ある日のひとこと

 

 

=そのときどきの、思いついたこと、感じたことを書き留めてます=

 


 

スタンス=立場、ツール=道具、ドクトリン=原則、ミッション=使命など他にもたくさんあったけど国立国語研究所が出した外来語言い換え案の一部。おい、おい、おいって言いたくなる。外来語ってのはもともと日本語として存在しなかった言葉のはず。例えばラブ=愛もそのひとつ。それなのにわざわざ昔からある日本語を押し退けて役所が勝手に使っておいて今さら言い換え案もないだろう。04-6-30

 

自動車保険の支払いをした。保険の割り引き率は最高の60%。最高だからもうこれ以上はない。60%まで来るにはそれなりに年数がかかるのでしばらく使ってないはずだと担当者は言う。5年程前のドアがつぶれた大きな事故は相手に逃げられたので保険の使いようがなかった。自分の車の補償は入ってないので修理代は全額自腹。すると10年以上前の事故以来使ってないわけだがそれでよし。04-6-29

 

今、制作中の作品は8月末から発表するもの。30B四方の立方体を積み上げる計画。以前に書いたように目標は50個。出来上がってるのは14個。とにかくせっせと作り続けねばならない。完成するのは会場で組み立てたとき。もちろんそのイメージはスケッチだけでなく模型でも確かめてある。それを具体化する原動力はそこに作品を存在させる意味を自分の目で確認し納得したいという欲求。04-6-28

 

1日中作品制作。何かと外出続きだったのでじっくり制作できるのは嬉しい。朝、始める前にこのくらいはできるだろうと進み具合を予測する。すべてが順調に進んだ場合を想定してるからミスをすると当然そこまではいかない。今日は余裕で予定したところまでいけたから気持ちよく眠れそうだ。04-6-27

 

703,147,800,000,000。こんなすごい数字を見てもピンとこない。これは703兆1478億円。この宇宙的な莫大な数字は日本のかかえてる借金。5,500,000。国民1人当たりにすると550万円になるらしい。怖いのは今後も増え続けるということ。それにしても危機感のないのが不思議。あまりにもでか過ぎるから開き直ったのか。それに比べたら4万人は少なく思える。04-6-26

 

おとといのドームの話に戻って。ドームが初めてなら一つの器の中にいる4万3000人を見るのも初めて。ドームは確かに大きいが何故かそんなにいる気がしない。4万人といったら小さな市の人口だからにわかに信じられないのだろう。試合終了後の人波を避けようと観客がかなりまばらになってから通 路に出たのにまだのろのろ歩きの人で埋まってたのには驚いた。最後尾の方で4万人を体感。04-6-25

 

今日は昨日とはうって変わって谷川俊太郎自身による詩の朗読会。それも井上有一の書が展示してある空間でやるというとても贅沢なもの。朗読会のあと、最近コマーシャルで流れてる『朝のリレー』が大好きだと直接本人に伝えることできたのは嬉しい限り。裏話なども教えてもらい今度そのコマーシャルを見る楽しみがふくらんだ。こう思ったときに限ってなかなか見られなかったりして。04-6-24

 

初めての札幌ドームでプロ野球を観た。ゲートを抜けて鮮やかな緑のグランドを見下ろして最初に思ったのは『でっかい野球盤みたい』だった。試合が始まってもすぐには現実感が湧いてこない。テレビはいろんな角度から観られるけど生は同じ角度だけのせいだろうか。そんな感想に関係なくいきなり大量 点が入り2回で8対1。9割以上の観客はがっかりしてたが僕はおとなしく喜んでいた。04-6-23

 

いつも節目とこだわってる夏至が昨日過ぎてしまった。2日間新聞のない生活だったせいもありすっかり忘れてた。覚えてたら一番長い夕方をもっとたっぷり満喫したのに残念。それでも実家から帰る途中、初めて車を止めた山に囲まれた公園で30分ほど夕日浴びて散歩をしたのはせめての救い。04-6-22

 

川の流れに手を入れた。まだ蒸し暑さの残る空気とは違って思ってたより冷たい。その冷たさはこの水が山あいから流れて来てることを教えてくれる。途切れることなくいつまでも同じ流れは続く。ふと小石を手に取り何となく定めた水面 の目標に投げてみた。久し振りに投げたせいか距離感が正しく働いてくれない。7、8個の小石を左手に持ち次々投げ始めた。石が落ちる水の音も懐かしい響き。04-6-21

 

