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=そのときどきの、思いついたこと、感じたことを書き留めてます=
昨年の邦画の興業収入が洋画を抜いたという。昨年は映画館で1本も観てないけれど、これは嬉しい発表。洋画といってもほとんどがアメリカ映画でそれも戦闘だのホラーだの暴力的なシーンが多いことに(しばらく観てないくせに)ずっと辟易してたから少しほっとした。なかにはいい映画もあるとは思うがただただ荒々しく動きまわりとにかく銃を打ち爆発するばかりの映画の印象が強すぎる。07-1-31
雪かきをしてたまった雪を流雪溝まで捨てに行く。屋根から落ちて窓の高さに迫ってきた氷もスコップで砕いて運んだ。30分もしないうちに汗をかいてきたので上着を脱いで続けたけどそれでも熱かった。5℃近くまであったというから驚き。湿った雪と氷なのでスノーダンプの上でしっかり固まり安定してくれるので運びやすい。2時間で30回ほど往復。これで屋根からの落雪の心配は消えた。07-1-30
昨日、1月の雪が少ないと書いたら今日は20B位積もった。それでも少ないことに変わりはない。偶然だけど今日の新聞に1月の雪に関する話が載っていた。[2004年までの52冬期を調べた結果 、1月までの降雪量が平年より少なかった年は27回あり、そのうちその冬の総降雪量 がより少なかった年は21回、78%を占めた]という。つまり帳じり合わせの確率は22%しかないわけだ。07-1-29
早いもので今年ももう1ヶ月が過ぎようとしてる。まだ3日あるけどとにかく雪の少ない穏やかな1月だった。おかげで雪かきと雪捨てにかかったのはほんのわずかな時間。去年と比べたら雪かきした日としない日が逆転したみたいだ。ここまでくると2月もこのままいってしまうのではと思ってしまう。体がすっかり楽してなまってるので、このあと 帳じり合わせのドカ雪がこないのを祈るばかり。07-1-28
チャンス、システム、レジ−ム、イノベーション、プログラム、チャレンジ、パートタイム、セーフティネット、リタイア、テレワーク、マザーズハローワーク、ケア、ニーズ、ブランド、プロジェクト、コンパクト、モラル、サービス、プラン、レセプト、メッセージ、バランス、ネットワーク、ボランティア、カントリーアイデンティティ、これらは『美しい国』?を目指す首相の演説内の言葉。07-1-27
講師をしているカルチャーセンターでのこと。新年から絵画教室の壁にかかっていたマリリン・モンローの顔が大きく印刷されたカレンダーがないのに気づき、係の人に聞いてみると、ある年配の講師(もちろん美術講師)にこの場にふさわしくないと言われたのではずしたという。すでに絵に取り入れてる人もいたのでまた張ってもらった。この場にふさわしくないのはどっち?それは明らかに。07-1-26
朝、台所の東側の窓のカーテンを開けると窓ガラスが結露していることが多い。それを雑巾で拭くのが日課のようになっている。今年になって窓ガラスが氷の花に埋め尽くされた日は一度もない。せいぜい霜のように凍る程度。氷の花どころか水滴がしたたり落ちる朝さえある。まちがいなく暖冬。07-1-25
年賀状のお年玉は切手シートが2枚だけ。ま、例年並みといったところ。郵便局でそれを渡し切手を受け取るときに「フルネームでサインしてください」と用紙を渡された。『フルネームでサイン』はしばらくしてないから戸惑う。いくつかのサインは使っていたけど名前や名字だけが多かった。とにかく『フルネームでサイン』をして渡したら何の反応もなかった。ここは『欧米か』って嫌な気分。07-1-24
年をとりぼけてくるとすぐ前のことを忘れてしまうというのをよく耳にする。最近、それに似たようなことがたまーにある。シャワーで頭を洗っているとき『あれ、シャンプーの後だっけ、それともこれからシャンプーするんだったかな』とか『食後に耳の薬を飲んだかな』とかで一瞬とまどったりする。まだ、こんなことだしときどきだからいいけどこれが『御飯を食べたかな』になったら大変。07-1-23
動物や植物の漢字には姿形、様子や動き、何かに似てるからとかいろいろあっておもしろい。秋刀魚や柳葉魚、土筆は美しいから好き、海老、海星、海月はそのまんま、鰈や鮃もそう、向日葵、啄木鳥は動きから、海豚は何だかかわいそう、河豚、百足は納得、海豹や鰍はピンとこない、信天翁、不如帰、蒲公英、馬酔木、仙人掌などはとりあえずそのまま覚えるしかない。漢字の旅は限りなく続く。07-1-22
