルム売り場は縮小され今にも消え入りそう。12-2-20

 

久し振りに『ハルカヤマ』の作品に会いに行く。ここまで遅くなったのにはわけがある。異なる状況にある作品を撮りたいと思い、次は吹雪を狙っていた。ところが、仕事や屋根のこともありうまくタイミングが合わなかった。午後は雪との予報を信じてヤマへ向う。カンジキを履いて登った先に1mほど雪に埋もれた作品が待っててくれた。吹雪どころか雪も降らなかったが無事会えたのが嬉しい。12-2-19

 

トタンの三角屋根の修理をするには大事な条件もある。それは気温の低い内に完了させること。へこんだ部分のその上には大きな雪の塊が控えているのだ。幸い(修理にとっては)寒い日が続いているので安心して作業ができる。修理に入る前に苦労したのが足場作り。屋根裏から補修するためには天井裏に足場を作る必要がある。安全性を考慮しながら組んでいくが最初は怖さもあり四苦八苦した。12-2-18

 

借りているアトリエの玄関の屋根に雪の影響でへこみができたので、それを修理するためできるだけそちらに向っている。はしごで屋根裏を見てみると垂木が1本折れていた。とりあえず最初は応急処置としてこれ以上の破損を防ぐため3m60Bの長い角材で下から支えることにした。そのとき役立ってくれたのがジャッキ。前の車を廃車にするときジャッキだけは取っておいた。9年振りの復活。12-2-17

 

例え話で非常に納得させられたものがある。それは、地球で地球外生物と遭遇する確率を『富士山麓の蟻がアマゾンの蟻に出会うようなもの』と例えていた。つまり、決して出会うことはないし宇宙の広さは想像を遥かに超えていることをわからせてくれる。無限に近い大きさと無に近い小ささを理解するのは非常に難しい。ウィルスどころか素粒子などの小ささはどのように例えられるのだろうか。12-2-16

 

『ヒトの体が地球くらいの大きさとすると、ウィルスはせいぜい「象さん」くらいの大きさにしかならない』というウィルスの小ささをわからせようとする比喩があったがいまいちピンとこない。象の大きさはイメージできるけど地球はできないから。もし例えるなら誰でもわかるものにしてほしい。もしヒトが鯨だとするとウィルスは・とここまで書いたが認識できる細小のものが思い浮かばない。12-2-15

 

日本人の好みに合致。最近得たジャズ情報で『国内で売れているブルーノート(レーベル=発売元)のアルバムは何か?』というのがあり、1位 から3位までが『クール・ストラッティン/ソニー・クラーク、サムシン・エルス/マイルス・デイビス、ブルー・トレイン/ジョン・コルトレーン』になっていた。なんの知識も素養もないまま聴き始めたジャズだがとくに上位 ふたつが気に入っていた。12-2-14

 

自宅界隈の排雪作業。大型の重機が何度も往復して踏み固められた圧雪と氷を削り、片側に寄せ集めていく。次に排雪用の重機が現れ、雪の山を吸い込み上の口から勢いよく吐き出す。それを数珠つなぎになったダンプが受けとめ雪捨て場へ運ぶ。この豪快でスムーズな流れ作業は間近に見られる年に一度のショーのようなもので部屋の窓からわくわくしながら眺めていた。雪解けへの願いも込めて。12-2-13

 

車を運転しているとき助手席の人に「こんな状態でよく前が見えるね」と聞かれ「こっちもよく見えてないんだよ」と返したことがある。運転席だからよく見えるわけではない。ときとして勘を働かせなくてはならない場合もある。吹雪だけでなく濃霧や豪雨のときもそうだし、車の跳ねた雨水でフロントガラスが覆われて瞬間的に視界がゼロになったりもする。鋭い勘も大事だが運も関係してくる。12-2-12

 

今までも猛吹雪のなかで運転したことはあったが、昨夕のは最悪のものだった。微かでもテールランプが見えているときはまだいい、それも見えなくなると頼るのは勘のみ。窮地から脱出するには危険は承知のうえで直進していることを信じてアクセルを強く踏みテールランプが見えるまで距離を縮めるしかない。そんな恐怖を何度も繰り返した。極度に緊張した運転を無事乗り越えての帰還に安堵。12-2-11

 

