ある日のひとこと

 

 

=そのときどきの、思いついたこと、感じたことを書き留めてます=

 


 

『あと4分』これは道路脇の看板に書いてあったもの。5分を切っているから、すぐ近くと言いたいのだろう。車が時速60Hとして4H先になるわけだ。しかし、歩く人にとっては1時間弱になってしまう。当り前だがその差は大きく車の有り難みを感じる。その日によって歩く距離は異なるが1日目は若干少ない36Hで7〜8時間を予定していて、そこでは『あと4時間』と刻んで歩いていた。13-10-31

 

例年だと列車に乗ったときから旅立つ高揚感が湧くはずだけど今年は『歩く旅』なので少し違っていた。雨の中を歩き出した時点でようやく旅の始まりを実感した。ただ単に歩くだけでなく己の生い立ちを辿る旅のため感慨深いものもあった。誕生日のその日に生誕の地に向けて一歩一歩歩を進められる喜びもかみしめていた。65年という年月を深く受け止め背負って歩きたいとの願いも抱きつつ。13-10-30

 

朝7時半に一旦起きて朝食を食べたあと、すぐに布団に戻って疲れがなくなるまで寝ることにした。とにかく今日は歩かないで済むから助かる。腰はまったく問題ないが足の指はまだ痛むので手当をしてから横になる。昼には自然に目が覚めた。旅の荷物を整理し洗濯し記録をまとめたりしてから『ひとこと』を書く。これからしばらくは旅の出来事や思い出話が続きそうだ。書きたい話は一杯ある。13-10-29

 

少しゆっくりして8時50分にホテルを出る。腰は治ったが足の豆はまだ痛い。ホテル近くにある中学時代のグランドをスケッチ。その後、小学時代を過ごした山村に向う。小学校はすでになかったがグランドは残っていてここもスケッチ。すぐ横にあった昔の我家もなく草地を描く。街に戻って懐かしいラーメン店で昼食。高校のあった場所まで行き、そこから札幌行きのバスに乗る。6時半帰還。13-10-28

 

断念を考えるほど痛みはひどかったが朝には快復していて8時に歩き始める。しかし、1時間後には豆が痛くなり腰にもくる。こうなったら騙し騙し休み休み進むしかない。しばらく歩いてはバス停や草わらや砂利の干場で体を横たえて休む、足と腰にアンメルツを塗るを繰り返す。歩道のない道を車に向って歩くのは怖いが痛さに比べればまだまし。必死の思いが実り5時20分浦河着。41H。。13-10-27

 

6時10分ホテルを出て生まれた故郷を目指す。曇り。その手前でスケッチをする。ここが生まれた村なんだとかみしめながら描く。山に挟まれた穏やかな風景。8時15分生誕の地に立つ。もちろん家はないが感慨深い。ここが今回の歩く旅の出発点とも言える。ここからの道のりが今に繋がる。その後、次第に足の豆が痛くなり終盤には腰にもきて休み休みでようやく静内に着く。今日は52H。13-10-26

 

朝7時23分沼の端駅着。友人の見送りを受け、雨のなか合羽と傘で歩く旅を始める。次第に雨だけでなく風も強くなり傘を止め合羽の帽子の紐を締め直す。車の飛沫も浴びるので合羽のズボンも穿く。11時50分、無人駅で昼食。25H地点のバス停で靴に新聞紙を押し込み水分を吸い取り、靴下を履き替える。3時50分に富川のホテル着。36H。入浴し弁当を食べ一息つく。足の豆はなし。13-10-25

 

朝5時はまだ闇の中。歩く旅の初日は4時半起床の予定なので、少しでもそれに近づけておこうと5時に起きてみたら朝というより夜の暗さだった。久し振りに、起きてすぐに灯りを付ける。早朝なのに灯りを付けると遅い夜のようで、朝の気分にはなれないものだ。それでも、コーヒーとパンの朝食を取りながら新聞を読んでいるうちに徐々に朝の実感が湧いてくる。明日はもっと暗い朝を迎える。13-10-24

 

一気に冬に突入するのかと心配にさせるほどの寒い日があったりしたが、最近は過ごしやすい陽気が続いている。今日もまた風のない穏やかな晴天で、こんな秋が少しでも長く続いてくれたらいいのだが。少なくとも歩く旅が終る28日まではこのままでいてほしい。出発の25日もいよいよ近づいてきて気持も徐々に高ぶってきている。いつもの旅とはちょっと違うから体調管理にも気をつけねば。13-10-23

 

柿の季節。この時季は柿が食べられるから嬉しい。どんな果物も好きだけど柿はとくに大好物。この『ひとこと』でも書いた気がするけど、子供の頃の誕生日のごちそうには必ず柿も付いていた。幸せな思い出だっただけにそれへの思い入れは強い。柿はこのときしか食べられないのもいい。他にも短い期間だけのものはあるけれど、そんな思いは出てこない。しばらくは柿を食べる日が続きそうだ。13-10-22

 

