ある日のひとこと

 

 

=そのときどきの、思いついたこと、感じたことを書き留めてます=

 


 

指導してる絵画教室のモチーフ探しにフリーマーケットに行く。かなり大規模なもので入場料として500円支払う。3、4年前に一度顔を出してるのでだいたい予想はついてたがすごい混雑ぶり。ほとんどが若い女の子の洋服中心の店。それ以外で掘り出し物はないかと人込みのなかを根気よく見て回る。品物を入れてるトランクが目につき聞いたら売り物だという。それだけでも行ったかいあり。06-4-30

 

他国の人々をもっとも多く殺害してる国の大統領に救出を訴える矛盾。そのアメリカの大統領は「信じ難いのは国家として拉致を許したことだ。指導者が拉致を奨励することは心がない。国際社会から尊敬を得たいのなら人権を尊重することだ」と北朝鮮を避難したという。拉致を戦争に人権を人命に置き換えると自分に対する言葉になる。密かにやるのは極めて卑劣だが堂々とやるのはなお残虐。06-4-29

 

今日も仕事を中断して卓球を見てしまった。順調に勝ってくれてすっきり。いただけないのははしゃぎ過ぎのタレント。張り切ってるつもりだろうが自分ばかり目立とうとしてこっちは興醒めするばかり。世界陸上やバレーボールも同じ。くさい演技をみせられるとせっかくの感動も台無しになる。しかし、そのパターンを喜ぶ人が多いわけだからあきらめるしかない。それにしても・・ま、いいか。06-4-28

 

昨日、今日と世界卓球の女子団体を見た。卓球の中継自体ほとんどないというのにゴールデンタイムとは驚き。これも福原愛のおかげ。とにかくスピードのある試合展開に引き込まれる。かつて卓球部にいたこともあるわけだからおもしろさは知ってたがルールの変更が緊迫感をさらに高めているようだ。息付く間もなく目まぐるしく試合は進む。それに比べると野球はなんとのんびりしてることか。06-4-27

 

逮捕された人を乗せた車を追い掛ける報道陣を見て思うこと。中がまったく映らない黒いウィンドーにレンズを向けても意味はない。ニュースのキャスターが『報道陣を押し退けて護送車が走り去った』というが車の進路を妨害して群がったのは誰。我々も必死で仕事をしてますと訴えたいのだろうが幼い行動に思えてならない。本質的な部分とはまったく関係のないところで張り切ってどうする。06-4-26

 

昨日、芽室へ行ったのは隣の家に預かってもらってた最後の荷物を引取るため。これで実家で使われてた物はすべて移された。元実家にはすでに住んでる人がいて車や自転車が置いてあり違う空気が漂っていた。売ったあとの元実家を見るのは今回が初めて。もう敷地に入れないと思うと長年帰省し庭仕事や雪かきに頑張った時間がずっと遠くへいった感じがする。気になる庭は季節はずれの雪の下。06-4-25

 

4月の下旬だというのに寒い日が続いてるから用心のためスタッドレスタイヤのまま芽室へ。天気予報で雪マークになってたからちらつくかもしれないと思いながら峠に向った。ところが、頂上付近になるとちらつくなんてものじゃなく今は冬かと錯覚するような本降りで道路は圧雪状態。もしもタイヤ交換してたら3時間の行程を無駄 にしてUターンせざるをえないところだった。峠は冬そのもの。06-4-24

 

最近、夜中のトイレに起きることが多くなった。無理に我慢しても落着いて眠れないのでめんどうでもさっさと布団から抜け出る。それでも嬉しいことに戻ってからすぐ眠りにつけるので朝起きたときトイレに行ったことさえはっきり覚えてないことがある。とにかく習慣にならなければいいのだが今のところどう対処すればいいのかわからない。これがすぐ眠れなくなったらつらいんだろうな。06-4-23

 

ヨーロッパに滞在してた最後のころ、オックスフォードにある英語の語学学校に入った。たった1ヶ月のコースだったがとても有意義で楽しい体験だった。語学の学習のみならずイギリス以外のヨーロッパ中ほとんどの国の人達との交流も貴重な思い出。そのときはすぐにでもまた外国への旅ができると思ってたのに活かされたのは16年後の1週間だけ。そのあとは使うこともなく忘れ去るばかり。06-4-22

 

中学と高校で6年間、少なくとも3年間は確実に習ってるわけでむやみにその期間を延ばすより教える内容と教え方こそ工夫すべき。現在の英語の授業内容はまったく知らないけれど役立つ部分を確実に身につければ充分だと思う。あとは本人の意欲次第でどうにでもなる。必要となれば大人になってから勉強してもいいわけでほかの教科に比べると教材と機会はたくさんある。危ない所もあるけど。06-4-21

