ある日のひとこと

 

 

=そのときどきの、思いついたこと、感じたことを書き留めてます=

 


 

 

いよいよ7月も最後の日になり明日からは8月。それにしても7月は不思議な1ヵ月だった。前半は何十年振りという猛暑が続いたのに、後半はほぼ平年並みで過ぎた。おかげで、真夏はすでに終ってしまったような不思議な感覚になっている。体も以前の猛暑に慣らされたからか、30℃を超えないとさほど暑さを感じない。異常な天候だから8月中旬まで涼しくてその後残暑が厳しかったりして。17-7-31

 

日本には2022年問題というのがある。その年には団塊の世代が75歳になり始めるのだ。そして、それは超高齢化社会の加速を意味している。そんなに遠い話ではなく、わずかあと5年でそのときがやって来てしまう。まさに、自分はそのまっただ中にいて、常に新たな問題を抱え提起する世代ともいえる。どの世代も様々な問題はあるが、人口の多い分だけ社会全体に及ぼす影響は多大になる。17-7-30

 

夜の卓球の前に『ひとこと』。最近は夕方6時半からの卓球に出掛ける前に『ひとこと』を書くようにしている。家に帰って来るのは9時ちょっと過ぎだからそんなに遅いわけではないけれど、卓球で思いっきり体を動かし汗をかいた後には少しのんびりしたくなったのだ。これは早寝になったのも関係していて、寝る前に何かに追われたくないという気持もある。これも、歳を重ねた証拠のひとつ。17-7-29

 

車を1時間半ほど走らせ、大学時代からの友人宅を訪問。昨年、自家菜園で作った野菜をたくさん戴いたので、今年は畑の草取りをして少しでもお返しをしたいと思っていた。しかし、少し道に迷ったせいで時間を失い、考えていた半分もできなかった。それなのに、帰りには旬の大根、人参、胡瓜、ミニトマト、ピーマン、ししとう、南瓜、長ネギ、じゃがいもなどを持たされ感謝の気持で一杯に。17-7-28

 

もう7月も終ろうとしているのに、今月の卓球はたった2回しかできていない。6月には7回やっていたからかなり少なくなってしまった。いつもやっている体育館などが運悪く使えなかったり、用事が重なったり、いつもの卓球仲間が忙しかったりしたせいもあった。それまで一生懸命練習してきた技術が衰えてしまったのではないかと心配になってしまうほどの空きに感じる。あとは31日のみ。17-7-27

 

家電店でタブレットの値段を確認。それをする気になったのは、先日会った友達が車の旅の様子と幼いときからの写 真をタブレットで見せてくれたため。画面がそれなりに大きいので見せる方も見る方も楽にできるのがいい。そこに自分の写 真を入れてしまえばアルバムもいらなくなると気付かされたのだ。もちろん、作品を見てもらうのにも大いに役立つ。1万円台からあるのを知ってホッとする。17-7-26

 

札幌の小中学校では今日から夏休みに入った。いっときの猛暑ほどではないけれど、平年よりちょっと高めで夏休みに相応しい気温になっている。子供達はプールや海での遊びを楽しみにしているだろうからちょっと暑いくらいがちょうどいい。子供の頃過ごした浦河は夏でも大して気温は上がらず、川で泳いで遊ぶときは焚火がセットになっていた。それでも寒くて震えながら遊んだこともあった。17-7-25

 

実は、車で芽室に向っているときに初めての嬉しい出会いがあった。狩勝峠の手前で歩いて旅する人に出会ったのだ。すでに峠に差し掛かり町からはかなり離れているうえ、リュックを背負い淡々と歩く様子からしてまちがいないと思う。右側を歩いてる人に気付いたのは100メートル前くらいだったので、一瞬にして追い抜いたがしっかり若者の横顔を見ながら『がんばれよ』と心でつぶやいた。17-7-24

 

車で往復10時間以上掛け3時間の草取りをしてきた。朝8時に家を出て、両親の眠るお墓に着いたのが1時半。最初、草を目にしたときは少なく見えても、いざやり始めると切りがない。できるだけ根の先から抜きたいので、ピックのようなものでほじくってから根元を指でしっかり挟んで引き抜く。きれいに抜けると嬉しいが途中で切れるとがっかりする。夕方5時に芽室を離れ10時に我家へ。17-7-23

 

以前、駅ではない階段のない所でのエスカレーターで、左側にはその前にも列があって右側は空いていたのでそっちに乗り立っていたら後ろからきた男が偉そうに通 せと言う。よっぽど急いでいるのならと身を寄せて先に行かせた。しかし、降りた後その男は急ぐ様子もなくゆっくり歩いている。こっちは普段と同じに歩いているのにすぐに追い越した。エスカレーターを歩く人にはこんなのもいる。17-7-22

 