いつから意識的に漢字を覚えようとし始めたかはっきりしないけど2、3年は経った気がする。そのおかげで最近ようやく書けて当たり前の漢字からちょっと抜け出して忘れたのではなくまったく覚えていなかったそして知らなかった漢字の世界に入るようになった。すると、そこは『未知との遭遇』なわけでどうしてこの字が使われてその意味になったのだろうかという疑問と興味も湧いてきた。07-1-21
近所でも犬を連れて歩いてる人が随分多い。たまたま何度か出会ってる隣近所の人と道端でほんの少しだけど話しをすることもある。犬とセットで覚えてる人の場合は人だけならあいまいで自信がない。あるとき、同じ犬を違う人が連れていたので一緒にめんどうをみてるのかと思っていた。ところが、聞いてみたら僕の勘違いで似てるけど違う犬だという。人だけでなく犬もなかなか覚えられない。07-1-20
以前、「水をもっともたくさん輸入してるのは日本だ」というのを聞いて、水の豊かな国のはずなのにどうしてと思ったけど、それは、輸入する穀物や野菜を生産するには大量 の水を使うわけで結果的にその水も消費してるという意味だった。輸入がすべていけないわけはないけどせっかく与えられた豊かな水と大地をもっと活かしてほしい。もともと緑の田畑があっての『美しい国』のはずなのに。07-1-19
「飽食」でなく「呆食」。食の乱れをそのように表現してる人がいたがまったく同感。テレビでは食べ物に関する番組が随分多いけどどうして見たがるのかわからないし、本当に飢えてるとは思えないのに食べることに異常に反応する人達にも驚く。ましてや大食いなんて無駄 の際たるもので呆れ果てる。食に関しては決して特定の世代の問題なんかじゃなく国民全体の重要な課題。それも緊急の。07-1-18
お正月明けに隣の住人から大阪のタコ焼をいただいた。しばらく不在のようだったのできっと帰省か旅行だろうと勝手に推測してたらやっぱり家族で実家に行ってたという。大阪は去年の10月に行ったばかりだからすごく懐かしいお土産。レンジでチンして熱々のを頬張る。うまい!お好み焼きと焼そばは大阪で食べたけどタコ焼は食べてなかったのでこれでようやく名物をクリア。隣の人に感謝。07-1-17
せっかく買ったのにまだ読んでない本が何冊かある。今回のことでそれらを早く読んであげたい気持になった。『永遠なる子供 エゴン・シーレ』をどうして読まずにいたのか不思議な気がする。たとえ、引越す前は部屋が狭かったので本を並べておけなかったせいがあったとしても、“つん読”にはあまりにももったいない本だった。それと過去に感動した本をもう一度読んでみたいとも思ってる。07-1-16
[クリムトのそれは眠りの内になにものかを隠しているとすれば、シーレのそれは覚醒の中にすべてを剥き出しにする]これはクリムトとシーレのデッサンの違いについて書かれて箇所。書いてるのは小説家(黒井千次)だから当たり前のことだろうがうまく表現するものだ。ふたりのデッサンを見るとまさに『そうだ、そうだ』と思う。改めてシーレに近づけたのは文章表現の素晴らしさのおかげ。07-1-15
『永遠なる子供 エゴン・シーレ』を読み終わる。読みごたえ充分あり。[彼は己をいたわってはいないし、自画像のなかに安住もできない。だから描けば描くほどまた描かねばならず・・・]ここからもエゴン・シーレの一端に触れることができた。横道だけどシーレがウィーン美術アカデミーに入学した翌年あのヒトラーが不合格になってたということも知った。1年違いだったとは驚きの事実。07-1-14
10年以上前に買ってあったのに読んでなかった『永遠なる子供 エゴン・シーレ』を読み始める。[シーレの自画像が見るものを引き込まずにいないのはそこに「静めるべきもの」が溢れているからに他ならない]とあり、なるほどと納得させられる。ミュンヘン駅に降り立ったとき目に飛び込んできたポスターのシーレの自画像の衝撃は今でも鮮明に覚えてる。すでに30年以上昔のことなのに。07-1-13
3週間ぶりの耳鼻科。少し間があったし、年が変わったせいもあってか点滴を打ってた頃がずっと前のことのような気になった。いつもの聴力検査をしてから診察。検査結果 は以前とほとんど変わりなく、好転は難しそうなので薬の量を減らすとのこと。いよいよ現状維持のための薬になりそうだ。07-1-12
昨日の続き。その人の死を知って悲しく寂しい思いをした人をつぎにあげるとしたら植村直己。もちろん、その前から植村直己の本はほとんど読んでたし、テレビに流される映像もくいいるように見ていた。単独で冒険に挑む姿にひかれていたんだと思う。そして星野道夫にもそれに似たところがあった。自然に賭けている人の強い精神力と肉体を備えながらの穏やかさみたいなものにも憧れていた。07-1-11