 

小学から英語教育を始める考えが進んでるらしい。これには大反対。意味がないどころかマイナスになるような気がする。それをやるなら中学からで充分。なによりも自分の国の言葉を正しく覚えそれを上手に使えるようになるのが先決。順序をまちがえると両方とも駄 目になる。基礎があっての応用なのにどうして無理をするのだろう。そんなことをしたら発言できない日本人をさらに増やすだけ。06-4-20

 

水槽内の魚達にはそれぞれの好きな場所が決まっている。多分寝てるんだと思うけどじっとしてるときは必ず同じ場所にいる。その場所はすっかり定着した。けっして並んだり寄ったりはしない。縄張り意識はけっこう強くてほかの魚が自分のエリア内に入ってくると必ず追い立てる。その追っぱらいかたはしつこかったりあっさりしてたりといろいろ。性格的な違いのあるところがおもしろい。06-4-19

 

我家に魚達が来てから2ヶ月以上過ぎたというのに大きさに変化が認められない。毎日眺めているからそれに気づかないのだろうか。6匹はそれぞれ違った大きさだったがその違いもそのまま続いている。それぞれが同じように成長してるから気づかないのだろうか。あんまり大きくなってほしくないからこのままでもいいのだがそんなわけにもいかないか。そうだ、この魚達の寿命を聞き忘れてる。06-4-18

 

先日、2点目の立体作品の制作日数がかなり短縮できたことを書いた。最初は1ヶ月、2点目は25日あまりそして現在制作中の3点目は20日くらいでできそうだ。いくら慣れたところで限界はあるけどできれば2週間で1点、つまり1ヶ月に2点が目標。最初の寸法取りとカッティングをより正確に進めれば可能だと思う。とにかく8月の個展会場でたくさん並べたところを自分が見てみたい。06-4-17

 

「あ!僕の大好きなとうきびだ」。スーパーの惣菜売り場にあったとうきびの前でどうしようか迷ってたとき3、4才の男の子がそう言いながら迷わず手に取った。「それはだめだよ」すかさずお父さんの強い声が聞こえた。それでもとうきびを握りしめたまま少しあとからくるお母さんをじっと見つめている。男の子のそばに来たときお母さんはほほえみながら軽くうなずいた。『よかったね』。06-4-16

 

来年6月の個展のギャラリーを予約。そこはつい最近顔を出したばかりの所で一歩足を踏み入れたときからやってみたいと思わせる空間だった。今まで札幌ではお目にかかったことのない質の高い空間になっている。そして、いてもたってもいられぬ 心境で3日後に予約を入れた。今は今年8月の個展の作品制作に懸命だけど来年の分も確保されてると思うと嬉しくて落着いた気分で専念できそうだ。06-4-15

 

車のバックといえば男と女の違いをつい最近見つけた。今までもなんとなくそう思ってたけどそれを決定づけるような場面 に遭遇。何が違うかといえばバックで駐車スペースに入るときの振り向き方。男性は中央から後ろを見るが女性は運転席の窓側から見る。たまたまスーパーの駐車場で見かけた女性3人が続けて同じ振り向きかただった。すべてがそうとは言えないがかなり高い割合に違いない。06-4-14

 

立体駐車場からバックで車道に入るとき、係員が「ハンドル切って、ハンドル切って」と大声で叫ぶ。あまりにも当たり前の行動を指示されるのは気分が悪いので事前に「言わなくていいですから」と言ったらけげんな顔をされた。もしもその場でハンドル切らない人は運転不適格者で危険な人。会社のマニュアルに従ってるのだろうが歩くときに「右足のつぎに左足出して」と言われてるみたい。06-4-13

 

今日、札幌で今年初めて10℃を上回った。これは65年振りの遅さだという。札幌に住んで40年だからこんなに遅い春は初めての体験になる。4月も中旬だというのにのんびり散歩をする気分になれないのが悲しい。昨日の続きをちょっとだけ。女性が僕とわかって挨拶をしてくれた理由がわかった。その人にとっては一人の新しい人だからだ。こっちは大勢のうちの一人だから覚えるのが大変。06-4-12

 

挨拶のむずかしさ。スーパーで女性に軽く頭を下げられた。僕もそうしたがけげんな顔のままだったと思う。たしかに会ったことのある人だけどそれがどこの人か思い出せなかったのだ。それだけでお互いその場を離れてしまったが中途半端な挨拶に申し訳ない気持ちが残った。あとで思い出したら自宅近くで何度か挨拶してる人だった。それなのに場所が変わるとすぐには思い出せないからこまる。06-4-11