学生の頃の流行はグループサウンズやフォークソングで、皆で歌ったりもした。カラオケなんてない時代だからもちろんアカペラ。ときにはギターの伴奏が入ったりもしたが、どこでも自由に歌えたのが今とは違う。決してうまくないのに皆と一緒によく歌ってた気がする。その後、カラオケが普及してからは歌う機会はほぼなくなった。自信がないからマイクを使って人前で歌うなんてとても無理。13-10-21

 

最近(ここ数年)のBGMはほとんどがジャズになっているが、ふとサイモン&ガーファンクルが聴きたくなって久し振りにカセットテープを取り出す。ダスティ ホフマンの『卒業』の挿入歌だったサウンド オブ サイレンスやスカボロフェアー、ミセス ロビンソンなどは大学時代とも重なっていて青春の思い出と共に懐かしさが込み上げてくる。そして、もっとも忘れられないのが明日に架ける橋。13-10-20

 

『ひとこと』を書き続けていることにはいくつかの理由がある。その日を生きた自分の証しを残したいという思いから始まり、どんな気持でいて何を考えているかの確認、どこで何をして何を感じたかの記録、それらを文にして書くという作業での脳の活性化、継続は力なりというが本当かどうかへの挑戦、公にするのは経過を知っていてほしいから、などなどあるがここまで来ると正直意地もある。13-10-19

 

最近もこつこつ歩き続けている。昨日も今日も2万歩を越えた。とにかくたくさん歩くため街へ向うときも地下鉄沿線を歩き、予定のぎりぎりになってから地下鉄に乗るようにした。今度の歩く旅でひとつ不安があるとすれば約40Hを3日連続で歩くこと。今まで2日連続も体験してないので、どれほどの疲れが蓄積されるのかという予測もむずかしい。それでも、大丈夫だと思う気持の方が強い。13-10-18

 

不毛な戦いにも終りが来たようだ。それは突然始まり、終りも急にやってくる。その戦いの相手とは迷惑メール。メールを使う機会は本当に少なくて月にせいぜい4,5回程度だが、戦いが始まるのは決まって使用後だ。仕組はわからないがどこかでキャッチするのだろう。しつこい日には20件近くも送られてきた。いちいち反応したくないのでまとめて削除する。同時に終るのは出所が一緒の証拠。13-10-17

 

『違い』がわからなければ善し悪しの判断もそのものの価値も理解できない。そんな高価なラケットだとは思っていなかったので申し訳ないし恥ずかしくなる。改めてその人に感謝しなくては。詩吟の場合も多少なりとも違いが感じとれたなんて偉そうなことを口走ったが、大会に出た知人に順位 を聞いてみると自分の予想とはまったく違っていた。それぞれの世界には深くて微細な『違い』がある。13-10-16

 

卓球ラケットのラバーの貼り替え。小学校体育館での卓球を始めて間もない頃、親切な先輩が譲ってくれたラケットをずっと使ってきた。しかし、もうラバーの換え時かなと思っていた矢先に専門店から割引きセールの案内が届いて貼り替えを決心する。店員のアドバイスでラバーを選び、貼ってもらうためラケットを渡すと「これはかなりいいものですよ」言われてびっくり。違いを知らずにいた。13-10-15

 

初めて正式な場で詩吟を聞く。知り合いが詩吟の大会に出るというのでその会場に行ってみた。観客の椅子席は自分より年配の人達ばかりで男性はスーツ女性は着物姿がほとんど。それだけでも充分異質だった。目的はその人だけだったがたまたま同じ詩の何人かを聞くことになり、多少なりとも違いが感じ取れたような気がした。歌に似て音程と声量 と抑揚と情感が大事なようだとしか語れない。13-10-14

 

歩く旅がほぼ10日後に迫り、そのトレーニングと靴慣らしを兼ねて家から歩き始める。靴は1ヶ月ほど前に新調したものでまだ長距離は歩いていなかった。中心街まで行き、いろいろな用事と買物、ギャラリー回りをする。その間には歩く目的で地下街を行ったり来たりも入る。そのまま歩いて帰宅すると35,602歩で21,36H。足と靴慣らしにはなったようだ。幸い足裏の豆の兆候はなし。13-10-13

 

『ハルカヤマ芸術要塞』は5日に終っていたけれど、作品の撤収はまだだったので今日それを済ませる。いつものことながら搬出作業には寂しさが伴う。搬入飾り付け作業の逆をしていくわけだから、どうしてもそのときどきの過去が蘇ってくる。でも、あの高揚感は戻ってこない。布を取り払った後には思っていたより広い場が現れたのには驚いた。それは、引越しのときの部屋の広さに似ている。13-10-12

 

スーパーのレジでの「袋、大丈夫ですか」という言い方には違和感がある。「袋はなくても大丈夫ですか」か「袋の用意は大丈夫ですか」の意味だとはわかるがどうも素直に受け入れられない。「袋はいいですか」のほうがずっと伝わり易いし、もう少し丁寧にするなら「袋はいいでしょうか」と言ってほしい。それよりも、欲しければこちらから要求するのでいちいち聞く必要はないと思うのだが。13-10-11