有名人が衝撃的な亡くなり方をしてもっともショックを受けたのがジョンレノン。カーラジオから流れた臨時ニュースを聞いたのは夕方の5時半頃で札幌資料館の横を走ってるときだった。耳を疑ったが血の気の引くのを感じて急いで車を路肩に寄せて停めた。落着いて聞いたがやはり悲しい事実を伝えている。茫然自失・・。しばらく動けないでいた。歌だけでなく生き方そのものが大好きだった。07-1-10
2mくらい先にあるクズ箱に投げた紙くずがうまく入らなかった。何だかくやしいのでそれを取ってきて同じところからもう一度投げる。またはずれた。2回とも手前に落ちた。これなら大丈夫と力を加えたはずなのにはずれたのがさらにくやしい。くやしがったとしても感覚とのずれは筋肉が衰えたということ。こんな小さなことにも修正が必要になってきたわけだ。よせばいいのにまた拾いにいく。07-1-9
星野道夫展を観た。アラスカの動物達を中心に撮っていた写真家。過去形になってしまったのがすごく残念でならない。熊に襲われて亡くなったと知ったときは寂しい思いをした。それからもう10年も経ったという。動物達の優しさやいたわりの感情を見事にとらえていてそれまでになかった感動を与えてもらった。それは星野自身の優しさと強さと受け止めていた。そしてまたその眼差しが蘇る。07-1-8
昨日は雨、そして今日は強風。強い風のなかツルツル道を歩くのがいやでめずらししく外出なし。話しは少し遡って元日のこと。いつものように散歩(運動のつもりなのでのんびり歩くのでなく速歩のかんじ)をしてみて近所のスーパーやホームセンター、靴屋、本屋、食堂などが休んでいるのがわかってほっとした。1年に1回くらい皆で休む日があったほうがいい。でもコンビニはしかたないか。07-1-7
今日は一日雨模様。もしも寒かったら30B以上の積雪になってたはず。雪かきをしないで済むから楽とはいえあまりにも暖か過ぎる。この暖冬は世界的なもので各国からそれにちなんだニュースがテレビに流れる。予想を上回る速さで地球の温暖化が進んでるのかもしれない。このままいくと北極の氷も50年後には消えてなくなるというから領土争いだけでなく見た目の世界地図も変わりそうだ。06-1-6
「自国民に対する恐るべき犯罪に対する代償」「法によって統治される社会を築こうとするイラク国民の固い決意」これらはフセイン元イラク大統領の死刑執行に対してのブッシュ大統領の言葉。アメリカはイラクで5万人以上殺害しているからこれを当てはめると『他国民に対する恐るべき犯罪に対する代償』『法によって統治される世界を築こうとする世界の人達の固い決意』となるけどどうする。07-1-5
『何をどう食べるかはその人の価値観』という角田光代(直木賞作家)の言葉に共感して、さっそく角田の小説を何でもいいから読んでみたくなり、家の近くにあるBOOK-OFFに向う。最初に探した105円コーナーにはなかったが違う棚で見つけた文庫本2册を約半値の550円で購入。家に帰ってすぐ読み始める。[夏休みの第一日目、私はユウカイされた。]この最初の1行ですんなり入り込む。07-1-4
去年の新聞小説『戦力外通告』は中途半端なまま終った。いい意味での余韻を残すならまだしも無理やりまとめた感じの終り方。たくさんの人の悩みや心配事をいろいろ取り上げてそれらの説明をしているうちに時間切れが迫ってあせったみたい。新年から始まった小説は1回目の半分も読まないうちに止めた。いきなり最初からああだこうだと教えられ説明されては疲れてしまう。とにかくがっかり。07-1-3
今日も穏やかな1日。雪が降らないのでのんびりしていられる。今までやろうとしてできなかったことをするいい機会だと思い本棚作りを始めた。僕にとってこれは作品制作のような緊張感がないから楽しい遊びと同じ。作ってるうちにそれだけでは物足りなくてふたつめの棚も完成。多少いびつな部分もあるけど『ま、いっか』で済むから楽。自分で作った棚に本や物を並べていくときもまた幸せ。07-1-2
きっと初日の出は綺麗だったと思わせる穏やかで晴々とした元旦の朝。体も気持も安らぐ。さわやかな1年の始まりだ。朝食はいつものパンでなくお正月のときだけしか食べない雑煮にする。1年振りのおいしさをゆっくり味わう。これでちょっぴり正月気分。分厚い新聞を眺めているうちに年賀状が届く。いろいろな所のいろいろな人から届いた便りが嬉しい。これも正月にはなくてならないひとつ。07-1-1
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ウィンドウズで御覧の方は文字の表示を最小にしていただくと私のレイアウトに近づきます。
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