『あの赤いテールランプだけが命綱、決して見失ってはいけない』。今夕、一寸先も見えなくなるような猛吹雪のなかを車で走った。頼りになるのは前を走るトラックのテールランプだけだった。どこが中央線でどこまでが道路なのかもわからない状態では前の車を信じるしかない。あまり近づき過ぎるのも危ないが見失ったら進めなくなりもっと危険だ。止まることを許されない恐怖の運転だった。12-2-10

 

2月は逃げると言ってあっという間に過ぎてしまう。すでにもう3分の1が過ぎようとしているから当っている気がする。今年は1日多いにしても他の月より少ないのに変わりはない。この寒い日々と雪のことを考えたら早く過ぎ去ってもいいような気もするけど、いつの間にか過ぎ去ってしまってはこまるのだ。何がこまるのかはよくわからないが、何かをやり残したような気にさせられるのはイヤ。12-2-9

 

オノデラ ユキの作品を初めて観たのは7年前の‘05年に大阪の国立国際美術館でのことだった。それでネットでの検索条項にそれも加えたというわけ。写 真のグループ展のたくさんある作品のなかでもオノデラ ユキの空を背景にして古着を撮ったモノクロームの数点がとくに印象深かった。そこには、大きな時の流れの狭間に生きた個人の存在をしっかり捉えて伝えようとする意思が感じられた。12-2-8

 

名前がどうしても出てこない人がいた。以前その人の話題になったとき、話相手も出てこなくてお互い歯がゆい思いをした。ふっと思い浮かぶのではと期待してたが出ずじまい。本を開いても見つからない。ところが最近、簡単な方法でその名前に行き着いた。それはネットの検索。この手があった。『写 真家、女性、国立国際美術館』であっさり解決。作品がお気に入りのその人の名はオノデラ ユキ。12-2-7

 

深く、そして軽くがキーワード。しっかり追求すると同時にどんどん軽くなっていきたいというのも大切な願い。わかりやすいところでは持ち物の整理(不用な物の処分)をして身の周りを軽くし、残され選ばれた物たちを存分に活かしてあげること。かなり整理は進んできているがまだまだ途中だ。物だけでなく心も軽くなるのが望みだけど、こちらは物の整理とは違ってそれ以上時間が掛かりそう。12-2-6

 

これからの10年。何となく思い描いているのは焦らずにじっくり深める10年にしたいということ。制作でも外での仕事でも個人的な自分の世界からも中途半端で曖昧な部分を減らしていきたいと願っている。それは自分を落ち着かせ安心させるための大切な方法であり手段だと思う。そのためにも本当に大切なものに絞っていく必要がある。そうすると、中だけでなく外もより見えてくる気がする。12-2-5

 

偶然なのか、それとも必然なのか。『ある日のひとこと』は2001年から2011年でちょうど10年になっていて、去年の春、作品ファイルを新たに作ったが意識したわけでないのにこれも01から11になっている。それにもうひとつ加わる。それは毎年実行してきた歩く旅。これも01から始まり去年10回目を迎えている。失われた10年というのがあるがこの10年はどうにか継続の10年にできた。12-2-4

 

最近の部屋のBGMはほとんどがジャズ。友人からたくさんのCDをもらったおかげで次第に好みがわかってきた。いきなり気に入るものもあれば何度も聴いているうちに好きになる場合もある。どの世界でもそうだが、いろいろ多くに触れると徐々に違いがわかってくる。今のところジャズでの違いはあくまでも曲全体の自分の好みの範囲内であって誰のピアノで誰のサックスかはまったくわからない。12-2-3

 

ひとりでプロント(このタイプの店を何と呼んだらいいのだろう?喫茶店でいいのかな?)で珈琲を飲んでいたときのこと。ひとつ離れた席に70代と思われる男女が座り話し始めた。雰囲気と話し方からして夫婦ではない。それはどうでもいいのだが、その声がふたりともやたらと大きいのだ。非常識だなと思ったが、ふと気付いた。きっと、耳が遠くなったせいに違いないと。自分も心しておこう。12-2-2

 

「今日は穏やかであったかいね」と言って見上げた寒暖計は−3℃。すっかり寒い日に慣らされてしまったおかげで−3℃でも暖かく感じてしまう。これは正午頃、中心街の建物から外に出たときのひとこと。−30℃を記録する土地では−20℃でも同じことを言うにちがいない。それにしてもこれだけ寒い日が続くのはとても珍しいはず。これからも寒波に慣らされて−10℃も平気になるのかも。12-2-1

 

 

 

 



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NAKAHASHI OSAMU

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