予定してた草取りも終わり、ほっと一息の散歩。どちらかと言えば白々と明けてくる朝より少しずつ闇に近づく夕方が好き。朝より夕方の方が時間がゆっくり進む。そのゆったりとした時の流れに身を浸すと心は穏やかな空間に解き放たれ体は軽くなる。もちろんこれは穏やかな夕方の設定。そして街中でなく自然の中がいい。家から歩いて10分程のところにある川に向った。流れる音が心地よい。04-6-20

 

予想を超えて伸び放題。実家のイボタが空に向ってにょきにょき伸びていた。この勢いはこのところの暑さのせいもあるだろう。半年振りの散髪みたいなもので切り応えは充分過ぎるほどある。カットするとそこは見晴らしがよくなり風通 しもよくなる。むさくるしかったのがさわやかでさっぱりした感じになった。見晴しも風通 しも普段の生活でも大事なんだよなと思い至る。とにかく気分が違う。04-6-19

 

ひとりは半年振りだけどあとふたりは15年振りくらいになる中学1年のときの同級生と飲んだ。ふたりのほうは卒業以来会うのはこれで2度目。それでもいっぺんに中学当時の顔に戻るから嬉しい。たとえ40年以上の前のことでも話してるうちに記憶はどんどんよみがえる。今だから言える話もたくさん飛び出して「そっか、そうだったんだ」と改めてお互いをわかりあう楽しいひとときだった。04-6-18

 

何かと話題になってる年金について知らないことだらけだった。そんな中でも納得のいかないおかしな決まりは『支払い期間が25年に満たない場合は1円ももらえない』というもの。ということは今後25年に到達しないとわかった人はいっさい払わなくなるわけだ。どれほど周知徹底してたか疑問だしその法律そのものに問題があるような気がする。いろいろな年数の設定があっていいと思う。04-6-17

 

今日の昼、公園でお祭りの出店に遭遇。華やかな彩りと賑やかな雰囲気に誘われてほんの少し寄り道。道の両側に出店がずーーっと連なってる。金魚すくい、ヨーヨー、輪投げ、綿飴など懐かしいものもあればスーパーボールや作り物の魚が勢いよく流れてたりビニールの乗り物のおもちゃや何だかわからない食べ物とか初めて見る店もあって楽しかった。変わるものもあれば変わらないものもある。04-6-16

 

たまたま聞こえてきた会話。「おいくつですか」「いくつに見える」「・・・・・」「実は75なの」「え〜、70くらいかと思った」そう言いながら黙っててよかった、正直に答えなくてよかったとホッとしてるに違いない。二人とも年配の女性。僕には年相応かそれ以上に見えた。最初から素直に答えるか、いやならいっそ「歳は秘密なの」って言うほうが相手に余計な気を使わせずに済むのに。04-6-15

 

夕方の散歩を習慣にするまでの手だてのひとつとしてできるだけ食料を買いだめしないようにしてる。そうすると夕食の材料を調達しに行かねばならない。いつもの散歩コースには片道約20分の所にスーパーがある。ちょうど手ごろな距離。このときは必ずリュックを背負って行く。帰りは食料で重たくなったリュックのせいで体はどんどん熱くなる。獲物を背負ってるかのような満ち足りた気分。04-6-14

 

家でずっと仕事をしてた日の夕方には散歩をしてる。のんびりというより速歩の感じ。きっかけは運動不足の解消だから汗ばんでくるくらいでないとスッキリしない。もともと運動は大好きだから歩くほどに体が軽くなり気分も爽快になってくる。疲れてたはずの体も元気になってくるから嬉しい。0-6-13

 

去年、久し振りの旅で日本最南端の島まで足を伸ばしたので今度は北の果ての島にも行ってみたくなった。最北端は礼文島になるがすぐ近くには利尻島もある。どっちに行こうか迷ってる話しをしたら「両方行けばいいでしょ」とあっさり言われた。そりゃそうだけど・・・。随分昔、コンビニでどっちの週刊誌を買うか悩んでたとき「両方買えば」って一緒にいたひとに言われたことを思い出した。04-6-12

 

何となくだるくちょっと眠気がする。ほんの少しでいいから目を閉じていたい。でも今は街中。まだ用事があるから帰るわけにはいかない。喫茶店か公園でもいいがもっといい場所を思いついた。それは地下鉄。たいして眠くないときでも目をつぶるととろんとしてくるくらいだから気持ちよくまどろみに入れるはず。終点まで往復しても料金はひと駅分で済む。20分のうたた寝で見事にスッキリ。04-6-11