 

おかしな問い掛け。会うなり突然「コーヒー好きですか」と声を掛けられ「?」。詳しい状況説明は省くが初めて出会った人ではない。それなら、「今入れたコーヒーがあるんですけど飲みますか」と言ってくれたらすぐに「はい」と応えられたのに。そして、その後その人がパンを勧めてくれるときには「お腹大丈夫ですか」と聞いてきたが「?」。それは、「パンを食べませんか」の意味らしい。13-10-10

 

先月、本屋さんで探しても見つからなかった本らしきものが平台に置いてあったので、さっそく立ち読みしてみたがまたどこか違う気がした。近いようでいて何かが違う。求める本を具体的にイメージできないのに微妙な違いだけは感じる。それでも、この本もそれなりに参考になりそうなので買うことにした。もしかしたら、この前の店員が見つけ出して目に付くコーナーに陳列したのかだろうか。13-10-9

 

栗を煮ようとしていたのに焼き栗になってしまった。庭になっていたという栗をもらったので鍋で煮ることにした。だいたい20分程との目安にして一旦その場を離れたら、心配していた通 りの結果が待っていたとは・・・。そう、焦げ臭い匂いで気付いて駆けつけたときには鍋のお湯は完全に蒸発していてフライパン状態に。黒ずんだ鍋の中にはこれまた真っ黒焦げの栗が転がっていた。情けない。13-10-8

 

二ヶ月振りの卓球。個展、『ハルカヤマ』、教室展などの忙しさのため卓球にはずっと行けないでいた。楽しみなはずなのにずごくワクワクというほどではなかった。空白があり過ぎると多少の不安も加わり楽しみ度が薄れるのかもしれない。しかし、やってみれば不安は何のその、最初からスムーズで楽しく、技術的な衰えも感じなくてホッとする。以前と違ったのはわずかな疲れを覚えたところ。13-10-7

 

主人公がお父さんお母さんでは話が生々しくなり過ぎるし、おじいさんおばあさんに子供がいないのは跡継ぎも世話をしてくれる人もいないわけで寂しく、そのうえまじめで優しい人達なのに世間的には肩身の狭い思いをしてきた境遇が同情されやすいのもその理由らしい。そして、『昔、昔あるところに』はどこでもなく『おじいさんとおばあさん』は特定できない人の例えとの説もあり半分納得。13-10-6

 

『おとぎ話』の続きはちょっと先送りする。今日、先月の8日から始まり28日間に渡った『ハルカヤマ芸術要塞』が最終日を迎えた。個展や教室展と重なり、とても慌ただしい期間だったが時間を見つけてはできる限りヤマに向った。終ってしまった寂しさはあるけれど個展のときほどは強くない。グループ展のせいもあるだろうし、これでようやく解放されるという喜びの方が大きいからだろう。13-10-5

 

『おとぎ話にはなぜおじいさんとおばあさんばかりが出てくるのか』。そんなことが話題になったが『なるほど』と思わせる意見は誰の口からも聞かれなかった。そんな疑問をそのまんまの言葉でネットにぶつけてみると、ちゃんとその回答が出てきたからびっくり。世の中、同じ疑問を抱く人がたくさんいるものだ。そこでわかったのは『子供がいなくて、欲しがっている』点がキーワードのよう。13-10-4

 

DVDレコーダーの具合がおかしい。ここでちょっと話が脱線してしまうが『V』の字を探すのに随分時間が掛かってしまった。改めてキーボードを眺めてみて、VだけでなくQ、L、Cもまったく使ってないと気付く。アルファベット打ちだけど英文でなければ使わないから覚えてなくて当然か。話を戻すと、買ってからたった2年しか経っていないのに故障するなんて当りが悪かったとしか思えない。13-10-3

 

いつもだと3ヶ月ごとくらいにはまとめていた『ひとこと』の整理が先延ばしにされて、4月から9月までの6ヶ月分になってしまった。半年分と考えると随分長い期間に思える。ひと繋がりでこれだけの長さになったのは初めてかもしれない。その間にまとめる作業をする時間がまったくなかったわけではなく、やる気になれなかっただけのこと。やるかやらないかは気持が左右するというわけだ。13-10-2

 

とうとう10月に入る。というよりも9月がすごい勢いで過ぎてしまった感じ。個展を終えてからすでに1ヶ月近くが経ったとはどうしても思えない。それは、『ハルカヤマ』、教室展と忙しさが続きこの間にゆっくり休めるときを持てなかったせいだろう。そのふたつも今週の末には終りを迎える。個展のときとは違って寂しさよりもホッとする気持の方が大きい。ぼーっとできる日までもう少し。13-10-1

 

 

 

 



ウィンドウズで御覧の方は文字の表示を最小にしていただくと私のレイアウトに近づきます。

 

NAKAHASHI OSAMU

作品の著作権を侵害することのないようお願いします