 

『まいった、まいった』おととい昨日とわかったふうなことを言ったのに今日は失敗をしてしまった。順調に進んでるはずだったのに接着後にゆがみを見つけた。接着前にしつこいほど確かめたはずなのになぜか曲ってる。許せる範囲外なので接着した部分を取り外してやり直しに入る。でもなかなかまちがいを特定できない。どうにか修正するのに半日もかかった。調子にのったら危険と反省する。06-4-10

 

立体作品を意識的に制作すると技術力はまちがいなく高まる。そうすると同じ時間内の仕事でもより正確にそしてより多くの量 をこなせるわけだから技術は大事な要素といえる。当然、完成度も上がり満足度も増す。イメージを具体化するための奮闘は作りたいという欲求がある限りいつまでも続く。06-4-9

 

嬉しい発見。発見というのとはちょっと違うけど新たにわかったことと言えばいいのだろうか。完成するのに1ヶ月近くかかった作品の連作をしてるが3点目に入ってそれをかなり短縮できるようになった。要領がよくなったのと誤りの先送りは決してするべきでないことを学んだのが大きい。多少手間取ってもいいから小さな誤差も気づいた時点で完全に修正しておくとそのあとは非常にスムーズに。06-4-8

 

今も続けて読んではいるけど今回の新聞小説はなかなか深まらない。いつまでも浅いところで行ったり来たりしてる感じ。朝刊はすでに95回、夕刊は51回にもなっているというのに焦点が定まらない。いまいち引き込まれないのは話の内容や流れに緊迫感がなく、話し言葉にも臨場感が乏しいせいだと思う。かつての同級生の会話にしても小学校の先生と生徒のやりとりにしても何か違和感がある。06-4-7

 

今年も雪が多かったとはいえ去年に比べると雪解けが早かったので喜んでいたというのになかなか春の陽気になってくれない。今日も冬に戻ってような猛吹雪。せっかくのおめかしの入学式もかわいそう。1日には春を迎える準備がすっかり整っていたというのに出鼻をくじかれてしまった。ペースを作るためにも始まりは肝心なのに・・。春はあてにならないのでさらに熱く燃える必要がありそうだ。06-4-6

 

歴史的な建造物を見ても作らせた人より実際に作った人をイメージすることが多い。『よくこんな大きなものを積み上げたものだ』『この材料はどこから運んできたのだろう』『こんなに細かい作業をどのくらいの人で何日かけたのだろう』などの思いがついつい浮かんでくる。自分が作る側にいるからそうなるのは当然かもしれない。かつてアルハンブラ宮殿の細工を見たときも気持ちはそっちへ。06-4-5

 

札幌テレビ塔を初めて訪れたのは小学校の修学旅行のとき。そのときの写真はアルバムにしっかり収まっている。できてからまだ3、4年しか経ってないときだからその高さに驚き感動したのはまちがいない。細かい記憶が定かでないのが残念。そのテレビ塔も今はFMラジオ塔だという。たとえ違う使われ方をしても電波塔でなくなってもテレビ塔はやっぱりテレビ塔。今さら札幌タワーとは呼べない。06-4-4

 

ヨーグルトは1個のものもあるけどほとんどは3〜4個のパックになっている。今回のは3個入り。だから同じのが続く。パックといえば納豆もそうだ。だいたい3個入りを買う。鮮度のことを考えてもこのくらいがちょうどいい。納豆は毎日ではないが5日に3個がなくなるくらい。北海道産大豆にこだわってるのでごっそり置いてる棚のものよりはちょっと高い。でもそんなものと思えば平気。06-4-3

 

最近、ヨーグルトの種類が随分増えた。よく口にしてた商品はあったけど今はいろいろ試してみてる。それぞれ微妙に違うので試すのも楽しい。食べてない商品はまだまだたくさんあるので開拓はしばらく続きそう。そうしてるあいだにも新商品は出るだろうからきりがない。それにしてもヨーグルトがすっかり定着してほとんど毎日食べるようになった。今日食べたのはキウイとアロエのヨーグルト。06-4-2

 

春を迎えるために気分転換も兼ねて大掃除ならぬ中掃除をする。掃除機だけでなく拭き掃除もするとさわやかさが違う。次には水槽の掃除と水の取替え。魚達はひとかたまりになって隅でおびえてる。かわいそうだけど初めてのとき動きが早くて魚達をすくうのは無理とわかったのでしかたがない。透明度を増した水に魚も水草もすっきり。魚達も喜んでくれてるならいいのだが表情に変化はない。06-4-1

 



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NAKAHASHI OSAMU

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