ある日のひとこと

 

 

=そのときどきの、思いついたこと、感じたことを書き留めてます=

 


 

誕生日を1ヶ月後に控えて介護保険被保険者証が届く。介護という言葉が自分にも与えられ、いよいよ老人の仲間入りをするような気にさせられる。自分にはその実感がなくても社会的にはまちがいなくその範疇に入っているわけだ。さらに再認識させられたのが、同封されてた『敬老手帳のご案内』。手帳にはいくつかの優待があり、そのひとつが市の体育館の割引きなので手に入れるのが楽しみ。13-9-30

 

本屋の入口近くのコーナーにはすでに来年の手帳やカレンダーがたくさん置いてあり、もうそんな時季なのかと驚かされた。10月にも入っていないし、今年はまだ3ヶ月もあるというのにどうしてそこまで先を急ぐのかと思ってしまう。商売上の理由があるにしても季節との差があり過ぎる。それでなくても過ぎていく日々の早さに付いていけないのに、こんなに先取りされては増々早まりそうだ。13-9-29

 

さらに続く。読みたかった本ではないけれど親切に充分探し出してくれたので「もう、いいです。これをちょっと読んでみます」と店員に言うと「見つけられなくて申し訳ありません」という言葉が返ってきた。軽く流し読みしてみると、多少気になる部分もあったので買うことにした。その気持にさせたのには店員の親切な態度と優しい言葉遣いが大きく影響している。好印象が迷いを消していた。13-9-28

 

続き。しかし、その店員も記憶はあいまいでタイトルや著者、出版社が思い浮かばずパソコンで検索することもできない。そのため目星をつけた棚の前に行き背表紙のタイトルを追っていく。それでも見つからず次の棚へと移る。そこでようやく手にした本も近いようで異なるものだった。店員も「これじゃないですよね」と記憶はおぼろげでも何か違うと感じていた。違いには敏感になれるものだ。13-9-27

 

1ヶ月ほど前に立ち読みした平台に置かれていた文庫本を読みたくなり、同じ本屋で探してみたが見つからなく、極めて少ない情報で申し訳ないが「1ヶ月ほど前、ここにあった本で正確なタイトルは覚えてないんですが、上手な文章の書き方といったような文庫本はわかりませんか」と店員に尋ねてみた。その店員も記憶をたどり「そんな本があったような気がします」と応えて探し始めてくれた。13-9-26

 

ひと雨ごとに寒さが増していく。晴天の3連休のあとの昨日、今日と雨が続き急に秋が深まった感じがする。春の場合はひと雨ごとに暖かくなっていくから多少の喜びもあるけれど、秋の雨は寂しさばかりが募る。ここまでくるとあの猛烈な暑さも懐かしくなってしまう。寂しいのは寒さだけでなく、夕方の陽の短さも同じ。5時を回ったばかりだというのに部屋は薄暗くなり気持までもが沈みそう。13-9-25

 

心配をよそに21日からの3連休は見事に晴れてくれたおかげで『ハルカヤマ』は大勢の人達で賑わった。昼には会場で焼いたピザやジンギスカンを来場者に無料で提供し大いに喜ばれ、腹ごしらえの後は出品作家と来場者が一緒に会場を回り作品の前で作者の意図や説明を聞いてもらい、歩き回りじっくり鑑賞してからはホットコーヒーで一服してもらう。「楽しかった」のひとことが疲れを癒す。13-9-24

 

年に一度の旅の始まりは2003年の沖縄の波照間島から。その後、倉敷、直島、金沢、京都、名古屋、豊田、大阪、神戸、東京、埼玉 、横浜、鎌倉、横須賀、屋久島、鹿児島、松本、高山、長野、軽井沢、青森、十和田、弘前、秋田、盛岡、仙台、石巻、山形、水戸、宇都宮、高崎、佐倉、千葉など日本各地の美術館や名所を訪ねてきた。そして、10年後の今年は新たな旅の始まりになりそうだ。13-9-23

 

10月25日は特別な日で、実は65歳になる誕生日というわけ。この日が金曜日と重なってくれているのを知ったときはとても嬉しかった。これで誕生日の夕方には生まれた場所に歩いてたどり着けるのだ。もちろん、何のトラブルもなければの話だけど去年の体験(苫小牧までの歩く旅)があるので心配はしていない。ただひとつ不安があるとすれば足の豆。それを乗り越え生まれた地に立とう。13-9-22

 

旅の宿の予約。10月25日を出発日と決めている今年の旅のホテルを予約する。地方だから安いホテルはないのかと半ば諦めていたが3泊とも4、5千円台のがあってホッとした。インターネットのおかげで探すことができ、予約も完了。去年までは声で確認しないと安心できなかったので最後は電話で予約を入れてたが今回はネットですべてを終らせた。また一歩ネットの社会に足を踏み入れた。13-9-21