エスカレーターの乗り方まで指導されなければならないなんて幼稚園児か。以前から何度となく、エスカレーターに乗るときはベルトにつかまって立ち止まり、歩かないでほしいと啓発されているのに、まだ指導を繰り返されることにあきれる。急いでいるなら階段を駆け上がるか、平謝りして丁重にお願いして通 してもらうならまだしもそれもしない。まるで、歩く人優先のように振る舞う。続く。17-7-21

 

いっときの猛暑ほどではないが蒸し暑い日が戻ってきた。こうなると、水を飲む機会が増えてくる。卓球のときに冷蔵庫で冷やした水道水を持って行ったのが始まりで、それからは常にボトルの水道水を冷蔵庫に入れてある。これが十分おいしいので水を買う気はしない。ところで、素朴な疑問が湧いてきたのだが、飲み物は冷たいか熱いとおいしいのに温いとおいしくないのはどうしてなんだろう。17-7-20

 

そして、『どうして、まちがえたのだろう』と歩きながら自問していた。悪いことは重なり、携帯電話のバッテリー切れのためメールと不在通 知にも気付かずにいたのだ。いくら考えても原因はわからないが時間をまちがえて覚えてしまったのは確かで、これをやってしまった自分を認めるより他ない。こんなことはなかっただけにショックだった。これをいい教訓として忘れないようにしなくては。17-7-19

 

昨日は友人との待ち合わせ時間をまちがえて大いに焦る。3時40分頃に家の電話が鳴った。今日の夕方5時に会う予定の友人からだったので思わず「どうした?」と聞いた。急用で会えなくなったと言うのかと思ったのだ。すると「3時の約束なのに来ないから電話した」と言われた。その時点でも5時と思い込んでいたが、メールを確認すると3時になっている。謝って大急ぎで出掛けた。続く。17-7-18

 

少しでも物を減らしたくて本の整理をする。捨てるときには潔いほうではないので、どうしても何度かに分けてやるようになってしまう。何年か前に整理したはずの本棚には、その後、まったく読んでないものもたくさんある。それらは捨ててもいいのだろうが、それができない。一度本を開いて中味をさっと確認してから捨てるか戻すかを決める。それでも、20册近くになったから良しとしよう。17-7-17

 

記録的な猛暑の後にやってきたのは記録的豪雨。朝方までは雨の天気予報がはずれたのではと思わせるような晴れ間も見えていたのに、10頃から降り始めた雨は次第に強くなり、そのうちいわゆるゲリラ豪雨になった。家の近くは幸い短時間だったので何事もなかったが、夕方のニュースでは市内での道路の冠水や他の街の床下浸水などが映されていた。最近の天気には適度というのがないようだ。17-7-16

 

暑さの記録はとどまることを知らないようだ。今日も真夏日になりついに11日連続になってしまった。ここまでくると、頭はぼーっとするしだるさも出て来て何かを集中してやる気にもなれない。もちろん、扇風機は回しているが、外気そのものが暑いので涼しい風になってくれない。それならばと、玄関前と窓際に打ち水どころかバケツで何杯もの水をまく。暑さ対策でここまでしたのは初めて。17-7-15

 

暑くなると食べたくなるのが冷やしラーメン。何といっても食欲をそそる彩 りと冷たさがいい。冷たさだけでいえば冷麦も素麺もあるけれど、冷やしラーメンに比べると味が淡白すぎる。それだけではいまひとつ物足りないのだ。今年の冷やしラーメンには胡瓜、トマト、卵焼き、ハムか蟹かまにレタスも加わりさらに美味しくなった。麺はすっかり隠れてしまい、これはもうラーメンサラダのよう。17-7-14

 

北海道にとっては記録的な暑さの連続になっている。7月に9日連続の真夏日は13年振りだという。今後も更新されそうな天気予報になっているから、まだひと息つけそうもない。間に涼しい日が挟まれば随分楽になるのに、それがないから暑さ疲れはたまる一方だ。ただし、これだけ続くと体が慣れてくるのも事実で、30℃を超えても驚かなくなってしまう。それでもやっぱり涼しさが恋しい。17-7-13

 

精米のしてない米をたくさん戴いたので、とりあえず5キロほどを精米してもらおうと近くの米屋に持ち込んだら「30キロ以上でないとできない」とあっさり断られた。こうなるとネットに頼るしかない。すると、車で5分で行けるところにコイン精米機があったのだ。あっという間に終り、料金は100円。こんなに簡単で安いなら、米屋に断られて良かった気がする。こっちの方がずっと気楽。17-7-12

 

昨日は半年に一度の恒例の運試しの日。それは市民ホールの部屋を予約する日で、その前に予約をする順番を決めるカードを箱の中から引かねばならない。いつもは80人台だった希望者が102人になっていて、競争率も高くなっているのでなおさら気合いも入った。しかし、引いた数字が92の最悪に近い数で一瞬茫然とする。前回は14だったので、いいことばかりは続かないとの教訓を得た。17-7-11

 