 

もうひとつ習慣になればいいと思ってるのが歩くこと。意識して歩くようにしてから半年以上経ってこれもかなり定着してきた。街に行くときはほとんど地下鉄になった。かつてはもっと長持ちしてた1000円のカードもあっという間に使い切ってしまう。その分だけ駐車代がなくなったわけだ。04-6-10

 

ようやく朝8時前に起きる習慣が身についてきた。外での仕事がある日もない日も同じ頃に起きるようにしてる。そうするとどの日も同じペースで制作ができる。長期戦(それを強く望んでる)なんだからしっかりとしたリズムを作っておきたい。当然だが朝早く始めたほうが制作時間を長く取れることもよくわかったからこれから起きる時間は少しずつ早くなっていくだろう。そして朝日に近づく。04-6-9

 

8月末からの発表に向けて約50個の作品を作ることにした。すでに3個できてる。これをどう数えていくのが一番気楽かを考えた。すべてをひとつとしたら50分の3、10単位 なら10分の3の5分の1、5単位なら5分の3の10分の1になる。ちょっと悩ん末の結論。早い段階で達成感を味わえる最後の5単位 に決定。結果的に同じ数でも気分的に違う。よし、あと2個でワンセット完成だ。04-6-8

 

アメリカはイラクでの戦争をベトナムでなく第2次世界大戦になぞらえて語ろうとしている。確かに共通 点がある。しかしそれはアメリカが意味してるものとはまったく逆の立場になる相似。かつての枢軸国ドイツ、イタリア、日本が今回はアメリカ、イギリス、日本になったようなもの。圧政からの解放という名のもとに他国に侵略するあたりはすごく似てるからそんなふうにも思えてしまう。04-6-7

 

学生時代には古本屋に通った思い出がたくさんある。北大につながる駅裏には何軒もの店が並んでたし中心街にも数店あってときどきはしごもしてた。もちろん値段の安さがねらいだけど宝物を探すような楽しさもあった。狭い店内に様々なジャンルの本が同居というか雑居してるからおもしろいのだろう。そして、店の奥には寡黙な店主が『ここは自分の城なんだ』といった感じでどんと座ってた。04-6-6

 

散歩してると雨が降り始めたのでUターンしてさっき見つけた古本屋に入ってみた。天井まで届く棚にびっしり本がつまり人一人が歩けるだけの通 路も古本屋そのもの。客はしゃがんで漫画を見てる女子高生がひとり。せっかくだから何か1冊でも買おうとようやく見つけた本をカウンターに出すと蚊の泣くような小さな声で「200円」とだけ言う。商売というより『本が好きだから』の店みたい。04-6-5

 

「成績は良く、しっかり者の頑張り屋」「はっきりノーということができない」加害少女の両親の娘に対する言葉のなかに問題が見えてくる。たぶん『ノーということを許されない』家庭だったのでないだろうか。そして『ノー』だけでなく自分の素直な気持ちさえ押し込めるようになったに違いない。深刻なのは日本全体が『ノーを許さない』状況になってること。表と裏がどんどん離れていく。04-6-4

 

国の代表が真剣な質問にも人を食ったような小馬鹿にしたような答え方ばかりしていては話し合いの大切さを伝えることはむずかしい。これからますます討論とか議論ができない国になっていくだろう。討論どころか話し合いさえ上手にできなくなるに違いない。根気よく話し合うより強行に結論を出してしまうやり方は短絡的な人を増やすことになる。思考を停止して無責任な行動をとってるのは誰。04-6-3

 

「学校教育に倫理教育が欠落してる結果」元高校長。倫理が欠落し地に落ちてるのは大人の社会でありそれに対する責任が欠落してる。「周囲の大人にも責任があると思う」大学教授。すべてと言わずとも99パーセントは大人の責任。「命の大切さと物事の善悪の判断を育てる必要」教育委員会。子供達の見本となるはずの社会が大人がそれを正しく実践していないのに小学生のせいにしてどうする。04-6-2

 

5月も終わり6月に入った。新緑が美しく映え色とりどりの花が庭や公園を飾り風は心地よく、気持ちも落ち着くさわやかで過ごしやすい季節。その光景をしっかり受け止めておきたい。近くの公園を散歩してるとそこを流れる川に入って水遊びをしている子供達に出会う。水は体に潤いをもたらすだけでなく心にゆとりを与えてくれる。川の流れもいいけれど春の田んぼにはった水の風景も大好き。04-6-1

 



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NAKAHASHI OSAMU

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