 

『ハルカヤマ』の当番日。朝9時半から夕方5時まで会場にいて整備をしたり来場者を迎えたりした。しかし、曇り空の穏やかな天気にもかかわらず意外と来場者は少なかった。そのため、やる仕事も少なく体を持て余しぎみで物足りない気がした。どうせ拘束されるなら、忙しく動き回る方が充実感もあるせいか疲れないで済むものだ。当番日ではないが明日からの3連休は大忙しになってほしい。13-9-20

 

月曜日から始まった教室展には毎日顔を出してきた。それぞれの日に当番の人がいて、その人達の作品の前で再度講評するのとねぎらいを目的にしているが、ときには観に来てくれた人へ作品や画材についての解説をする場合もある。今日はその時間が随分多かった。とにかく作品に興味を示してくれ関心を持って質問してくれるのは嬉しいし有難い。だから、そんな人にはたくさん説明したくなる。13-9-19

 

今年の旅は歩く旅との合体を考えている。つまり、宿泊しながらの歩く旅というわけ。去年歩いたルートの途中の延長線上に生まれた場所とさらにその先には高校まで育った故郷があることに気付き、それらの点を線で結び付けたくなったのだ。朝の列車で沼の端まで行き、そこから歩く旅をスタートして平取、静内に泊り浦河までの120Hの予定。1日ほぼ40Hずつなので大丈夫と思うのだが。13-9-18

 

今年も暑い夏だったがいよいよその区切りのときが来たようだ。朝の空気は急に涼しくなった気がした。あれほど苦しめられた暑さだったのに、それが終りを告げようとすると寂しさも感じてしまう。これから過ごしやすい季節になるとはいえその先に待っている冬が脳裏にちらつくのでどうしても素直に喜べない。歳と共に月日の経過が早くなるのは先の季節を楽しみにできないせいもあるのかも。13-9-17

 

天気の巡り合わせ。今回はそれが最悪の状態で現れた。せっかくの3連休がすべて雨になってしまったのだ。あえて言いたくなるのはそれまでは晴れが続いていたし明日からも晴れの予報になっているため。『ハルカヤマ』が始まり最初の土日が雨というのは悲しい。それプラス祝日の月曜までもが雨になるとは・・。せめて次週の連休は晴れてほしいのだが、ついてないときには繰り返すから心配。13-9-16

 

「個展が終っても解放感はまだ先のよう」なんて書いていたけれど明らかに違うところがある。たとえ二度寝をしても、出発時刻に遅れてしまいそうで焦ったり、大事なものを失くしてこまったり、急いでいるのに速く歩けなくなるような夢はまったく見なくなった。それどころか夢も見てない気がする。今もなお忙しいとはいえ個展に対するプレッシャーとそれに掛ける強い思いとは比べられない。13-9-15

 

土曜夜の恒例だった卓球は8月17日以来やってない。さらに月曜は8月5日が最後だった。だから1ヶ月近くも休んでいる。今日は教室展の搬入で来週は搬出、その次の週も搬入、翌週は搬出と続くから行くのは無理。やっと行けそうな10月は学校行事の関係で体育館は使えないため11月まで待たねばならない。卓球をやり始めてからこれほどの休みは始めて。腕が落ちてなければいいのだが。13-9-14

 

個展終了後も休む暇はなく、今日はハルカヤマの当番日。朝8時半に家を出て9時10分に到着。開場は10時からだがその前の準備として来場者や作家の集う小屋の周りの清掃をして、来場者に提供する珈琲をおとす。そうしているうちに坂を上ってくる人が現れる。声を掛けて展示場所を示すマップを手渡す。こんな風に動き出すと疲れは消えてしまう。忙しくなればなるほど張り切り度は増す。13-9-13

 

いつの間にか落ち葉の季節に。地下鉄までの道を久し振りに歩いてみると黄色の落ち葉が目に入る。この道は2週間ほど歩いてなかったので急に季節が進んだ気がしてしまう。車で個展会場を往復して、昼間はずっと美術館の中にいたから外を歩く機会はほとんどなかった。車の移動だと自然の細かな変化に目をやる余裕はなくなる。ましてや落ち葉を踏み締めるカサカサ音なんかも聞こえてこない。13-9-12

 

彫刻美術館での個展を開催したいと考えたのは3年近く前で、正式に決定したのは昨年の7月だった。それから構想を練り、今年の2月辺りから具体的な制作に入った。7月には案内状の印刷、8月にはその投函、運送屋の手配、作品の移動及び梱包、美術館への搬入、飾り付け、そして9日間の本番、9月に入っての搬出等などずっと追い掛け追い掛けられてきた気がする。解放感はまだ先のよう。13-9-11