納沙布岬への『歩く旅』から1週間が過ぎ、この間にもいくつかの出来事があって『ひとこと』でも触れたいので、この辺で終りにしたい。歩いているときの釧路、根室が非常に暑くてまいったと嘆いたが、その後はさらに暑くなったので、あれで済んで助かったわけだ。それに、雨に降られなかったのも幸いした。小雨なら有り難くても大雨だと足に影響が出る。もう、気持は白神岬に向っている。17-7-10

 

帰宅後に納沙布岬での失敗を知らされる。歩いた道を辿ってみようと、パソコンでグ−グルの地図の航空写 真を開き、根室から岬へ向い到達してみると、何と自分が岬の先端と思った大きなモニュメントの横約300メートル先に本当の岬があるではないか・・・。これには愕然とした。現地ではまったく疑わなかったのが悲しい。何の岬感もなくがっかりと書いたが、そこには小さな岬があったのだ。17-7-9

 

根室から納沙布岬への道は大平洋側とオホーツク海側のふたつがあり、ほぼ等距離なのでどちらを選ぶか少し迷った。民宿の人に聞くと下(大平洋側)は人家が多くあり、上は自然が多いという。しかし、岬から根室へ向うバスは下とのことで下に決定。自分の歩いた道をもう一度確認してみたいのだ。4時間掛けて歩いた道もバスは40分で到着したが、数時間前に歩いたどの場所も懐かしく映った。17-7-8

 

今回も二日目の後半から足裏の水ぶくれに悩まされたが痛みは小さくて済んだ。旅の前にウォーミングアップと足裏の慣らしを兼ねて随分歩いたはずでも、やっぱり50キロを超えて続けて歩くのでは負担が違うのだろう。二日目の宿に到着後すぐに水ぶくれの処置をしたのも功をそうした。水が溜まって膨らんだところに針を差して水を抜くのだがこれにもすっかり慣れた。針は『歩く旅』の必需品。17-7-7

 

釧路から厚床に行くため8:18発の根室行に15分程前に乗車すると、すでに半分以上の席が埋まっていた。当然、窓際はもうなく、そこに荷物が置いてあるだけの隣の席に座った。出発間際に戻って来た初老の男はその荷物を手に取りすぐ後ろの席に移った。すぐに会話が始まったから一緒に旅をしているようだ。おかげで窓際に座れたからいいのだが、それなら最初からふたりで座ればいいのに。17-7-6

 

根室に向って歩いていて意外だったのが、国道の交通量の多さ。報道などで釧路や根室の斜陽が伝えられていたから、もっと活気のない状況を想像していた。でも、日高や名寄から北に向う道より車はずっと多く行き交っていた。これは経済にも直結しているわけで、行き来が少なければ当然お金の動きも少なくなる。釧路や根室が経済的に厳しいのは現実だから、これでも足りないということになる。17-7-5

 

釧路の宿に選んだのはスーパーホテル。ここはバスターミナルと直結で根室駅のすぐ横にあって、とにかく移動の利便性に優れている。そして、1泊4.500円と料金が安いうえに、部屋も設備も新しく整っていて、スタッフも非常に優しく親切だから言うことがない。さらに、サービスの朝食が充実していておいしいのだ。厚岸に泊らず、わざわざ釧路に戻って連泊したのはこんな理由があったから。17-7-4

 

しばらくは『歩く旅』の話が続きそうだ。今回の納沙布岬到達で神威岬、地球岬、宗谷岬を制覇した。目標としている6つのうちの4つが済み、あとは松前町にある白神岬と日高の襟裳岬のふたつになった。難関と思っていた宗谷岬と納沙布岬が済んで、気分的に随分軽くなった気がする。白神岬も遠いが南に向うのは気持のうえで何かが違う。そして、最後の襟裳岬は高揚感に満ち溢れているだろう。17-7-3

 

6:50出発。しばらく草原を歩き、いくつかの集落を通り過ぎながら納沙布岬を目指す。曇り空だけど今日も気温は高い。それでも、根室からの22キロをノンストップで歩き、10:50納沙布岬に到着。宗谷岬に似て岬感がまったくなくてがっかり。しかし、無事到達できた達成感にひたる。バスで根室駅に戻り、2時間半の列車で釧路へ、そして5時間のバスで札幌へ。23:50我家に帰還。17-7-2

 

釧路のホテルに連泊した理由は後ほど書くつもり。ホテルの朝食をたっぷり食べ、釧路駅から列車で厚床に向う。実は厚床の宿を確保できず、厚岸、厚床間の歩きを断念したのだ。10:05厚床駅前を出発。晴れ。ほとんどが平坦な道で牧草地か牛の放牧場の間を歩く。根室に向っているのに一向に涼しくならない。多分、20℃を越えているのだろう。16:20根室の民宿に到着。今日は33キロ。17-7-1

 

 

 



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NAKAHASHI OSAMU

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