 

朝9時半から搬出作業を始める。運送車は4時にお願いしているのでそのつもりで作業を進めていく。午前中まではかなり余裕のある感じだったが午後に入り2時辺りからはちょうどいいくらいかなと思い始めた。実際、大汗をかきながら作品を2階から1階に下ろし終ったのは4時10分前だった。しかし、運送屋が遅れ到着したのは4時45分で前庭での夕涼みのおまけが付いた。風が心地よい。13-9-10

 

午前中は11月開催の『北区のアーティスト展』の案内状とポスター作りをして、午後はハルカヤマへ行く。昨日、一昨日と行われたオープニングと前日祭は個展のため残念ながら出席できなくて、作品の出揃った会場を観るのは初めてなのでとても楽しみにしていた。設置場所の地図を片手に一巡する。その途中に自分の作品のチェックも済ます。結構力作が多く見応えのある会場に仕上っていて満足。13-9-9

 

ついに9日間の会期の個展が終ってしまった。最終日はいつもより1時間早い4時に終了。来てはほしくない終りだからその1時間も大きな違いに感じてしまう。さっそく友人の助けを借りながら作品の解体を始める。以前に両面 テープが剥がれなくて大失敗したので、今回はかなり減らしたはずなのにまだ多過ぎると判明。とにかく一番心配だった作品の解体を無事済ませて安堵する。搬出は明後日。13-9-8

 

今日も昼御飯を食べる暇がないほど続けて来場者が来てくれた。有難いことにその流れは閉館時間まで途切れなかった。嬉しい悩みではあるけれど知り合いが重なりそれぞれとゆっくり話をする時間を取れなかったのが残念でならない。作品を鑑賞してもらうのが第一とはいえ久し振りに会う人も多くせめて近況だけでも語り合いたかった。そんな時間を持てるのもあと一日になり寂しさは増すばかり。13-9-7

 

初めて美術館での個展をやってみて今までとは違った体験をいくつかしている。そのひとつは来場者が全国的になっていること。今日、作品説明を楽しそうに真剣に聞いて鑑賞してくれた若いカップルは岐阜からの旅行者だった。僕が旅先で美術館を訪ねるようにして来るわけだ。奈良、名古屋、東京、栃木からの人達にもゆっくり鑑賞してもらえた。旅の楽しい思い出として残してもらえたら嬉しい。13-9-6

 

開場前の9時半に美術館に行き作品だけでなく館内や建物の写真を撮る。館内を撮っているうちに最初の来場者が来たので撮影を止め、作家であることを告げて作品の説明をしたが表情は一切変わらず口も閉ざされたままで何の反応もなかった。この人は声を掛けてほしくないのだとわかりすぐに終りにしたがどういう気持でいるのだろうか。何を拒んでいるのかを知ってみたい。これは個展なのだが。13-9-5

 

昨日と同様1時少し前に個展会場に着く。今日も午前中に10名以上の人が来ていて、どうしていないのだろうと思われたに違いない。赤線を引くべきだった。嬉しかったのは大学を卒業して就職したデザイン会社の社長が観に来てくれたこと。その会社はすぐになくなったが、その後も絵画の世界でいろいろアドバイスを受けていた。会うのは20年振りくらいで懐かしさと同時にその年月を感じた。13-9-4

 

教室展が間近なので午前中の教室を休みにせず個展の方を留守にする。1時少し前に個展会場に着くと美術館の人から「全部で16人の生徒さんや従兄弟さんやファンの方が来てましたよ」と報告された。もちろん来てもらえるのは嬉しいけれど、この時間帯は留守にすると案内状に書いてあったにしては随分多いなと感じた。小さな字での説明だったので見落とされた可能性もあり申し訳ない気もする。13-9-3

 

今日は個展を開いている美術館の休館日なのでハルカヤマへ向う。自分の作品はすでに完成済みなので点検しただけで終了し、会場整備の仕事に入る。タイトルや作家名のプレートを付ける杭打ちから始まり、看板書きをしてそれを設置する作業に移る。作品作りはもちろん楽しいがこのような準備段階のもろもろの仕事をやるのも好き。次第に完成に近づき全体像が見えてくる喜びは制作に似ている。13-9-2

 

作品に接したときのそれぞれの反応。もちろん、年齢や立場に関係なく個人差があるわけだけど一緒に来た建築家の学生15人ほどの反応は意外なほど小さかった。作品の説明をしてもどちらかというと醒めた受け止め方をする人が多く、表情の変化も乏しく何かを質問してくる人もいなかった。何となく互いに牽制しあっているような気配を感じた。ひとりかふたりでの来場者の反応とはまるで違う。13-9-1

 

 

 



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NAKAHASHI OSAMU

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